レディ・キラー
 興奮冷めやらぬ会場に、東は深々とため息をついた。

「……で、どうするんです」
「さあ、どうしようか」

 興奮冷めやらぬ会場に、レグルスは深々と頭を下げた。

 ひとときの夢が終わる。レッドとブルーのサイリウムが右へ、左へ、波のように揺れている。手をふりながら舞台袖へ。引き留めるような歓声に二人で顔を見合わせて、ため息をついた。

***


 今日のライブも成功といっていいだろう。熱狂的に――本当に狂ったように叫ぶ【ファン】の姿を思い出しながら、東はぐったりと控え室のソファに沈む。用意された衣装に皺が寄ったが、脱ぐ気力もなかった。もともと、動くのは好きではないというのに。

「歌って踊って……疲れた……」
「それもまた【アイドル】の宿命だろうに。舞台上でふらついても黄色い歓声を誘えるのは君くらいだろうな」

 東とはうってかわってぴんぴんとしているレグルスは、どっかりとソファに足を組んで座っている。衣装でもある深い蒼のロングコートをなげやりに背もたれにかけて、一仕事終えた、という顔でコーヒーを飲んでいた。

「『浮かぶ微笑は桜のごとき』……か。儚い美青年にはぴったりじゃないか、東くん」
「止めてくださいよ」

 歓声に次ぐ歓声、熱を持ったスポットライト。普段なら絶対にすることのないダンスに歌唱。慣れない東が舞台上でふらつくのも無理はない。ふらついた直後、黄色い歓声と声援が波のように押し寄せた。予想外の歓声にぎょっとしたのは東で、その東につかつかと歩みより、「しっかりしろよ?」と体を支えたのはレグルスだった。その行動はレグルスの読み通りだったのか、また悲鳴にも似た興奮が巻き起こる。場馴れしてるな、と疲弊した体を引きずりながら東はそんな感想を抱いた。アクシデントすらただのパフォーマンスに変えてしまうのだから、なれているとしか言えないだろう。

 アイドルとしての東のウリは、色気の漂う儚い美青年、だ。意図的にではないにしろ、その儚さを見事に披露してしまったことに観客はどよめき、レグルスは「ツボを押さえてきたな」などと笑っていた。もちろん、東がただ単純に体力不足でふらついたのを知っていながら、だ。どこまでか本気でどこからが冗談なのか、いまだに少し読みにくい。

「だいたい、桜とか……」
「散り際が美しいということなのだろう。良いじゃないか、どれだけふらつこうと好意的にとって貰えるなら好都合だ。君はそのたびに【桜のごとき】微笑でも浮かべて、儚く謝りでもすれば丸く収まる」
「他人事だと思って……」

 舞台上でのそれをキャッチフレーズになぞらえて揶揄してくるレグルスに、東は疲れきった顔で言葉を返す。なんでこの人はこんなに元気なんだ、と考えてから、レグルスさんだからか、と納得した。とある探偵の女性いわく、「疑問を抱いた時点で負け」であるそうだから、深く考えない方がいいだろう。

「『薔薇に劣らぬ艶姿』……もなかなか似合ってると思いますけど?」
「絶世の美青年だからな。当然だ」

 ふっ、と笑ったレグルスに少しは恥ずかしがれよと東はなんとも言えない気持ちでレグルスを見る。その堂々たる振る舞いときたら。図太いと思うのを通り越して、尊敬すら覚えてしまう。

「ひとつ不満があるとするなら、『あですがた』でも『えんし』でも、ともに女性の容姿について述べるものだ、ということくらいか」
「まずその恥ずかしいキャッチフレーズについて不満をいって欲しかったんですけど」
「アイドルをしている時点でそれは不毛さ」

 大人気じゃないか、とネオンブルーの瞳をそっと伏せながら、どこか他人事のようにレグルスは微笑む。大人気ですね、と東も他人事のように呟いた。
 さて、とレグルスが立ち上がる。部屋のすみにあるクローゼットへ歩みより、そこを大きく開け放った。

「【レディ・キラー】。……我ながら洒落にならない名前だとは思ったが……どうする?」 
「後始末するしかないでしょう」

 クローゼットから転がり落ちてきたのは、「プロデューサー」の女性だった。息はもう、ない。見開いた瞳の瞳孔は開ききっていて、首がおかしな方向に曲がっている。だらりと投げ出された四肢にも、レグルスが抱き抱えた体にも、体温は残されていなかった。

「面白い言い分だったな。『誰のお陰でここまで来られたと思っているの』、か……。全く、誰のせいでここまで来させられたと思っているのか」

 仕事で女を抱くのは趣味じゃないというのに、とレグルスは深く、わざとらしいため息をつく。枕営業って本当にあるんですね、と東もため息をついた。仕事の見返りに関係を、と面と向かって迫ってきたのはこの『プロデューサー』が初めてだったが、相手もまさかこんなことになるとは思ってもいなかったのだろう。

