ワンダリング・ライフ 1−2

「とりあえず、場所を移動しましょう」


 床に座ったままの状態では体も冷えますから、と少女が凛音の手をとる。
 ありがとう、と立ち上がった凛音に、少女は少し驚いたような視線を向ける。


「背が高いのですね」
「まぁ、女って言うカテゴリの中だと大きいかしら」
「羨ましい」


 尊敬というか羨望の眼差しで少女は凛音を見つめている。
 少女の背の大きさは確かに、お世辞にも大きいとはいえない。


「私は背が小さいほうが女の子っぽくって好きなのよねぇ」
「でも、背が高いほうが絶対カッコイイですよ」


 少女の背は、凛音と頭一つは違う。騎士のほうと比べれば、少女は騎士の鎖骨くらいまでの背しかない。小柄、というのがぴったりだろう。
 少女と凛音が話すその傍ら、悠斗は男に腕を引かれて立ち上がっていた。
 すまなかった、と再度の謝罪に悠斗は手を振る。


「仕事なら仕方ない。別に怪我させられたわけじゃないし」
「しかし、君の連れに……その、取り返しのつかないことをしてしまった」


 ああ、と悠斗は考える。
 この黒衣の男性は思ったより真面目で、責任を感じるタイプらしい。 
 手が動かなくなったら云々の凛音の嘘を信じきっている。


 侵入者には容赦無いだけで、普段はもの凄く良い人なんだろうと悠斗は思った。


「あー、言いにくいんだけど、あれはほら、ただの演技なんだ」
「何だと!」


 男の顔が驚きに染まっている。
 部屋を出ていこうとしていた女性二人も振り返った。


「俺達が言う事じゃないけど、なんて言うか、女の涙には気をつけるべき」
「……分かってはいるんだが」


どうも苦手なのだと、先ほどより少し表情を穏やかにして男は言葉を返した。


「泣かれるとどうしていいか分からない」
「あー、まぁ」


 悠斗だってその気持ちはよく理解できた。
 今でこそ確信を持って嘘だと判別できるが、それでも凛音が泣くと心配というか、どうして良いのか分からなくなる。


「ヴェインさん、行きますよー?」
「悠斗も」


 ほらほらと手招く女性陣に今行く、と返して男も悠斗も部屋から出た。
 出たところで驚く。


「長い廊下だな」
「長いのはここだけだ」


 気持ちよく走っても終わりが見えなさそうな長い廊下は、壁も床も全て白い石で作られている。
 そのせいで窓から入り込む光を照り返し合って、まるで廊下全体が光っているようだった。


 眩しい、と呟けば、すぐに馴れる、と簡潔な答え。黒衣の騎士だ。


「これから、少し歩きます」
「ここってお城なの?」


 歩くことには特に興味を示さない凛音が、隣にいた少女に問いかける。
 廊下が余りに広いし、他に通る人もいないからと四人は横並びで歩いていた。


 真ん中に女性二人、脇を悠斗と男で固める感じだ。凛音の隣には悠斗、少女の隣には男。


「いえ。塔ですよ。『約束の塔』と呼ばれています」


 どうせですから、少し話でもしながら歩きましょうか。
 柔らかな笑みを浮かべて、少女はゆったりと石廊を歩く。こつこつと四人分の足音が反響しては光に吸い込まれていった。


 少女の横顔は光に照らされてぼんやりとしていたが、神秘的で美しい。
 銀色の靄のようなものが見えた気がして、悠斗は思わず目をこする。

 
 少女は長い歴史の流れを感じさせる声で、紡ぐ。


 この国は千年ほど前に出来た国らしい。しかし、世界規模で見るとまだ若い国なのだそうだ。
 この国を創った者は、ある一つの願いを込めてこの国に名をつけた。


「――<エリュシオン>。この世に生けるもの全ての理想郷であってほしい、と、この国を創った彼女はこの名に、約束をした。それ故、この国は<約束の国>とも呼ばれている」


 いつの間にか、話し手が少女から騎士に変わっていた。
 楽園の名にかけてこの国を楽園、理想郷にすると、建国者は誓ったのだという。
 その建国者は膨大な魔力で国を発展させていった。
 人も、魔女も、悪魔も、半魔も、全てが苦しむことのない世界を創ることを目指して。


「悪魔?」


 凛音の呟きを拾った騎士が、ああ、と納得したような声を上げた。


「そうか、君たちの世界に私達のような存在はいないのか」
「――『私達』?」


 今度は悠斗だ。
 少女が軽やかに笑っている。 騎士の方も、どこか楽しそうな声で、「ああ」と悠斗に返した。


「申し遅れたな。私はヴェイン・クラリック」


 ――こちらでいう、『悪魔』だ。


 今度は凛音も驚いた。
 騎士――ヴェインの顔をしげしげと見つめている。


「私程度に驚いていたら心臓が持たないぞ?」


 ヴェインはそう言うと、ニヤリと笑って隣にいた少女に視線を送る。
 少女ははにかみながら、それでも誇らしげにこう伝えた。

 
 その時の衝撃は多分、この先一生味わえないのかもしれないと、双子は後に語る。


「リリー・ナトウィックと申します。悪魔ではなく魔女ですが――この国を、創りました」


 目を見開いたのは仕方がないだろう。


 この国が出来たのは千年前で、でも目の前のリリーは双子と対して変わらない見た目で、魔女で、膨大な魔力で国を発展させた――


「「建国者!?」」


 双子は顔を見合わせてしまう。
 こんなことをいうのは失礼かもしれないが、彼女に親しみは感じても、威厳や威圧感はない。
 建国者なんて、嘘だろうと思う。


「あらー。どうしましょ、さっきから無礼な態度取りまくりだわ」


 知った今でもその態度なら、その言葉に意味や意志なんてないんじゃないかと悠斗は思った。
 或いは呆然としているだけなのか。


 しかし、彼の姉は本当に驚いても次の瞬間には「あら、そうなの」で終わらせてしまうことが出来るほど適応力が高い。
 つまり、本当に無礼と思っているかどうかは、彼女にしか分からない。


「無礼を働いたのはこちらです。まさか、異世界の方とは知らず」
「いいえ。本当に無礼なのは私達を飛ばしたあのイかれた帽子ですから」


 一応、目上の者だと判断はしたらしい。
 悠斗は胸をなでおろした。折角解放されても、不敬罪でまたつかまるなんてごめんだ。


「……私、貴女の言葉遣いが面白くて好きなんですけど」
「敬語抜きでってこと?」


 早速敬語を使った凛音に、リリーがちょっと寂しそうな顔をした。
 あっさりと砕けた調子に戻れば、リリーはほにゃっと笑って頷く。


「貴女からすれば、私はただの異世界人でしょうし」
「うーん、正直なところ『親切な異世界の人』って感じよねぇ」


 正直すぎる言葉に悠斗は一瞬肝を冷やしたが、リリーは笑っただけだった。


「話戻しちゃうけど、そっちのヴェインさんは悪魔なんでしょ?」
「ああ」
「悪魔って、私達の世界だと良くない印象があるの。こっちの世界だとどうなるの?」


 『悪い』を『良くない』に変えたことくらいしか気を使っていない問いだが、ヴェインの気をとがめはしなかったらしい。
 彼はそうだな、と一拍置いてから話し始める。


「はっきり言って悪だ」


 そうでなければ“悪”魔等とは呼ばれないだろうとヴェインは言葉を切る。
 凛音や悠斗のどうとも変わらない表情に興味深い目を向けてから、しかしだな、と彼は言葉を続けた。


「何にでも例外はある。私達はそもそも、“生まれながらに魔を使える種族”だった。それなのに悪魔と呼ばれるようになったのは、私達の種族が魔を持たぬ人間を蔑視し、人を人扱いしなくなったからだ」
「差別してるってこと?」
「そうだ。魔を持たぬものは虫けら同然と言っていた奴もいる。……しかし、私はそうは思わない。彼らには魔はなくとも器用さや技能がある。そうでなくとも元は同じ生命だ。彼らは我らの良き友人であり、その命が軽いことなどあってはならない」

 
 幸いなことに悪魔の中でもそういう考えを持つものは少数ながらいるのだという。


「ここは、魔を持つ者も持たぬ者も、助け合って暮らしていこうと誓った国だ」
「凄いところね」


 凛音が素直に感心の言葉を紡ぐ。
 悠斗も気になったことを聞いてみた。


「じゃあ、悪魔と魔女は何が違うんだ?」
「魔女は後天的に魔を使えるようになった、人のこと。……ただ、悪魔より人を嫌う傾向が強いので、あまりこの国にはいないのです」


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bkm


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