ワンダリング・ライフ 1−3
 
 残念な話なのですが、とリリーは寂しそうな顔をした。
 これ以上は深く聞けないのだろうと凛音も悠斗も何となく察する。魔女になるにはそれ相応の何かを犠牲にする必要があるのかもしれない。
 ヴェインが魔女の話に一切触れなかったのがその予感の正しさを裏付けていた。


「じゃあ、私たちは魔法は使えないのねぇ。人だから」


 話題転換をはかったらしい凛音が、ちょっと楽しみにしてたのに、とため息をつく。
 それが残念そうなのは演技ではなく、本心からのものだ。
 しかし、凛音の言葉はヴェインやリリーに否定されることとなる。


「確かに、お二人とも人のようですけれど……」
「魔の才はあるはずだ。魔力が感じ取れる」
「感じ取るって、そんなことが?」


 出来るのか、との悠斗の問いに、騎士は無論だと頷いた。
 曰く、悪魔として生まれると他の者の魔力が可視できるそうだ。


 魔力は色付きの靄のようなものとして、魔力持ちの者を包んでいるらしい。


 色は何か意味が、と聞いた悠斗に、そうでなければ色など付かないだろうとヴェインは言った。


「色は大きく分けて、赤、青、黄色、白、黒。赤は炎を、青は水を、黄色は風の力を、白は回復と力の増幅、黒は闇と創造の力を表している。例外として「時」というものもあるが」 


 五色あるとは言っても、大抵は黄緑や桃、茶など混じった色ばかりで、原色は滅多にないらしい。
 靄の色は、操ることの出来る魔力を表しているのだとヴェインは言う。


 「一言で言えば絵の具だ」


 黄緑は黄色に少量の青を加えて出来る色だ。その色の靄を持つ者は「風の力と少量の水の力」を使えると言うことで、桃は赤と白の混合だからこれは「炎と回復の力」を使えると言うことだ。


「だが、三色以上混ざると判別はしにくい。闇が混ざった場合もな」


 茶色の場合、「赤に少量の黒」を足す場合、つまり「炎に少しの闇の力」を使える者と、「赤に緑(黄+青)」を足す場合、要するに「炎と風と水」を使える者の二通りが存在する。
 特に、色などは混ぜるものによってがらりと変わってしまうから、判別しにくいと言うのは頷けた。


 少量の黄色に黒を足しても、黄色は飲み込まれて黒のままだろう。
 つまり、二つの力を持っていたとしても表面上は黒の一色、闇しか持っていないと言うことになる。


「……そう言われると、確かに、リリーの周りにぼんやり色が付いてた」


 先ほど見えた銀色のものは、見間違えや目のかすみではなかったようだ。
 悠斗の言葉に、リリーがびっくりした目を向けた。


「私の色、見えるんですか」
「何か水っぽいって言うのか……蒸気というか、もやもやした銀色みたいな……」


 目を細めているから、相当怖い顔になっているだろう。


「ヴェインさんの色は?」


 目をこらす。年上にガンをつけているような気分だ。

「いや、何も?」
「うーん……何か青黒い? あ、違うわ、これ黒に緑足した感じ」


 一方で、凛音も同じようにヴェインを見つめていた。
 こちらは睨むと言うより見通す、に近い。


「正解だ。私の色は見分けが付きにくいことで有名なんだが」
「絵を趣味にしてたのよねぇ。おかげで色の見分けはばっちり」
「リリーの方は、分かるか」
「なんか、薄ぼんやり白い感じ。銀色には見えない。霧が体を覆っているって言うのがしっくりくるかも」


 ヴェインの言葉に凛音は肩をすくめて見せる。
 お手上げ、の意志をくみ取ったリリーは、悠斗に対して笑いかける。


「お二人とも、本当に素晴らしいですね!……ユウトさん、でしたよね?」


 悠斗は頷く。


「私の魔力は“時”なのです。其れに“回復”を少し」
「……凄いのは凛音の方じゃ?」


 俺にはあの人の靄は分からなかった、といえば、そんなことはないとリリーは力説した。
 曰く、時の魔力は通常は可視化出来ないのだそうだ。全ての人に本当に少しずつ宿るものだそうだが、それを判別できる者は少ないらしい。


「時の魔力はとても強力で……通常は、時間とともに別の魔力に変換されるんです」
「変換途中の魔力ってことか」
「はい。時の魔力は時の魔力のままで持っている人にしか分かりません。そして、多くの者はこの世に生まれるまでに時の魔力を変換してしまいます」


