クドラクとクルースニク
「少しは仕事したらどうなんだ?私の家にきたと思ったらなんだ――火に当たるだけなんだな、君は」
「仕事だの何だのうるせーなぁ、もう。良いじゃないかこの際。寒いのは人だろうと吸血鬼だろうと一緒だろうが」

 この寒いのに外なんか出歩いていられるか、と暖炉の前から動こうとしない青年に、彼はその暗闇のような色の髪をくしゃりとかきあげた。
 暖かみのある赤の炎の前で、銀髪の青年は「あー生き返るぅ」と間抜けな声を上げつつ、暖炉の前で緩んだ顔をしている。

 非常に腹立たしい。

「クルースニク、君は自分の立場を――仕事を、使命を理解しているのか?」
「してるよ。だからこのクソ寒い中ほっつき歩いてたんだろうが」
「なら何故暢気に暖炉の前で暖をとってるんだ」
「寒いからに決まってんだろ。お前は寒いときに氷水でも浴びるのか?浴びねえだろ」

 普通は火に当たるぜと彼の顔も見ずに青年は返し、全くこれだから冬は嫌になるよとぼやいた。
 暖炉のついでに何かあったかいもん飲みたい、と図々しくも要求し始めた青年に、聞こえるように舌打ちをすると、彼は台所に引っ込む。
 暖めた血でも出してやろうか、と思ったが、貴重な栄養源をこの忌々しいクルースニクに提供(という名の嫌がらせ)をするのもバカらしく、少し考えてホットワインを出すことにした。

 勿論、限界まで熱してやるつもりである。

 舌でも火傷させてやろうかとイライラしながら彼はワインと小さめの鍋を取り出し、ワインを火にかけた。
 背後では、暖炉の前から動かない間抜けな青年の声が響いている。

「冬ってのは良くねえよ。寒ィし、歩きにくいし、何より娘さん達の露出度が低くなる」
「年中色狂いのくせに何をふざけたことを。君は春夏秋冬関係ないだろうが」
「いいや。やっぱ夏だ。暑いと開放的な気分になるじゃあないですか。いやー、冬場の鉄壁のコート!色気も味気もありゃしねぇ」
「知性の欠片もない話だな」

 彼がそう返せば、ハッ、と鼻で青年はその言葉を笑い飛ばし、「クドラクにそう言われるとはねぇ」と肩をすくめた。

「綺麗な娘さん見て襲うのはお前もだろ。血ィ抜かねえ分、俺のがマシだ。――いや、合意の上だから俺は襲ってないのか」
「その品性のない口を慎め」
「おお怖い」

 楽しそうに笑うクルースニクはやはり暖炉から離れようとしない。
 いっそ薪のようにくべてやろうかとも思ったが、後始末と臭いの不快さに悩まされるのが容易に想像できたから、限りなく不味いホットワインを飲ませることで手を打とう――と彼は塩を手にとって、鍋の中につっこんだ。

「君のような奴が何故クルースニクなのか、未だに理解に苦しむよ。私が今まで遭遇したクルースニクは、君とは正反対だった。君みたいに大酒呑みでも賭博中毒でも色狂いでもなかったよ、無論な」
「ああん?クルースニクだって人だよ。酒だって飲むし博打もするし女の子と遊んだりもするさ」

 聖人じゃあるまいしそんなつまらない生活はごめんだねと青年は楽しそうに笑う。

「大体、生まれた時に体にくっついてたお袋の一部で人生決められちゃたまんねえよ。お前もそうは思わないか?クドラクさん?」

 赤だか白だか知らねえけどさァ、と青年は頬をかく。

 白い羊膜を付着させたまま生まれた者はクルースニクという、クドラク――いわゆる吸血鬼――を退治する使命を持った者となる。銀髪の青年は、このクルースニクだった。クルースニクにしてはあんまりにも堕落した生活を送っているが。

 一方で、赤い羊膜を付着させて生まれた者は、人の血を吸い生きる闇の化け物クドラクとなって、クルースニクと戦う運命を与えられる。彼の方は、このクドラクとしてこの世に生を受けていた。

