my fear little lady
 寂れた礼拝堂の中に、厳かとは言い難く耳障りな音が鳴り響く。伝染病によって滅した村には、今は誰も住んでいない。どれほど騒ごうと気にする者はいなかったし、それが好都合だった。

 小さな小さな――リトルレディ。可愛い淑女。
 その可愛い彼女の身に宿る、残酷な嗜虐性を解き放つには――ここはちょうど良い場所だった。

 そうして、落陽に照らされる滅びた町は美しく可憐で残酷な、可愛らしい狼の狩り場となるのだ。
 町を染める朱は、はたして夕日の色なのか――。


 がしゃあん、と大きな音を立てて、色とりどりの綺麗なガラスの欠片が宝石のように煌きながら降り注ぐ。
 美しき女神を描いていた、大きな古びたステンドグラス。女神の顔は鉛玉によって四方八方へ砕け散る。
 鉛玉の接吻に腰が砕けたステンドグラスは、美しき破片の雨となって薄汚い礼拝堂の床に零れ落ちた。ばらばらと散ったガラス片には赤き夕日が煌めいている。夜も近く、空は遠く澄んでいた。

 女神の顔の中心から崩れたステンドグラスの向こう側には、赤く懐かしい夕日が沈んでいる。じわりと胸にしみる切なさ。夕日には見る者の女々しくもほの暗い寂寥感を呼び起こすのかもしれない。
 果物の色にも、血潮の色のようにも見えるその光を灯し、硝子はほの赤く煌いていた。

「あらァ、別の人の顔撃っちゃったわァ」

 真っ赤な光の中、真っ白なドレスを身に纏った幼い娘が、かつん、かつんと靴のヒールを響かせて、美しい硝子の破片を踏みにじる。ざり、と可愛らしい靴の下で転がすには不愉快な音が落ちた。

 その手には、ドレスと同じように真っ白な拳銃が二丁収められていて、その白い銃身を橙の光に染めている。
 少女が歩みを進めるたびに空気は動き、少女に纏わりつく硝煙の香りもふわりとゆれた。夕日を受ける小さな少女は、天使のように美しい。

 あっははは、と少女の酷く楽しそうな、歪んだ笑い声が埃っぽい礼拝堂にこだました。
 楽しそうに笑う少女のかんばせは、丁寧に作られた陶器の人形を思い起こさせるほど。
 なめらかで白い肌は夕日に染まっているものの、きらりと光る宝石のような輝きの、苺みたいに赤い眼、薄く開いた花びらのような桃色の唇。そこから覗く、砂糖のように小さく白い歯は、小さな顎にも綺麗に収まっている。
 柔らかくまいてある金髪も、蜂蜜のようなとろりとした光を灯していた。

「ちょこまかちょこまか逃げないで頂戴よォ」

 甘ったるい舌足らずな口調で、少女が拳銃をくるりと指先に引っ掛けて回した。その声には隠しようもない残虐さと、飽きたような響きが入り交じっている。

 はっ、はっ、と犬のような息づかいが聞こえた。小さな少女のものではない。もっと大きな男の、死に迫った息づかいだった。

「い、命だけは――!」

 一回転して再び合わせられた銃口に、鉄の筒の先の男がびくりと体を揺らす。
 少女はそれを目にすると、ほんのりと甘い笑みを口元に浮かべて、だいじょうぶよ、と呟いた。
 夕日が少女を真っ赤に染めている。
 顔から胸にかけて砕かれた硝子の女神が、歪なその姿のまま、神々しく夕日を受けて光り輝いていた。

「ゆっくり優しく仕留めてあ・げ・る、からァ」
「や、やめてく――」
「イ・ヤ」

 かちん、と無慈悲な温度のない音を立てて、銃身がゆっくりと近づく。
 恐怖にうち勝てなかった男は縫い付けられたように、その場に立ち尽くす。
 男には、「逃げられるだろう」とは、思えなかった。

 天使のように美しい幼い娘――しかし死神の如く、男の命に舌なめずりをしている。桃色の唇からのぞいた血のように赤い舌が、つっと唇を舐めた。柔らかな巻き毛が揺れて、少女の頬をゆったりとなでる。幼い娘は楽しげに、残酷に、舌足らずに別れの言葉を口にした。

「ばいばぁい!」
 
 ――人形のように美しい少女が手にした真っ白な|獣《銃》が咆哮を上げた。

 断末魔はない。魔に追いかけられた末に命を絶たれた男は、女神のステンドグラスと同じ目に遭うことになった。

 飛び散る赤、鉄のにおい。
 破裂した頭、床にこびりついた脳漿。
 獣の蹂躙と呼ぶに相応しいその行い。

「お仕事おしまぁい」

 またも舌足らずな甘い声。動かぬ骸にそう微笑んで、|小さな《リトル》|淑女《レディ》は頭の無くなった男の遺体をちらりとみてから、何事もなかったかのように寂れた礼拝堂を後にした。

 真っ白なドレスは真っ白なまま。淑女のごとき気高さと美しさをもって、少女は夕日に照らされる。
 少女の頭にはたった今手に掛けた男のことなんて、これっぽっちも残っちゃいなかった。彼女の頭にあるのは、帰ってから口にするお茶菓子とお茶のことだけだ。



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