サムライ・ロック

「やあ、また会ったな」
「あ、どうも」

 親しげに――けれど無表情で声をかけてきた男を、東は知っていた。レグルス・イリチオーネだ。どうやらイタリアの出身らしく、ファミリーネームは舌を噛みそうになる。

 東はとあるバーにやってきたところだった。情報屋たる東がたまに姿を見せたり見せなかったりするこのバーは、見た目はおんぼろの潰れかけたような――といっては失礼かもしれないが、繁盛しているようには見えない。が、扉を開けて敷居をまたいでしまえば話は別だ。
 寂れた様子を偽っているバーのなかには、東と似たような職業のものたちでひっそりと賑わっている。
 声をかけてきたレグルスもその一人。たしか、どこかのマフィアの頭だそうだ。

「どうだ、一杯」
「……えっと」

 親しげに酒を勧められたが――そんなに親しかっただろうか、と東はちらりとレグルスの顔を見る。レグルスの瞳は相変わらずどぎついネオンブルーだったけれど、出会うのはこれで二度目だ。初対面に毛が生えた程度だし、そもそも“初対面”のときだってろくに話していない。
 そんな中でも東がレグルスを覚えていたのはもちろん、“仕事”に必要になることがあるかもしれないと思ったからだし、そのどぎついネオンブルーがなかなか頭から離れなかったせいでもある。

 が、一番大きかったのは人の話をほとんどきいていないところだろうか。前回は東がカンパリ・オレンジを飲んでいたことを皮切りに話しかけてきたくせに、その数分後にはさっさとどこかに行ってしまったし――別にとどまっていてほしいとは思わなかったが――「男と見つめ合う趣味はない」といっておきながら、視線をはずした東をじっとみていたりだとか。訳の分からない人だと言うことはよくわかったが、それだけだ。

「どうした、青年。見つめ合うと素直にお喋りできないタイプなのか」
「そんなことはないですけど」

 見つめ合っていたのか俺たちは、と東は自分よりグラスに目を向けたままの男をみる。さっきからレグルスの横顔は見えていたが――目があった記憶はない。

「まあ、座れよ。それから日本って面白いな」

 何の話だろうと東はぼんやり考えた。座れ、と日本が面白い――は関係がなさそうなものなのだが。

「日本の人間が来そうな気がしてな。清酒ってヤツを飲んでいたんだが」
「はあ」
「酷く実験室の味がするな。消毒用のアルコールか、これは?」
「度数が高いですからね」

 レグルスが手に持って揺らしたグラスには、なみなみと水のように透明な液体が入っているが――それが清酒なのだろう。
 アルコール度数が高いそれは東もあまり好きではなかったし、美味しいとも思えなかった。

「まあ、これはこれで良いか。実験室の床を舐めているみたいで愉快と言えば愉快だろう、多分」

 愉快なのだろうか。

 何と言葉を返すべきかと東が考えあぐねていれば、側に置いてあった小皿からひょいとレグルスがライムをつまみ上げる。そのままグラスにライムを絞り出し――適当にグラスを回して飲んでしまった。

「清酒にライムをぶち込むと“サムライ・ロック”に早変わりるらしいな。侍がライムとは奇妙な気もするが」

 日本にはライムはなかったよな、と一人で頷きながら、レグルスはこの前と同じように店を出ていく。
 あいかわらず変な人だと思いながら、東はカンパリ・オレンジを頼むことにした。


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