「三日連続かあ」
一昨日、昨日、そして今日。三日連続で、僕は夜中に外を出歩いている。一昨日は蛍を見に山の裾野へ、昨日は盆祭り。今日は“町内会”の企画した肝試し。行く気はなかったのだけれど、町内会に参加している、おばあちゃんの家の近所のおじさんに見つかって、「折角だから」と連れてこられちゃったんだよね。何が折角なのかはわからないけど。
まあ、僕も暇というか──肝試しなんてやったことがなかったから、とりあえず参加することにした。
「お、皆揃ったね」
集まったのは、小さな公民会館の前だ。僕を含めて、十五人くらいはいるかもしれない。見た感じ、皆、小学生とか、たまに幼稚園の年長さん、みたいな子も混じっている。多分、僕が一番年上なんじゃないだろうか。
「じゃあ、はじめようか」
人の良さそうな町内会長のおじさんが、にこにことしながらそう口にした。もっとも、今からやることを考えたら、にこにことしているのもなんだか違う気がするけれど。
「君は中学生だから」との一言で、僕は一人で肝試しをする事になった。ほかの子たちは二人とか、三人で組んで参加するようだ。
肝試しの内容としては、公民会館から決められたルートを通って、海の近くにある、大きな岩の傍に置いてある蝋燭を取ってくる、という、ありふれたもの。勿論、というべきなのかなんなのか、ルートには脅かし役の、大人や高校生もいるらしい。
怖くて泣くなよ、とからかいを込めて町内会長のおじさんが言えば、「泣くわけないだろー!」と元気な小学生の声が響く。はっはっは、とおじさんは満足そうに笑った。
***
「そんな怖くないなあ……」
懐中電灯を弄びながら、僕はただただ暗い道をのんびりと歩く。確かに、気合いの入った格好や、マスク、化粧をした脅かし役の人達が出て来はした者の、なんというか──残念ながら、僕にはあまり怖くなかったのだった。偽物だと思ってみているからなのか、どうも怖くない。寧ろ、「こんな暗い中お疲れ様です」といったような気すら起こってしまう。
あんまりにも冷めた──脅かす度に会釈されるとは思わなかっただろう──僕の反応に、脅かし役の人は苦笑いで手を振ってくれていた。我ながら、雰囲気をぶちこわしているとは思うけれど、そもそもが小学生対象の催し物なのだから、小学校を卒業して一年と半年程の僕には──有り体に言って、楽しめなかったというだけで。
すごく遠くの方から、キャー、とか、わー、とか、本気が入っていそうな泣き声も聞こえるから、小学生相手にはなかなか良い脅かし役、といったようなものなのだろう。
「大きい岩か……」
取ってくるべき蝋燭は、地元では良く知られた大きな岩の下に、火をつけたままで置いてあるそうで。
その岩は、「泣き岩」という名前で知られているそうだ。本当かどうかは別にして、この岩の近くを、夜中に通りかかると、女の子の泣き声が聞こえるとかなんだとかで、こういった催し物にはうってつけだということだ。
海の匂いがなんとなく漂う夜道を、懐中電灯をつけたまま歩く。
脅かし役の人が二、三人いたけれど、やっぱり僕は驚けなかった。地元民でないことをなんとなく悟ってくれたのか、脅かし役の中の一人が、「あれが泣き岩だよ」と、僕の前方三十メートルあたりの場所に指を指す。
お礼を言ってから、その“泣き岩”に近づいたけれど、言うほど大きくなくて、拍子抜けしたのは内緒だ。せいぜい、僕の胸くらいまでの大きさしかない。
言われていたとおり、岩の元に火のついた蝋燭が何本か立てられている。これか、と僕が蝋燭に手を伸ばした瞬間に、突風が吹いた。
「うわっ」
蝋燭の火が一斉に消える。運悪く、懐中電灯の光も消えてしまった。突風に驚いて落としたときに、スイッチが押されて、電源が切れてしまったらしい。風が吹く直前に手にした蝋燭も、当然ながら火が消えてしまっている。辺りは真っ暗になってしまった。
「おい、君、大丈夫か?」
けれど、真っ暗だったのはほんの数秒で、突風に気付いた、さっきの脅かし役の男の人が、僕を心配してくれたのか、懐中電灯を片手にやってきてくれた。転がっていた僕の懐中電灯を拾い上げ、男の人はそれを僕に手渡す。ありがとうございますと紡いだ瞬間に、おや、と男の人は不思議そうな顔をした。
「何だ、花蝋燭まで入ってたのか」
「花蝋燭?」
「君が持っている蝋燭だよ。花の絵が入っているだろ……こだわってるなあ、彼岸花じゃないか」
火が消える前に掴んでいた蝋燭を、僕は恐る恐る見つめてみる。血のように赤い彼岸花が、繊細な筆運びで描かれていた。
他の蝋燭には、そんな装飾はされていないみたいだったけれど。
妙に薄ら寒くなって、僕は泣き岩の蝋燭を一つ一つ手に取った。どこかに、同じように花が描かれているものがあるかもしれない。
火の消えた蝋燭を一本一本見ていく内に、僕は泣き岩の岩肌に何か傷がついているのを見つけた。
「……文字?」
蝋燭をひとまず全て調べてから、じっくりとその傷を検分してみる。
傷の部分に土が詰まっていて、何が彫られているのか判然としない。
爪の先でひっかいてみれば、それが漢字であることに気がついた。
「渚……」
人の名前だ。
手にしていた蝋燭が、ころりと手からこぼれ落ちた。
なぜだかひどく気持ちが悪くなって、僕はその場にうずくまってしまう。
男のひとが声をかけてくれたけど、それどころじゃなかった。