「君は本当にどうしようもないな。クルースニクとしては最低だ……いや、人としても屑だな」
「そりゃ良いや。気が楽だ」

 使命とかめんどくさいだけだし、と言い切った青年に、最近のクルースニクは平気なのだろうかとクドラクは思ってしまった。
 色々と浅からぬ因縁のある相手とはいえ、ここまで堕落したのを見ると不安にもなる。

「喰ってるモンが血だってだけだろ?俺はクルースニクもクドラクもどうでもいいよ」
「そんなことを言うクルースニクは先にも後にも君だけだな」
「事実だろ。肉喰って魚喰って、命喰ってるやつがガタガタ言うことじゃねえし。血だって似たようなモンだろ」

 羊膜が白とか赤とかじゃなくて桃色とかなら何になるんだろうなとクルースニクらしくないクルースニクは笑った。

「俺なんか平和主義だってのによ、勝手に人に使命押しつけられてるんだぜ?クドラクと殺し合いなんて勘弁願いたいよ。俺の使命は“クドラクを狩ること”じゃねえ、“女の子を可愛がること”なんだからな!」
「……それでこの『クソ寒い中ほっつき歩いて』いたのか?」
「当たり前だろ。使命に季節は関係ねえよ」

 寒すぎて誰も居なかったけどなァ、とぼやいた銀髪の青年に、クドラクの青年は黙って塩入りのホットワインを渡した。
 サンキュー、と礼を言いながらそれを口に含んだクルースニクの青年は、少し経ってから酷く顔を顰め、不味いにも程があると呻く。

「いくら酒好きの俺でもこれは酷い……鬼だなお前」
「吸血“鬼”だからな」
「俺が平和主義じゃなかったら、お前今ごろ棺の中だよ」
「君のような怠惰なクルースニクに退治されるほど、私は弱くないぞ」
「そうかもな」

 適当な返事をした青年は、あっちーなコレ、と間抜けなことを言いながら不味いワインを啜る。この世の中にこんなに馬鹿なクルースニクがいるとは思わなかったと呟いた彼に、何にでも例外はある、と青年は胸を張って答えた。

「激マズとはいえ、ホットワインをクルースニクに振る舞ってるお前が言えたことじゃないだろ。お前も馬鹿だよ」
「君と同類とは心外だな」
「はっはっは」

 顔を思い切りしかめた黒髪の青年に、銀髪の青年はいい気味だとげらげら笑った。
 やはり火にくべるのが正解だっただろうかと彼は思う。

「怖い顔するなよ」
「不快な顔をしているだけだ」
「不快さならこのワインは格別だぜ。飲むか?」

 塩入りのそれが入ったマグカップを揺らした青年に、君が飲みたいと言ったのだから君が責任もって飲むと良い、と黒髪の青年は淡々と返した。
 塩を入れてくれなんて言っていないと言った青年にちょっとしたサービスだと彼が言えば、いらねえサービスをアリガトウ、と嫌みっぽく返される。

「人の家の暖炉を長々と奪うからだ」
「奪ってねェよ。借りてただけだ。俺は可愛い娘のハートしか奪わないって決めてんだよ。可愛かったら人だろうが悪魔だろうがクドラクだろうが奪ってやるよ」
「いずれにしろくだらないな君は。全世界のクルースニクに土下座したらどうだ」

 私が見てきたクルースニクはもっと高潔で誇り高かったぞ、と言ったクドラクに、クルースニクはケラケラと笑う。

「お前と俺が正反対の立場だったら誰も不思議に思わないのにな!説教好きのクドラクのお前に、三拍子揃って屑のクルースニクの俺!笑い話だぞこれは!」

 クルースニクのくせに未だにクドラクを退治したこともない自分の片割れに、黒髪の青年も同意を返す。

「全く笑えない笑い話だ――何故私と君が双子なのだろうな!」
「神様のお茶目ってヤツじゃないですかね、お兄さん?」

 殺しあう運命を課されたのにもかかわらず、暢気に笑う弟に、「だとしたら迷惑な『お茶目』だな」と兄は呆れたように笑った。


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