独り身には辛い隠し味
「えーと、これは石かな?」
「卵だ」

 唇を真一文字に引き結び、どことなく不機嫌そうな低い声で返してきたハイドに、ニックは誤魔化すように「はっはっは」とわざとらしく明るく笑って見せる。エプロンが似合わねえなあとハイドに言わなかったのは彼なりの譲歩だ。おそらくこの家の主に借りたのであろうエプロンは、可愛らしい花柄だ。裾のところに控えめにレースが縁取られているのが、また笑いを誘った。生真面目そうな男が可愛らしい花柄だ。笑わないのが難しい。

「こんな黒い卵があってたまるかよ……マジでこれ何なんだよ、ハイド」
「卵だ、と言っているだろう」

 真っ白い皿に盛られているのは、鉄より黒い物体だ。どこかの山から採ってきた鉱物か何かか、と重ねて問えば、目に見えない早さで黒い物体が口の中に押し込まれる。苦味が口の中に広がり、うっかり噛み締めれば砂吐きをしていないアサリもかくや、という勢いでじゃりりと音がする。吐き出しそうになるのを懸命にこらえた。

「食べて確かめると良い」
「ウッ……ちょ、これは不味いしマズイ! じゃりっとするし苦いし食べるもんじゃねえ……!! 炭か! 炭かこれは! 炭だな!」
「卵だと言っている!」

 ほら食えそら食え――と口に押し込まれる炭にニックは目を白黒させて助けを求めた。えりしあ! と半ば舌足らずになりながら涙目で叫べば、家主の女性が苦笑いを浮かべながら「まあまあ」とニックの口の中にスプーンをねじ込む腕を押さえる。

「……ニック」

 ハイドの恨めしげな瞳に「悪かったって」と半泣きになりながら口に押し込まれたそれをハンカチを当てて取って、うええ、としかめ面をして見せる。どうぞ、と置かれた水がありがたい。

「サンキュー、エリシアさん……何すんだよハイド! 炭突っ込んできたのはお前が初めてだよ! 常識を忘れちまったのか!」
「卵だ。……君に常識云々を説かれたくはない」
「そりゃごもっともだけど」

 ところで、とニックは皿に少しばかり残った【卵だったらしい炭】を見つめながら、「エリシアさんが失敗するなんて珍しいな」と青い瞳を銀髪の女性に向ける。エリシアはちょっと困った顔をして、そっとその目をハイドへと向けた。ばつが悪そうな顔で「つくったのは私だ」と低く呟いたのはハイドで。

「え、なに、料理下手だったのかよ。不器用に見せかけて器用そうな顔つきの癖に」
「どんな顔だ」
「……あ、だからエプロンか。エリシアさんとなにか作ってたのか」
「そういうところばかり察しが良いな……」

 だからここにハイドがいたのか、とニックは納得する。
 夫婦で食事を作っていたわけだ。なるほど、つまり自分は――

「邪魔だったな!」
「今さらか」

 憩いの時間を邪魔してすまねえな、と笑う顔に反省はなく、また椅子から立ち上がろうともしないニックに「全く」とハイドは深いため息をつく。慣れてきてしまった自分が悲しい。

「それじゃ、二人の愛のこもった共同作業の集大成を楽しみに俺はここで見守ってるから」
「帰れ」
「……ここ、レストランじゃないんですけどね」

 言外に「飯を食わせろ」と笑顔で告げたニックにエリシアも困ったように笑って、「愛の代わりにのろけでも入れておきましょうか」と悪戯っぽく笑った。

 


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bkm


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