クドラクとクルースニク 3
「また来たのか。帰れ」
 その言葉とともに鼻先で閉められそうになったドアに足先を滑り込ませて、クルースニクはにっこりと笑った。
 ドアに挟まった足を見て、心底厭そうに舌打ちをしたクドラクは、真っ黒な靴でクルースニクのブーツを蹴る。
 無言の攻防はしばらく続く。
 クドラクはしっかりとドアノブをもって引くことでクルースニクの足先を閉めちぎろうとしていたし、クルースニクはそれを笑顔で耐えていた。
 いつもながらの軽薄な笑みだ。三拍子揃ったクズ、とあまたの者に言わしめる軽薄な笑み。
「痛ェよクドラク。ちぎれるのも時間の問題だぞー?」
「寧ろちぎれろ」
「うおっ靴変形するだろ、これ気に入ってるんだぞ」
 ちぎれろ、の「ぎ」のあたりでますます強まった力に、クルースニクお気に入りの靴がきしんだ悲鳴を上げて醜く潰れる。クルースニク自身の足も悲鳴を上げつつあったのだが、クドラクは全く気にしなかった。
 むしろ力が強まったくらいだ。ギリギリと音がするような力強さ。
 
「もう少し先端がひしゃげた方がひねくれた君には似合うと思うが?」
 しれっとそう言ったクドラクに、クルースニクが「俺の足までひねくれるっつーの」とひくりと口元を引きつらせた。
 クドラクのこの態度もクルースニクのこの態度も今に始まったことじゃない。
 クルースニクは山中にあるこのクドラクの山小屋を訪ねては嫌味を言われているし、クドラクは気楽な日常をクルースニクにぶち壊されては眉間に深いしわを刻んでいる。
 
 一見するとバイオレンスながらもハートフルなやり取りではあるのだが――この二人、本来ならば殺しあうべき宿命を持って生まれた――双子である。
 
「……何しにきたんだ、君は?もう春だぞ。また暖炉を借りに来たのか?」
「春ですねえ春ですよ。春眠暁を覚えずって奴ですねえ。朝飯をご馳走して貰いにきましたァ」
 起きたら朝食用意されてなくってよー、と笑ったクルースニクに、クドラクが心からの侮蔑の視線を送る。
 この視線に対してにこにことふざけていられるのは、正直なところこのクルースニクしかいない。
 クドラクはそれを「頭の先からつま先までふざけている」と言っているし、クルースニク自身も全く否定していなかった。
 つまりは本人公認の屑、である。
 
 本人自ら称する屑といえば並大抵の屑ではなく、人が寝ているような夜明け直後でもこうして門扉を叩き、朝食を要求することも出来てしまう――要するに「凄まじいほどに屑」なのだ。
 そこには「双子の兄の家とはいえ時間帯を考えろよ」や、「自分で作れよそれくらい」といった至極まともな意見は存在を許されても聞かれることはない。
 開き直ったときに最も厄介なのが「屑」だと、屑にも程がある双子の弟に悩まされる兄は言う。
 
「この時間に起きているのは君と老人ぐらいだ。『春眠暁を覚えず』は昼過ぎまで寝てから言え」
「俺、昼に寝て深夜から早朝にかけて元気なタイプだからさー」
 へらりと笑ったクルースニクは、「ああじゃあ俺にとっては今が夜みたいなもんかなー」と要らぬ一言を付け加える。
 クドラクは朝から疲れるな、と一言言うと、今回だけだぞとドアを開けた。
 ちなみに言っておくと、クルースニクがこんな時間にここを訪れたのは今日が初めてというわけでもないし、クドラクがため息をついて招き入れるのも今日が初めてではない。
 何だかんだいって甘いのだ。
 それを承知の上で非常識な時間帯に朝食をねだりに来るこのクルースニクが、いかにどうしようもないかは――語らずとも、共に過ごすだけでその内理解することになる。
「じゃあお邪魔します――ってなんだこれ」
「見て分からないのか」
「いや、分かるから聞いてんだけど」
 肌寒い屋外から暖かい室内に入ったクルースニクは、入り口を入ってすぐのところに置いてあった置物に目を留めた。
 石膏で出来たようなその置物は、クルースニクの記憶によれば、“神の『お言葉』をわざわざ噛み砕いてお話してくださる『親切なおっさん』”がいる場所に必ず置いてある――つまるところ、神を模った置物だ。
 