「処理は紫苑に任せるとして……」
「フィアールカも呼んでやってくれ。調理さえされていれば喜んで食べる」

 材料がなにかは教えない方が良いが、と一拍おいて、「謎の失踪扱いだろうなあ」とレグルスは死んだ女の顔を覗きこんだ。

「俺たちが大当たりして『敏腕プロデューサー』と評価され始めたところだったのに……勿体のない。警察も調べるのは骨が折れるだろう。失踪者の捜索は往々にしていい加減なものだが。……さて、今回はどうなることやら」
「殺した張本人が何を」
「あのまま抱くことになってもよかったのか?」
「それは嫌ですけど」

 数時間前にレグルスはこの女を殺していた。いつもの黒い革手袋を身に付けたまま、片手で首を押さえ、女の体を壁に押し付けながらゆっくりとその手に力を込めていたのを東はぼんやりと眺めていた気がする。あるいは、二人に背を向けてコーヒーを飲んでいたかもしれない。記憶は曖昧だ。だが、バキッという音とともにレグルスが「力加減を間違えた」と口にしたのだけは覚えていた。そちらを見たときには、女の首はおかしな方向に曲がっていたのだから。

「情報は操作しましたから、もし関係者に警察が探りを入れたとしても、明日の朝までこの人は『目撃されていた』ことになってます」
「相変わらず手際がいいな」
「それはどうも」

 【これ】は俺のところに運ぶか、とレグルスは女の体を折り畳み始めた。バキバキと聞こえてくる音に東は流石に目をそらし、その間にレグルスが近くにあったキャリーバッグに体を詰め始める。あまり大きくなかったバッグにも、女の体はきちんと納められてしまったようだった。本当に綺麗に収まっているのが、うすら寒くなるほど不気味だった。

「この程度の大きさの鞄なら、手荷物としても問題はないな」
「……よく入りましたね?」
「繋がったままいれるのは難しいだろうな」

 つまりバラして入れたのか、と察する。深く聞かない方が良さそうだと判断して、東はのろのろと着替え始めた。さっさと家に帰って、シャワーを浴びたい。やたらに凝った衣装は脱ぐのが面倒だった。
 レグルスはと言えば、いつのまにかいつもの黒いコートにグレーのストールを纏っている。まるで映画のようなマフィアスタイルだ。こんなにマフィアらしさを全面に押し出すマフィアのボスなんて、と毎回思う。が、レグルスらしいとも思うのだ。携帯電話を使いながら、どこかに連絡しているレグルスの横顔は、アイドルのときとはうってかわって鋭利な雰囲気を漂わせていた。まさしく、マフィアのボスのように。


***


【レディ・キラー、電撃解散!】

 数日後の新聞の見出しには、軒並みそんな文句が並んでいた。どれもこれも代わり映えしない内容だな、と平淡な眼で東は記事を読み進める。

○某日行われたライブにて、ユニットの解散を発表した【レディ・キラー】。人気絶頂の最中での解散にファンは動揺と落胆を隠せない。二人の今後は決まっておらず、このまま芸能界からの引退もあるのでは、と噂されている。
○また、二人をプロデュースしていた女性プロデューサーの行方がわからなくなっており、関係者からの聞き取りが始められた模様。今回の解散とプロデューサーの失踪は関連がない、と事務所はコメントを発表。
○プロデューサーの女性は暴力団の関係者と密接な関係にあったとも噂されており、失踪については現在調査中である。

「うーん、相変わらずギリギリの線を攻めてくるというか……」

 あのときかけてた電話はこれか、と東は新聞を眺めた。東の流した【情報】に信憑性をさらにもたせるべく、レグルスもレグルスで少し情報をいじったらしい。昔から芸能界と『そっちの職業の人』は関係があると言われているし、と東は新聞をレグルスへと手渡した。

「嘘をつくときに一番大事なことを教えようか」

 ある程度の真実を混ぜるのが肝さ、とレグルスは愉快そうに新聞を読んでいる。

「プロデューサーの女性は『マフィア』の『ボス』と『プロデュースなどをする』密接な関係にあった……。間違っていないだろう?」
「ある程度の真実どころか、そのままじゃないですか?」
「ははは」

 空々しい笑いかたで満足そうに新聞を閉じ、「正直で大変結構じゃないか」とレグルスはネオンブルーの瞳をすっと細めて笑う。

「無事に事が運んだ打ち上げと称して、スクリュー・ドライバーでも飲みに行くか?」
「『レディ・キラー』だけに? ……カンパリオレンジで勘弁してください」

 レグルスが机に無造作に置いた新聞を、東は迷わずにゴミ箱へと突っ込んだ。一面を飾った『アイドルとしての二人』は、ゴミ箱のなかでくしゃりと潰れている。

 


***
Twitterのハッシュタグより、 うちのことよそのこでアイドルユニットを結成してみる でした!


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