34
 

 白いドレスを着て、幸せそうに白いタキシードの男性に寄り添い歩く女性がいる。
 花びらを振りかけられている男女の笑顔は幸せそのもので、それを見ていた紫色の瞳の娘も幸せそうに頬を綻ばせる。

 よく晴れた春の日。
 青く澄んだ空の元、ウォルター家の次男は結婚式を挙げていた。相手の娘は長年連れ添った銀髪の女性で、二人の仲は見ている方が恥ずかしいくらいに良好だという。

「ニルチェニア」

 お前の兄がお前を探しているぞ。
 かつて自分の使用人だった銀髪の男が声をかけてくるのを聞いて、紫色の瞳の娘は「まあ」と声を上げた。いつの間にか自分は迷子になっていたらしい。これだけ人の集まる結婚式だし、公爵家の面々が大勢集まっているからはぐれないようにしていたというのに。

「ほら」
「ありがとうございます」

 三年ほど前、使用人だったときには出来なかったエスコートを、娘の隣に立つ銀髪の男は違和感なくやってのける。時の経過を何となく感じながら、娘は男に手を預けたまま、兄の元へと向かった。

「ニルチェニア……全くお前は、目が見えるようになった途端にふらふらと」
「良いじゃないのルティカル、クルスが見つけてきてくれたんだし。お二人の晴れ姿を近くで見たかったのでしょ」

 心配であるが故に小言をこぼすルティカルに、エリシアが“晴れの席でそれはダメ”と口を閉じさせる。柔らかな春風が髪を揺らしていった。

「――お前が帰ってきたときは驚いたよ」

 不意に口を開いたルティカルに、エリシアも頷く。少し恥ずかしそうに笑ったのはニルチェニアで、いたたまれなさそうにしたのはクルスだ。俯いて顔を赤くしたクルスは、ニルチェニアの掌を握りしめている。



 一月ほど前、ニルチェニアは叔父に当たる存在のソルセリルに抱えられたままメイラー家の屋敷に戻ってきていた。「あの事件」からは三年ほどが経っていて、三年ぶりに帰宅したニルチェニアと、三年ぶりに人前に姿を現したソルセリルにメイラー家は賑わいた。その頃にはメイラー家の悪習はルティカルやクルス、エリシアによって大方改善されていたし、それに関するごたごたも片づいていたものだから、すぐに大騒ぎになった。

 ただ、ニルチェニアは生きていたものの、心ここにあらずと言った風に目には光がなかった。ともすれば出来の良い人形のような彼女に、真っ先に近寄って「ニルチェニア!」と名を呼んだのが他ならないクルスだった。

 あの時ソルセリルが見せた焦りの表情はもう一生見られないものだろうし、ソルセリルにことの次第――彼女を目覚めさせられるのは彼女を愛している人だけ――を聞かされたときのクルスの赤い顔、クルスに妹の名を先に呼ばせてしまったルティカルの鬼のような形相もなかなか見られないだろう。

 エリシアは目覚めたニルチェニアとともにその光景を楽しげに見ていたが、何も理解していなかったニルチェニアは不思議そうにその三人を見つめているだけだった。そのときにエリシアはニルチェニアの目が見えるようになっていることに気がつき、それに喜んだルティカルが力一杯ニルチェニアを抱きしめ、ニルチェニアが痛がって悲鳴を上げたことでその場は決着した。

「ニルチェが帰ってきたからあの二人も結ばれたのだし、良かったわ」

 ずっと負い目を感じていたあの二人は、なかなか結婚をしようとはしなかったが――ニルチェニア自らが出向き、二人を祝福したことで結婚に踏み切った。
 当初はぎくしゃくするかと思われたリラとニルチェニアだが、そんなことは全く無く――今や、ニルチェニアの姉か何かかと思うほどリラはニルチェニアと仲が良かった。ニルチェニアにリラを取られてジェラルドが大人げなく拗ねていることもあるくらいだ。

「――ええ、とても幸せそうで。嬉しい」

 ぱあっと綻ぶように笑ったニルチェニアに、エリシアも微笑む。幸せを素直に喜べる子で良かったと心から思ったし、そんな子が戻ってきてくれたことは最高に幸せなことだ。
 ソルセリルにどうやって黄泉から連れ戻したのかときけば、「死者を神の元に送るのが送るのがヴァルキリーの使命ですから、その逆くらいは出来ますよ」と淡々と返された。そんなものかとも思ったが、その後に人の悪い笑みを浮かべて、

「時には死者をも生き返らせるのが医者の役目ですからね」

 と珍しく冗談も言って見せた。笑いどころがないのがソルセリルらしい。


 そんなことを思い返している内に、結婚式は着々と進行し、リラがブーケを持って高く突き上げた。
 ブーケトスか、とエリシアは笑う。今度は誰の元に幸運が舞い込むのか。

 菫と百合、かすみそうなどの白と紫色の花が混じったブーケは、リラの髪と目の色に合わせて作られたものだ。リラはしばらく会場をきょろきょろと見渡してから、ニルチェニアの顔を見つけてにんまりと笑った。きょとんとしているニルチェニアに「うまくとりなさいね」とリラは口を動かして伝え、ブーケを大きく振りかぶる。花嫁としてはあるまじき行為かも知れないが、もともと豪胆だというリラには許される行為だろう。

「受け取ってー!」

 春風のようなやわらかな風が、ブーケを絡め取ってニルチェニアの元へと漂ってくる。明らかに人為的なそれをルティカルとエリシアが追えば、視線の先にはスペルゴがいた。間違いなく魔術によるものだろう。

 あれからスペルゴは人が変わったようになり、いつか胸を張って姉に会えるように、ニルチェニアに償えるようにと立派に当主の勤めを果たし始めた。その甲斐あって、結婚式前日に彼はリラと会うことを許されたという。

 ニルチェニアの丁度真上でブーケはやんわりと降下して、ニルチェニアの腕の中に収まる。わっと歓声が沸くなか、スペルゴがほんの少し微笑んでいた。もうそろそろ許してやっても良いかとルティカルは眉間にしわを寄せる。怖いからやめなさいとエリシアが苦笑した。

「ニルチェニア、貴女に祝福あれ!」

 ニルチェニアと同じ菫色の目をしたリラが、折角の化粧をぐちゃぐちゃにしながら泣いている。隣でジェラルドが優しくその肩を抱いていて、色々なところからからかうような野次が飛んだ。「うるせェ!」と照れ隠しのジェラルドの声が飛び、ニルチェニアはリラにつられて、泣き笑いをし始めた。
 クルスがその肩を抱いている。ひゅう、と誰かが口笛を吹く。

 てんやわんやの大騒ぎだった。けれど、それは幸せに満ちた喧噪だ。

 それを城のテラスから見ながら、この国の王は「何か素敵なことでもあったのかい」と隣に佇む銀髪の医師の男にやんわりと問う。無表情で有名なその医師は、「つまらないけれど幸福に満ちた話ですよ」と、口調だけはどうでもよさそうに――けれど、珍しく頬を綻ばせて答えた。


「菫色の目を持つ娘が、祝福された話です」



prev next



bkm


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -