五、盆祭り
 どんどんと腹の底に響く、和太鼓の音。香ばしい醤油の焦げた匂いは、食欲を誘った。イカの焼ける音、とうもろこしの甘い匂い、賑やかさに一役かっている、たくさんのお面。
 宝石みたいにきらきらと艶やかな、赤いリンゴ飴を持った子供がかけていく。
 祭り独特の雰囲気に、僕も酔っていた。


 今日も、蛍を見に行った昨日のように、一人でここに来ている。母さんとおばあちゃんの二人が、僕にお小遣いをくれたから、祭りは楽しむことが出来そうだ。
 焦げた醤油の匂いがたまらない、イカ焼きを買うのも良さそうだし、最近はあまり口にしていなかったけど、綿飴を食べるのもいいかも。ただ、あれは下手にかぶりつくと、口の周りがべたべたになってしまうから、食べるときには気をつけなくちゃいけない。
 金魚すくいなんかもやってみたいけど、どうせあと一週間程度でもとの家に戻るから、ここでやってもあまり意味はなさそうだ。
 風車をもった小さな女の子が、ぱたぱたと走っていく。ひらひらと、頭に着けた髪飾りの布が、女の子の動きにあわせて揺れていた。


 何をしようかな、と屋台を見渡す。ヨーヨーすくいくらいなら、やっても良いかもしれない。
 ヨーヨーすくいのゴム臭い屋台に近づいたところで、視界の端に揺れる白に気が付いた。
 今日も白いワンピースを着ているらしい。


「あら、気付かれちゃった」


 後ろからそっと近付いていたのは、いつもの女の子だ。驚かそうと思ってたのに、わ笑って、「お祭りはどう」と僕に聞いてきた。楽しいよ、と答えれば、それはよかった、と女の子も笑う。


「焼きトウモロコシ食べた? すっごく美味しかったよ」
「そうなんだ? まだ何も食べてないんだよね、僕」
「えー、勿体ないなあ……トウモロコシとかリンゴ飴とか。美味しいものいっぱいあるのに」
「あとで食べてみるよ。……あー、やっぱりイカ焼きも良さそうだなあ」
「おやじ臭いね、航太くんは」
「そうかな」


 絶対そうだよと女の子は笑った。
 ヨーヨーすくい、やるの?と聞いた女の子に頷けば、これってゴム臭いよねと身も蓋もない言葉が返ってくる。
 色は好きなんだけどなあ、と水に浮かんでいる風船を指差して、女の子は寂しそうに目を伏せる。


「これさ、何日か経つと萎むじゃない。なんかがっかりするんだよね」
「まあ、風船だから仕方ないと僕は思うけど」
「そんなものかなー」


 納得がいかなさそうに頬を膨らませて、女の子はむうっとくちびるを突き出す。
 そんな彼女を後目に、僕は屋台のおじさんに、百円玉を手渡した。威勢と愛想のいい声を出して、「ほれ、兄ちゃん」と曲がった針金のついた、頼りなさそうな紙の紐を、おじさんは僕に渡してくれる。
 じっと水面を覗き込む。女の子も、僕と同じように水面をのぞき込んでいた。赤、白、青、黄色にピンク、紫色。ありとあらゆるカラフルな風船が、ぷかりぷかりと水面をたゆたっていた。
 水面に映るのは、真剣な顔をした僕ただ一人。水の中に浸っている、ゴムの輪目掛けて、曲がった針金を滑らせた。
 輪の中に針金が引っかかる。そのまま持ち上げれば、青い風船が針金の先についてきた。
 その調子で、ピンクとオレンジの風船も狙う。紫色の風船をすくったところで、ぷつりと紙紐がちぎれた。


「お、兄ちゃんは四つか」
「あ、二つで良いです」


 四つも風船をもっていても邪魔だからと、青とピンクの風船だけを貰って、僕は屋台をあとにする。
 後ろで食い入るように見つめていた女の子に、僕はピンクの風船を手渡した。


「ごめん、勝手にピンクにした」
「えっ、いいよー、私は大丈夫!」
「いや、だって僕がピンクの風船持ってても……

「あ、そうか……そうだね、でもなんか申し訳無い……」


 手を伸ばそうとしない女の子に、「気にしないで」と風船を押し付けようとすれば、近くを歩いていた小さな女の子が、転んだ。
 いたかったのか、わんわんと座り込んで泣き始める。それを見て、「あの子にあげてよ」と女の子は笑った。


「多分、喜んでくれるよ」


 ほら、と笑顔で指を指す女の子の提案通りに、僕は転んだ小さな女の子にそれを手渡した。
 泣きじゃくっていた小さな子は、僕の手渡した風船に気を取られたのか、濡れた瞳をぱちぱちと瞬く。
 ごめんなさい、ありがとうございますとその子の両親に頭を下げられて、何だかむずかゆくなってしまう。


「すごいね、泣き止んじゃった」
「頭を下げられると逆に申し訳ないなあ……」
「良いんじゃない、いいことしたんだから」


 ねえ?と女の子はうっすらと口元を緩める。
 後ろを振り返れば、小さな子が、濡れた目を細めながら、ぱちゃぱちゃとピンク色の風船を、楽しそうに振っていた。


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bkm


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