 一般的には胎児の状態で所持している魔力なのだそうだ。


「私は悪魔でないので、貴方にはぼんやりとした魔の力しか感じられなかったのですが、時だとは」
「そんな力があるのか……時ってことは、時間を操れるとか?」
「いいえ。――私のように嘘を見抜いたり、通常見えないものを見る力を与えられます」
「じゃあ何で“時”?」
「それは、時を可視化出来るからですよ」


 悠斗の問いにリリーはそう返して、廊下の突き当たりにあった扉を押す。
 なかなか開かない扉に、ヴェインが苦笑いしながら手伝えば、あっという間にそれは開いた。


「どうぞ」


 リリーに続いて中に入る。ヴェインが最後に扉を閉めれば、その音に反応したのか、大きな声が聞こえた。


「お帰りーっ!」
「うわっ」


 狼と少年が悠斗の隣をすり抜けて、ヴェインに全身でタックルをかます。
 ヴェインは体制を崩すことなくそれを受け止め、客人を連れてきた、とだけ言った。


「お客さん?」


 少年が悠斗と凛音に目を向ける。
 鮮やかな翡翠の目が見開かれた。


「うっそー!人なのに人じゃない!」
「何それ」


「『どう見ても人なのに魔力持ってるー、すっげー』ってことだな。ようこそ、お客人?」


 緑色の髪に翡翠の目を持った少年の後ろから、茶に近い赤毛に蜜柑色の目を持った、どこか野生味溢れる男性がひょっこりと姿を表した。
 深い深紅の布が、白い革のズボンを覆うようにして巻かれている。
 まるでスリットの入ったロングスカートだと凛音は思った。ただし、布の裾の方は所々焼け焦げている。
 茶色のジャケットにも時折焦げた跡。

 服装への探求はおしまいにして、凛音が意識を集中させれば、男性の纏う靄が見えてくる。すがすがしいほどの、橙。赤と黄色の入り交じったそれ。


 一方、凛音が思わずつっこんでしまった言葉を発した少年は、纏う靄まで深緑。
 少し黒が混じっているのかもしれない。
 少年の格好は、ゲームで言うならアサシンとか、シーフといったような見た目だ。
 暗い緑のタンクトップに木の葉色のスカーフ。茶色っぽいズボンに、ウェストポーチ。森にとけ込めそうな格好だ。


「何か複雑な色だね。そっちのお姉さん」


 相手も凛音と同じことをしていたらしい。
 少年は凛音と悠斗を交互に見つめている。


「複雑?」


 悠斗の不思議そうな顔に、少年がこくんと頷く。
 翡翠の目が興味と探求できらきらと輝いている。


 それを、ヴェインが引き離した。
 凛音と少年の顔はくっつきそうな程近かったからだ。
 凛音は苦笑いで流したけれど。


「その話も後でだ。フィリアとミリアは?」
「フィリアもミリアもいるよ」
「分かった」


 頷いたヴェインに、蜜柑色の目の男性が「『約束の間』はどうなったんだ?」と至って軽い調子でのんびりと聞いた。


「侵入ではないから安心しろ」
「ってことは解決した?」


 いや、とヴェインは首を振り、立っていた凛音と悠斗を前に押し出す。
 不躾な男性の蜜柑色の視線にさらされながら、双子は揃ってヴェインの方を向く。


「この二人が、別世界から飛ばされてきた。あの『約束の間』に」
「ふーん?何か面白そうだな」
「クラド、面白そうなんて言うべきじゃないんじゃない?こっちの二人は飛ばされて来ちゃったんだよ?不安かもしれないのに、ほんっとデリカシーないよねー」


 少年が頭の後ろで腕を組んではぁーあ、と盛大なため息をつく。


 何だろうこの人たちは、と双子はアイコンタクトを交わしあった。
 中学生くらいの少年が、ボロクソに大人を貶している。


 どっかであったなこんなこと――思い出しそうになってから、悠斗は思考を中断させた。


 この状況の元凶のことなど、思い出すべきじゃないだろう。
 悠斗が頭の中の黒いシルクハットを抹殺している間に、少年と青年は口喧嘩をしていた。


「デリカシーくらいあるっつの!」
「うっそだー。この前だってフィリアに『太った?』って聞いてビンタされてた癖に!」
「アレはほら……アレだろ!」
「アレじゃ分からんだろう。客人の前でみっともないな、お前は」
「んだよ、ヴェインまでルシィの味方か。お前がそんな性格だからほらみろ、ルシィまで捻くれた性格になっちまったじゃねーか」