 なんでここに。
 クドラクの顔を見てしまったクルースニクに、クドラクが無表情に述べる。
「貰った手前、捨てるわけにもいかない」
「いや――いや、ちょっと待てよ」
 石膏像に伸ばそうとしたクルースニクの手は、クドラクの手によってあっという間に叩き落とされ、痛ェなコノヤロウ、とにらみつけたクルースニクに、クドラクは眉をひそめて不愉快そうな顔をした。
 
「君に触れられたら像が穢れる」
「んな訳あるか!」
 そもそも吸血鬼の家にこんなものがあるのがおかしいだろうと突っ込みを入れたクルースニクに、クドラクはしれっとした顔をした。
「神の姿を形作ったところで石膏は石膏だ。本質はそこらの像と変わらない。吸血鬼が石膏像を持っているのはおかしいか?」
「そうだけどよ……お前、吸血鬼って自覚あるのか?」
「血を吸って生きている以上は吸血鬼だろう」
 それにしてはあんまりにも吸血鬼らしくねェよなァ、とクルースニクは思ったものの、朝食のために黙っておいた。
 
 クドラクは吸血鬼でありながら、全く吸血鬼らしくない。
 聖水も「ただの水だ」と飲み干すし、十字架は「線と線が垂直に交差しただけ」という認識だ。
 大蒜も嫌う訳ではないし、聖餅にいたっては「パンかウエハース程度のもの」としてしか認識していない。
 その上、日の光も効かない――というか、自ら進んで日向ぼっこして眠るくらいの吸血鬼だ。
 血を吸う以外にこれといって悪いところがあるわけではないから――血を吸う行為はクルースニクにとってただの「食事」であり、悪でも何でもないのだが――まだましなのだろう。
 これが比較的温厚で非の打ち所がなさそうな青年ではなく、残虐非道の吸血鬼だったなら、この世はとっくに終わっていただろう。
 クドラクはそこらの人間よりよほど道徳観念があるというか、節度を守った、理性的な、きわめて『正しい』生活を送っている。
 血の吸いすぎで人を殺すこともなかったし、自分を始末しに来た吸血鬼ハンターを殺すこともなかった。
 圧倒的で強大な、それこそ弱点も何もない吸血鬼(クドラク)だから出来ることではあるのだが。
 普通のクドラク――種族としての吸血鬼――には何かしら欠点や弱点があるのだが、生憎とこの「顔色の悪いくそ真面目なオニーサマ」にはそんなものはない。
 
 弱点がないこの吸血鬼(クドラク)を殺せるのは、彼の双子の弟(クルースニク)しかいなかったが、クルースニクは兄とは正反対の、怠惰で目も当てられないような生活を送ってきていた。
 当然のことながら己の使命を果たそうとだなんて思っちゃいなかったし、「そんなことより女の子を愛すのが俺の使命で義務」と豪語するくらいだから、彼のほうも兄と同じく、「らしくない(・・・・・)」。
 
 唯一クドラクが吸血鬼らしいところといえば、『血を飲むことを肯定こそしていないが、血を飲むことを否定する気もない』ところだろう。
 同属のクルースニク(吸血鬼ハンター)がクドラクを始末しようと躍起にならないのはそのせいもあるのだろうとクルースニクは思う。
 吸血鬼。だがそれを上回って模範的なのだ、始末しようにも始末できないのかもしれない。
 クルースニク(同属たち)は案外、情に篤いから罪悪感やら何やらが沸き起こるのだろう、多分。
 残念ながら『クルースニクとしても人としても三拍子揃って屑』のクルースニクには分からないことだったが。
「ほら」
「おー、うまそう」
 吸血鬼らしくない吸血鬼の出した朝食は、目玉焼きにサラダ、パンといった極普通のものだ。
 クドラクのマグカップにはたっぷりの鉄臭い赤い液体が、クルースニクのカップにはトマトジュースが入っているくらいの差だ。
「なあ、血ってどんな味すんだ?」
「血の味だ」
 黙って食えと一言言うと、クドラクは黙々と早すぎる朝食を食べ始める。
 喰い終わったらついでに寝床も貸してもらおう、と、目の前の吸血鬼が知ったら「出て行け」と言いそうなことを思いつつ、クルースニクは欠伸をしながら美味い朝食を腹に収めた。


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