おあそび

 私の両親は少し不思議だ。

 そのことに気づいたのは確か……年齢が二桁になるかならないか、のころ。
 友達の……というか、まあ、幼なじみ?の男の子と自分の家の話で盛り上がったときに、彼は私の両親をこう表した。

「それ、育児放棄って言うんだよ……」

 育児放棄、と私は口の中でその言葉を転がして――なるほど、と思ったものだ。何しろ両親ともに家を不在にすることが多かった。

 彼には続けて「君のうちって変わってるね」と同情するような視線を頂いたが、家庭内抗争を繰り広げる隣の彼のうちよりはまだましだと思う……多分。そういえば、最近私の家の前で倒れている怪しい大人を見かけるけど何なんだろうか。
 隣の幼なじみは「社会不適合者なんじゃないかなあ、僕のお父さんみたいな」と辛口なコメントを残していた。あんがいおとなしそうで大人しくないのが私の幼なじみではあるのだけども、それにしたって自分の親を社会不適合者扱いはどうなんだ……。

 話を元に戻せば、ビリヤードのボールをもろに受けたような痣を顔につけたままぶっ倒れてる不審者はなかなか不気味である。そういえば、あの子の趣味ってビリヤードじゃなかったっけ? あれ?

 ……まあいい。とにかく私の片親は医者だかなんだかよく分からないが、とにかく暇さえあれば研究室とか医務室?に入り浸ってはちょっと危ない薬を作っていたり、非人道的要求をのみこませた上で患者を治療していたり――とにかく、医者と言うには優しさの欠片もない人だった。冷血人間を思い浮かべろと言われたら、私は間違いなくあの人のことを思い出すだろう。医者としても研究者としても、薬剤師としても腕がいいのが非常に憎たらしいが――今のところは薬剤師ならぬヤクザ医師である。治療費のふんだくり方がほんとにえげつない。ヤクザといってもインテリヤクザだ。頭が回るのが手に負えない。
 私が起きるより前に職場へと赴き、私が寝ようとした頃にようやく帰ってくる。そんな親である。仕事人間なのも大概にしろと言いたくなったこともあったが、よく考えたらあの人の職業は人の命を救うのである。たとえ財布を死に追いやろうとも、人の命を救っている親に「仕事と私、どっちが大事なのよ!」などと面倒な彼女じみた言葉を投げたくはなかったし、多分あの人は「仕事に決まっているでしょう」と顔色も変えずに言うだろう。それでこそ私の親である。

 そしてもう片方の親だが、こちらはくだんのヤクザ医師に比べて性格的には温厚で、柔和で、ほんわかした――“性格的には”申し分のない良い人である。ただし、こちらも大きな問題を抱えていた。
 こっちの親の場合は博打うちなのだ。それも、かなり有名な。夜にふらっと出かけていったかと思えば朝方にあくびをしつつ帰ってきて、私の作ったお味噌汁に「おいしいねえ」と舌鼓を打ちつつ、ふうふうと息を吹きかけて少しでも味噌汁の温度を下げようと苦労している。つまりは猫舌で、さらに言うなら猫又という妖怪らしかった。
 私は妖怪だのなんだのには詳しくないし、これからも詳しくなろうとは思わないけれど――あの人をみる限り、猫又とはぶっちゃけ猫に毛の生えたような妖怪だ。猫と違う点と言えば喋って博打を打って適当に構ってくれることだろうか。
 しかしながら悲しいことに、わたしは昼間気持ちよさそうに縁側で寝ているあの人の姿しかあまり見かけない。まさしく猫のようだ。構ってくれる時は珍しく夜出かけなかった時くらいで、まあそんなときでも私はすぐに寝なくてはならないので。


 結果、両親ともに生活時間があまりかぶらない。親というのにわたしの面倒を見ることもあまりない!!! 親とは!! 親とは何だったのか……と思ったが、私をかまい倒す親も不気味なので今のままで良いかもしれない。


 しかし、そんな両親なために稼ぎはいいのだ。子供ながらにお財布を持ち、何が何だか分からずも近所で夕飯の食材を何も考えずに買えるくらいには裕福だった。……というより、余ってお釣りがざくざく来る。
 お金には困らないが、愛に飢えた子供が私だった。……自分で言うと笑いがこみ上げてくると同時に哀れになるからやめよう。

 とはいえ、悪い親ではない。
 私が風邪で苦しんでいればヤクザ医師はお手製のくそまずい薬を処方してくれるし、猫又の親と二人で縁側で寝ころんで昼寝するのも悪くない。
 猫又の方の親がたまにもってくる、賭博で手に入れたちょっとした飾り細工はかわいいと思うし、「いつも食事の用意をありがとうございます」と他人行儀ながらも私のつたない料理を完食してくれるヤクザ医師の方の親は不器用なところが若干かわいくも見える。

 要するに、不思議だけどこれでいいのだ。多分、これが私にとっての家族、という形なのだろう。……生活時間がかみ合わなくても。……親と顔を合わせる時間が一日三十分以下でも!
 