 賑やかねぇ、と凛音が呟く。
 友人がいなかった二人にしてみれば、この光景はある意味羨ましい。


 口喧嘩が収束する気配はなく、リリーは少し困惑を表情にのせた。
 大人しく座っていた狼が、ヴェインの足元に擦り寄って、小さく鳴き声をあげる。


「クラド、お前より大事な話を忘れていた」


 表情を変えなかったヴェインにクラドと呼ばれた男性はむくれたが、はいはいと適当な返事をして会話を打ち切った。
 ルシィと呼ばれた緑の少年はどこか得意気にクラドをみている。きっと、ざまあみろ、辺りだろうと双子は見当をつけた。


「人払いを頼む」
「へいへい。仰せのままにっと」


 じゃあちょっくら行ってくるわと軽く手を振って、クラドは部屋を出ていく。


「あの人は何しに?」
「……これから君たち二人には重要なことを話す。これは、広めるべき知識じゃない」
「そう」
「分かった」


 質問に答えなかったヴェインに凛音がつっこまないのが気になりはしたが、凛音も悠斗もすんなり頷いて、案内されるままに部屋の奥へと入っていく。
 部屋に入って抱いた感想といえば、「職員室っぽいなぁ」だ。


 内装は確かに控えめな豪華さがあるものの、部屋においてあるものといえば大きな執務机が六つ。
 机の上には書類が山積みで、入り口から机を隠すようにして本棚が沢山。


 本棚の迷路を抜けたところに職員室を彷彿とさせる空間があると言えば良いのだろうか。
 そんな空間の中に革張りの一人がけソファが二つ。


 どことなく部屋に浮いた感じが、自分たちそっくりだと二人は思った。


 それに座れといわれ、二人は腰掛ける。
 見た目よりも柔らかなソファは、二人をすっぽり包み込む。


「あら。来客?」


 もう二人増えた。一体、どこにいたのか。
 一人は薄い海の色の緩く巻かれた長い髪を持つ女性、もう一人はうさぎのぬいぐるみを抱えた、金髪の小さな女の子だった。


「あらあら?……なるほどね、もう少しお茶を入れてくるわ」


 持っていた六人分のティーカップを一番近くにあった机に置いて、女性は本棚の海に姿を消した。
 もしかしたら、あの本棚の間辺りに給湯室があったのかもしれない。


 ぼんやりした二人の前で、女の子がそのティーカップを二人に持ってくる。


「飲んで」


 簡潔な一言に礼を述べ、二人はカップを受け取った。
 女の子はそれきり黙って、ルシィの傍に行ってしまう。


「まず、君達の異質さについて話しておきたい」


 ヴェインの声は淡々としていて、表情は全く動かない。
 先ほどまではあった親しみが、どこかに飛んだようだった。
 冷たくて黒い鉄を思わせる表情は、先ほどまで話していた彼とは別人のようで。


「まず、君だ」


 ヴェインは悠斗を真っ直ぐ見ている。


「さっきの話だ。時の魔力は、時として世界を滅ぼすこともある。リリーの言うように、通常なら見えないものを見ることも可能だが、力の制御が難しい。下手したら、君はその魔力によって死ぬ」


 いきなり脳味噌を打ち抜かれた気分だった。
 何だよそれ、と悠斗は言いたくなったが、どうも口が動かない。


 ――体の中に爆弾仕掛けられたようなもんだろ。


 背中に氷を押しつけられた気すらした。


「見返りは大きいがな。予言と言われる行為も可能になる。力の大きさによっては『運命』すら『書き換える』ことが出来るそうだ」


 表情だけは平然を保つことで、心の方の安定をはかる。死刑宣告された気分だ。
 紅茶の筈の飲み物が、何の味もしないと悠斗は思う。


 ヴェインはそんな悠斗を一目見ると、今度は凛音を真っ直ぐに見た。
 凛音が挑発するように視線を合わせる。


「君の方は、闇と回復の力が強すぎる」
「そう?」
「その上、一瞬一瞬で纏う色が違う。先ほどまでは赤もあったが、今は青しか見られない」


 ルシィがヴェインの隣で頷いていた。
 自分で気づかなかったかと聞いた彼に、凛音は自分の色は見えないと返した。
 彼はしばらく思案顔になると、二人を真っ直ぐに射抜く。


 菫色の目は険しい。


 これは何を言われても断れそうにないな、と二人は思う。


「単刀直入に言う。魔力の制御が出来るまで、君達はここにいて貰う」
「申し訳ありませんが、今の状態で貴方達を外に出すわけには参りません。貴方達も、周りの人も危険にさらされてしまう」


 だめ押しのようなリリーの言葉。二人はゆっくりと彼女に視線を合わせた。


「見る人が見れば、貴方達が異質であり、強大な魔力の塊だというのは明らか。利用されない保証はないし、その魔力をここで暴れさせられても困るのです。――この国の、“建国者”として」


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