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「貴方は、リラとニルチェニア、どちらを選びますか?」

 残酷な選択肢を突きつけたのは、非道で知られるこの国随一の医者だ。

 何でリラのことを、と呻いたジェラルドに、「調べればわかることです」とソルセリルは淡泊に返した。
 どうしてニルチェニアとリラの選択肢なのか、リラは死んだ――と紡げば、「蘇るとしたらどうですか」とまた残酷なほどに冷静な声が返ってくる。

 憐れみをもった目で見られたのはこのせいか、とジェラルドは手を握りしめた。
 蘇るというのは――星詠の力によってだろう。

「僕は紫玉卿が何をしでかすのか、定かではないと言いましたが――僕なりの確証を持って、彼が蘇らせたいのがリラ嬢であると断言します」
「何で紫玉卿がリラを……?」
「――リラ嬢は貴方と知り合ったときには“リンツ家の血筋の”伯爵家の娘として紹介されたと思われますが、元々は“リンツ家の血筋”どころか“リンツ家”の者ですよ。先代紫玉卿の愛人の娘、と言えば解りやすいですか。側室の娘、といったところです。今の紫玉卿――スペルゴ・リンツは彼女によく懐いていたそうだ。当時を知っている使用人からは、リラ嬢とスペルゴ・リンツが異母姉弟というのを感じさせないほど仲が良かった、という話も聞いています」

 つらつらと重ねられる言葉は、ざくざくとジェラルドを傷つけていく。そんな話をリラから聞かなかったのは、リラが正妻の子ではないことに引け目を持っていたからだろうか。

「話は元に戻りますが――貴方は、リラ嬢とニルチェニアのどちらを優先できますか」

 どちらか。
 どちらをとれるだろう、とジェラルドは考える。多分、どちらも選べはしない。
 ニルチェニアをしらなかったら、ジェラルドはリラを取っただろうが――ニルチェニアをしった今、そんなことは出来なかった。

 どう答えても後悔する気がしていたから、ジェラルドは黙ったままで二人の顔を思い描く。ふたりとも、笑っていた。

「……解りました」

 何も答えなかったジェラルドに、ソルセリルは静かにそう紡いだ。
 それがどんな意味を持つのか、ジェラルドにもリピチアにも解らない。

「答えはいりません。貴方がどういう結末を出しても、結局のところ結果は一つにしかならない」

 残酷だと思うけれど、それは確かなことだろう。ジェラルドがどちらを選んだところで、導かれる結論は一つしかない。それがジェラルドにとって都合のいいものであるか、都合の悪いものであるのか――それは誰にも分からないが。

 訳が分からなくなりそうだ、と頭を振ったジェラルドに、「少し休憩を入れましょうか」とリピチアが声をかける。

「良いでしょう、先生――私も休憩したいですし」
「構いませんよ。そうですね、少し休んだ方がよいのかもしれません。頭も変になってくる頃でしょう。何せ、常識の範囲外のことばかり起こっている」

 血族に殺されそうになる令嬢、そして死人すら蘇らせてしまえる力。

 死人が蘇るなんて、あってはならないことなのですから――。

 ソルセリルのあっさりとした言葉は憎らしいほどにジェラルドの脳裏にこびりつく。

 常識外の、というくせに、ソルセリル自身は何とも思っていないようだった。そういう男だとは知っていたが、改めてそういう態度をとられると、非道という言葉でも足らないのではないかとすら思えてくる。
 
 頭の中にはリラとの思い出がずっと渦巻いていたし、ニルチェニアがウォルター家に来てからのことも同じ調子で繰り返し脳裏に浮かび上がっては消えていく。
 忘れられたらどれだけ楽だっただろう。



 呼び出されるようにして帰還したルティカルは、周りが驚くほどに冷静だった。ジェラルドやリピチアの知っているルティカルなら、妹がさらわれたと聞けばすぐさま相手の本拠地に乗り込んで妹を助けに行きそうなものだし、いつも通りの生真面目そうな顔で誰かと会話をするような余裕なんてなさそうなものなのに。

「――それで、白玉卿……妹の居場所は分かったのですか」
「黒玉卿が探ってくれていますから、それを待つしかありませんよ」
「そうですか」

 ルティカルは至っていつも通りだった。鬼神の如き形相もしていないし、口調も荒っぽくはない。ただ、目だけは心配そうで、そこに妹への親愛が感じ取れる。
 リンツ家に乗り込んで紫玉卿を引きずり出してくるのでは、と危ぶんでいたリピチアからすれば、ルティカルのこの冷静さは想定外だ。何かあったんですか、とリピチアは恐る恐る聞いてみる。

「別に……ここで焦っても仕方はないし、冷静さを欠いてしまえば決定的な場面でミスをすることにつながるだろうからな」

 それは避けたい、と淡々としているルティカルに、「そ、そうですか……」とリピチアは思わず口ごもった。話を振ってみて初めて分かったことだが、ルティカルは怒っていないわけではない。「決定的な場面」と言った瞬間の彼の顔は、視線で人を殺せるのなら辺り一帯の人間の命を奪えるほどに鋭かった。

 戦場でもこんな顔をしている上司を見たことがなかったリピチアは、ごくりとのどを鳴らす。平和的な方向へ話が落ち着けばいいが、そうならなかった場合は間違いなく血を見るだろう。

「紫玉卿がまさか……妹を狙っていたとは思わなかった」

 ルティカルが不在の間にニルチェニアがメイラー家に襲われることはある程度予測していたから、ルティカルはエリシアを残らせた。だが、そこに紫玉卿が入ってくるとは思いもよらなかったらしい。初めて知らされた妹の“星詠”という力についても、ルティカルは深刻そうに頷いていた。

「どうして話してくれなかったのだろうな」
「あの子の性格は貴方が一番分かっているのではありませんか。――余計な心配をこれ以上兄にかけたくなかったのでしょう」

 馬鹿ですね、と無表情で言ったソルセリルに、全くだとルティカルも返す。ぎゅっと握られたルティカルの拳が痛々しくて、リピチアは声がかけられずにいた。

「――君は少し……彼女が見つかるまで、どこかに席を外しなさい」
「ですが――」
「わざわざ遠方から呼び出しましたしね。君がいても出来ることはないのですから」

 突き放したような、思いやるような、微妙な口調でソルセリルはルティカルを自室に追い立てた。さっさと寝ろ、疲れを残すな、というような内容を口にするあたりは、医者らしいような気もするが。
 ルティカルは渋々と、けれど自室に戻った。
 その後ろ姿を見ながら、リピチアは恐る恐る口を開く。

「――先生って、中佐とニルチェニアさんに甘いですよね」
「………………身内ですからね」

 たっぷりと間を取った挙げ句に紡がれたそれに、リピチアは目を丸くする。落ち込んでいたジェラルドですら目をむいていた。

「み、身内……ですか?」

 身内だからと甘いタイプには見えない。寧ろ、身内だからこそ厳しく当たるタイプだと彼の弟子であるリピチアは思う。彼に学んでいた際に何度かシステリア家に出入りしたことがあるが、彼はその「身内」のシステリア家のものにも厳しかった。

「聞いてどうするんですか、と言うところですが――どうせ君たちのことです、何もしていないと落ち着かなくなるんでしょう」

 黒玉卿が情報を持ってくるまで少し話でもしてあげましょう。
 酷く面倒くさそうな顔をしたソルセリルは、リピチアとジェラルドに向き直った。
 気絶していたクルスはルティカルが背負って、彼に与えられた部屋に突っ込んできたから、今ここにはいない。
 いたらいたで一番驚いていただろうな、とリピチアはしみじみとしてしまう。

 あのニルチェニアとこの男に血の繋がりがあるなんて、性質の悪い冗談にしか聞こえない。

「ランテリウスの配偶者……サーリャ・メイラーは僕の姉ですよ。尤も、異父姉弟ですがね」
「それは……その、ややこしそうな……」
「ややこしくはあるでしょうが、簡単に言ってしまえばサーリャ・メイラーとソルセリル・システリアに流れる血は半分だけ同じもの、というだけです。あの兄妹にも僕と同じ血が四分の一だけ流れている。たったそれだけのことですよ」
「あ……じゃあ、叔父さんにあたるようなもの、ですか」
「まあ。姪と甥、と言えなくもないんでしょうね。この場合どうなるかは知りませんが」

 生憎血の繋がりに興味はありませんので――。

 そう言ったソルセリルの声を聞きながら、姪と甥か、とリピチアはごくりと息をのんでしまった。未だに信じがたいのは、やはりあの兄妹の性格と、この師の外道さが結び付かないからだろう。双方ともに容姿は整っていて美しいが、それ以外に通じることがあるとするなら――銀髪であることくらいだろう。

 それくらい、似ていない。

 ニルチェニアもルティカルも人道的に問題のある点は見受けられないし、二人とも素直だ。その点、ソルセリルは人道的にアウトなことも真顔でやってのけるし、素直とはほど遠いところにいる気もする。

「失礼なことを考えていますね」
「いえ、別に」

 いつも通りの無表情でそう言われれば、恐ろしさしか出てこない。目をそらすことなく嘯いてみせたリピチアにふん、と鼻を鳴らしながらソルセリルはジェラルドの顔を見ていた。

「どうかしましたか」
「いや――さっきから気になっていたんだが、星詠は騎馬民族に伝わる伝承だったんだろ? おそらくそうなると騎馬民族の中から星詠は産まれるはずだよな――公爵家で騎馬民族の血って、普通は引かないんじゃないか?」

 言ってしまっては申し訳ないが、騎馬民族といってしまえば結局は部族だ。部族と貴族が結ばれるなど、なさそうな話なのに。

「普通はね。でもランテリウスは普通ではなかったでしょう。サーリャ・メイラーがその騎馬民族出身なんですよ。彼女は純粋にその血を引いていますし、僕にもそれが半分流れています。僕はもう半分がシステリアのものですがね」
「――あ、だから弓の扱いに長けてるのか」

 騎馬民族の血を引いているともなれば、弓の扱いは普通より巧いはずだ。なるほどと納得したジェラルドに、「これでいつもどおり、ですか」と小さくソルセリルはつぶやいた。

 その呟きを拾ったのはリピチアだけだったけれど、リピチアは何も言わずに微笑んだだけにとどめる。頭を働かせたからか、ジェラルドはさっきより、ずっといい顔をしていた。
 ソルセリルはこれを狙ったのだろう。

 本当に素直じゃない人だなあ、とリピチアは師を思い、くすくすと笑う。怪訝そうな顔はされたが、まあいい。

 




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