甘噛み

 さんご色の柔らかい唇、白く生え揃った歯。伏せられた睫毛は長く、その瞳は美しい春の花の色。すり寄ってきた身体。首の細さにオスカーは一瞬「片手で折れそう」などと物騒なことを考えた。

「眠くなっちゃった?」

 眠気のせいだろうか。とろんとした夜明け空の瞳に微笑んで、雪のように白い髪を撫でる。オスカーの手のひらに額を押し付けるようにニルチェニアは頭を動かした。撫でられるのは嫌じゃなかったようだ。

「猫みたい」

 戯れに喉を擽ってみる。少し目を細められたものの、嫌な様子はない。今度は何をしてくれるの、とでも言うようにゆるく弧を描いた唇に「おいで」と声をかけた。誘うように伸ばしたオスカーの手をじっと見つめ、ニルチェニアはいたずらを思い付いた顔になる。小さい唇がオスカーの人差し指をとらえた。白い歯が優しく指に食い込む。猫みたい、とオスカーはもう一度口にした。小さな舌が指をなめる。くすぐったいよ、とニルチェニアの耳を食われていない方の人差し指でなぞりあげた。

「甘えてるの」

 片腕でニルチェニアを抱き寄せる。唇は指先から離れてしまったけれど、ニルチェニアは満足げにオスカーの胸に額を押し付けている。甘えてるのかあ、とニルチェニアを膝の上に抱き上げた。背中を撫でて抱き締めれば、細い腕がオスカーの首の後ろに回った。どうやら機嫌が良いらしい。すりすりと額を擦り付けてくるなんて普段の彼女からは考えられなかった。普段はこんなことはしないし、オスカーが喉を撫でた辺りで手を叩き落とされるのがオチだ。珍しいこともあるものだなあ、と思いながら薄い背中をぽんぽん叩く。

「……ねかせちゃうの?」
「眠いんじゃないの?」

 すみれ色の瞳が悪戯っぽく見上げてきたのにオスカーはどきりとした。眠くないわけじゃないけれど、とニルチェニアはちょっと拗ねたような口ぶりでオスカーの唇のすぐ隣に軽く口付ける。わっ、と間抜けな声をつい漏らしてしまった。ニルチェニアがくすくすと笑う。赤みがさしたオスカーの顔をじっと見つめてから、ニルチェニアは片耳をオスカーの胸に押し付ける。

「……どきどきしてる」
「そりゃあ、滅多に甘えてくれない子に可愛く甘えられればね……」

 平静を装うために軽い冗談を混ぜてみたが、オスカーの胸に耳を当てている彼女にはすべてお見通しだろう。そうなの、と楽しそうに笑った顔は年相応に可愛らしい。少し悔しくなってニルチェニアの額に唇を落とした。一瞬だけすみれ色の瞳が驚いたようにパッと開き、すぐに「唇にはしてくれないの」などと甘えた顔でねだってくる。反則じゃない? とオスカーはニルチェニアから目をそらした。

「どうしたの、オスカーさん」
「いや……今日の君、いちだんと可愛いなって……」
「ふふ」

 普段そんなに甘えないのに、と照れ隠しにニルチェニアの耳を撫でれば、「もっと」と気持ち良さそうな顔ですり寄ってくる。いつものしょっぱい態度が嘘のようだ。つれない態度の猫が急になついてきてくれたような嬉しさがある。いつもこうなら……と思うものの、いつもの態度があるからたまに甘えてくるのが最高にときめくのだ。

 くそぅ……とどことない悔しさを感じながらもすりすりと体を寄せてくる恋人を撫でた。背中、頭、耳、頬。気持ち良さそうにとろんとした瞳が見上げてくるのに何度も心臓が止まりそうになる。もっと、とせがまれる度にそれ以上を与えたくなってしまう。猫に飼い慣らされる人間の気持ちがよくわかる。こんなに胸をときめかせてくれる生き物に逆らえるわけがない。

「可愛いなあ……何だよもう、いつもこうなら良いのに」

 柔らかい頬を両手でふにふにと優しく潰しながらオスカーが笑えば、「いつもこうだと構って貰えなくなるもの」とニルチェニアがはにかむ。そんなことはないと思うけど、と頬をつつきながら、オスカーは自分の体温に安心しきったように目を閉じている恋人を抱え直した。抱え直したときに小さく笑ったのもきゅんとする。自分の腕のなかで嬉しそうな恋人を見ることの幸せといったら。他に比べられるものなんてないだろう。

「……擽ったいよ」

 オスカーの手に指を絡ませて、ニルチェニアは握ったり放したりとオスカーの手で遊んでいるようだ。たまに細い指先で手のひらをなぞられるのがくすぐったいけれど、それ以上にくすぐったいのはオスカーの内心だった。オスカーの方も細い手のひらを握ったり放したりすれば、「くすぐったい」とニルチェニアが小さい笑い声を漏らす。

 普段は冷たいニルチェニアの指先も今日は温かい。眠いからなのかな、とオスカーは細い指先を自分の手でそっと包んだ。オスカーに華奢な体を預けて、ニルチェニアは静かな呼吸を繰り返している。もうそろそろ寝ちゃうんだろうな、とオスカーはその背中を撫でた。起こさないようにゆっくりと。

 しばらくそうしていれば、ニルチェニアはすっかり寝入ってしまったようだ。

「よい夢を」

 唇ではなく頬に口付ける。
 僕も寝ようかなあ、などと思いながら自分の中の上着を脱いで恋人の背中にかけた。微かな寝息がオスカーの眠気も誘う。たまにはこんな日も良いよね、とオスカーも目を閉じた。


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bkm


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