 ……離婚直前の夫婦でももっと顔を合わせている気がしてきた。


***


 僕の両親はぶっちゃけ仲が悪い。どれだけ仲が悪いかと言えば、夫婦喧嘩の時に飛び交うのがお皿とかじゃなくて、殺傷力高めのナイフとか、あと母親の機嫌次第では銃弾とか。幼なじみの女の子には 「夫婦喧嘩と言うより家庭内抗争だね」と言われたけれど、もっともだと思う。
 父親は撃たれても刺されても死なない変な人だし、たまに二人になったり五人になったりとまるでプラナリアみたいな人だ。しかも無駄に素早いから攻撃をかわされた母親が更に怒り出して――

 多分僕、十七回は死にかけた。これだけ天国に近い家庭も珍しいよね。地獄の間違いじゃないかとも思うけど。

 なにしろ父親はマフィアのボスだという話だし(ほんとかどうかわからないけど)、母親は軍人だという話だ。
 何で結婚したあげくに子供をもうけちゃったのか全くわからない組み合わせなんだけど、大人には大人の事情があるんだと思うし――二人とも頭のねじが外れてるってところでは同じだから、まともな思考で二人の行動原理を紐解けるはずはないんだよね。僕知ってるよ、お母さんがたまに動物を組み合わせてキマイラを作ってたりとか、お父さんが本気で殺しにきたお母さんに「それでこそお前だよ」って恍惚とした顔してるの。どっちも情操教育に悪いって気づいてるのかなあ。気付いてないんだろうなあ。
 気づいてたら子供の目の前で殺し合い一歩手前の喧嘩なんてしないもんね……。

 そんな感じで賑やかに殺伐とした家で育った僕は、不本意ながら運動が大得意だ。両親の喧嘩に巻き込まれるうちに得意になってしまった。だって、そうじゃないと母親の投げたナイフで僕が死ぬ。そんなのはちょっといやだ。
 そんなわけで、得意なスポーツはフリーラン、趣味はダーツとビリヤード、なんていう“生意気”な子供になってしまった。
 ダーツはお母さんの趣味らしくて、僕もたまに的役になってくれたお父さんにダーツを投げたりもするし、お父さんの趣味であるビリヤードで、幼なじみである隣の女の子の家に、たまに来る強盗なんかをちょっと追っ払ったりしてる。え? ビリヤードでどうやって追っ払うか? 答は簡単だ、そういう人たちの顔をボールに見立てればいい。僕はそういう人たちにビリヤードよろしくボールをあてて、後は“ボール”が“オチる”のを待つだけ。ね、ビリヤードでしょ。
 
 あの子のお家、親御さんの職業のせいかお金がたっぷりあるらしくて――やたら怪しい人が来るのだ。でも、あの子には抵抗する力なんてないだろうし、しっかりしているように見せかけて案外抜けているから、心配と言えば心配だ。
 お父さんはお父さんで「ご近所つきあいは大事だぞ」なんてまじめくさって言うものだから、僕はそんな人たちを追っ払うことに決めている。親に悩むもの仲間だしね。

 ところで、彼女の家とは違って、僕の家の場合は親がかまい倒してくる。主に父親が。
 生活に役立ちそうなことから生活に役立てちゃいけないことまで教えてくれるから、そこでもまたお母さんが怒り出す。
 お母さんもお母さんで若干倫理的に問題のありそうな生物学を僕に教えてくるわけで……僕は将来、自分がどうなっているのか非常に不安だ。


 こんな感じで不安たっぷりな家庭だけれど、今は何とかやれている。親二人が破天荒なせいで逆に身についた常識もあるし、僕だけはきっとあの家から出てもまともな暮らしをおくれるはずだ。

 ――おっと、またお隣の家に変な人発見。


 にまぁっと頬がゆるむのを感じながら――僕は、愛用のキューとボールを手に取った。


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bkm


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