あざらしちゃんとおにいさん

 目の前で美味しそうにマシュマロを頬張っている子供──のようなもの──を見つめ、アルリツィシスは困惑していた。
 数多くの命の散り際に立ち合ってきたが、こんなにも【死にそうにない】生き物にであったのは初めてだった。

 見た目は──見た目はヒトに似ている、だろうか。なにやらアザラシのような生き物の皮を被っているようにも見えるが判然としない。もちゃもちゃと口を動かしながら美味しそうにマシュマロを頬張りつつ、時折紫色の瞳がちらり……とアルリツィシスを見る。どうやら【それ】にもアルリツィシスの姿は見えているようだ。

「……君は」
「“あざらしちゃん”は“あざらしちゃん”ですよう」

 誰だ、と問う前に“あざらしちゃん”が応える。言葉の意味をうまく理解できずに──理解は出来ているのだがそれで納得して良いものなのかわからなかった──アルリツィシスは首をかしげる。
 そんなアルリツィシスに聞こえよがしにため息をついて、“あざらしちゃん”はマシュマロをもうひとつ口に入れる。

「だめな“おにいさん”ですねえ……」

 そんなんじゃあ“きたぐに”ではいきのこれませんよう、と“あざらしちゃん”はアルリツィシスに腹這いのままにじりよってくる。思わず後ずさったアルリツィシスに「ふええん」と“あざらしちゃん”が鳴いた。

「ひどいですよう。ひどいですよう。いたいけな“あざらしちゃん”をだきあげてくれませんよう。ふええん」
「…………!?」

 口にしている内容に反して、“あざらしちゃん”は随分とリラックスしている。困惑していたアルリツィシスにいとも簡単によじ登り、“あざらしちゃん”が落ちないようにと手を添えたアルリツィシスの腕にちゃっかりと収まった。

「そうそう、それでいいんですよう」

 満足した、とでもいうようにあざらしちゃんは目を閉じる。こんなところで眠られても……と声をかけようとしたアルリツィシスに、「“マシュマロ”はあげませんよう」と明後日の方向の言葉がかけられた。

「“おねえさん”てばだめなひとなんですから。“あざらしちゃん”は“いちご”の“マシュマロ”がたべたかったのに、“ちょこれーと”の“マシュマロ”をかってきたんですよう」
「そ、そうか……」

 それなのにマシュマロを手放す気はないらしい。しっかりと──ラッコのように──マシュマロの袋を抱え、“あざらしちゃん”はアルリツィシスにぷくりとふくれながらこぼした。

「“あざらしちゃん”がたべたかったのはこれじゃないんですよう。ひどいですよう」

 なんと言葉を返せばよいものやら、アルリツィシスは悩んだ。アルリツィシスが悩むうちにも“あざらしちゃん”はもぞもぞと動き、アルリツィシスの腕の中でちょうどよいポジションを取ろうとしている。落ちないようにと抱き直せば「“おにいさん”はなんなんですかあ」と怠惰に問われる。アルリツィシスは律儀に「眠りの精霊のアルリツィシスだ」と答えた。が、次の瞬間には“あざらしちゃん”の興味は別のところに移っていたらしい。我が物顔でアルリツィシスのフードにマシュマロの袋を放り込み、「あずかっておいてくださいねえ」と口にする始末だ。人のよいアルリツィシスはついうなずいてしまった。

「ふうん……“おにいさん”、“あざらしちゃん”に“おはなし”してくださいよう」
「お話?」
「“あざらしちゃん”がねむるまで“おはなし”してほしいんですよう」
「……何か希望はあるか?」

 おとぎ話が良いだろうか、とアルリツィシスは自分の記憶を手繰り寄せる。このくらいの子供に聞かせるに適したおとぎ話を知っているような気がしたからだ。しかし、“あざらしちゃん”から返ってきたのは。

「“すくい”のない“おはなし”がいいですねえ……あっ! “ともだち”のために“きんき”をやぶった“せいれい”さんの“おはなし”がききたいですう」

 どことなくわざとらしい「あっ!」だ。まるでもともとその話をしてもらおうとでも思っていたかのような。

「……そんなものはない」

 唖然としたアルリツィシスに「だめな“おにいさん”ですねえ……」と“あざらしちゃん”はまたもため息をつく。人の良さにつけこまれていることにアルリツィシスは気づけなかった。

「ふええん。“おにいさん”が“おはなし”してくれませんよう。ふええん。これじゃあ“あざらしちゃん”は眠れませんよう。ふえええん」
「話をしたくないわけでは……」

 “あざらしちゃん”のリクエストしたような陰惨な話をアルリツィシスが知らないだけで、何か他の話が良いというのなら寝付くまで話してあげよう、という気持ちはあるのだ。見知らぬ不躾な生き物にここまで出来るのはひとえにアルリツィシスの人の良さがあるからだ。眠りの精霊だからといっていきなり腕にのぼってくる生き物を受け入れなくてはならない決まりはないし、フードを自分のお菓子スペースにする生き物を放り投げてはダメ──という決まりもない。

「むう……。じゃあ、“おほしさま”に“おねがい”してきえちゃった“おんなのこ”の“おはなし”をおねがいしますう」
「そんなものはない」

 思わず即答したアルリツィシスに「“ねむりのせいれい”さんなのに“だめだめ”ですねえ……」と“あざらしちゃん”はぷるぷると首をふる。

「“おにいさん”の“おしゃべり”につきあってたらねむくなっちゃいましたよう……。おこさないでくださいねえ」
「あ、ああ……?」

 結局今までのやり取りは何だったのか──。
 アルリツィシスの困惑も尻目に、アルリツィシスの腕のなかで謎の生物“あざらしちゃん”は健やかな眠りについていた。
 



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