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 スペルゴがあまりに寂しそうだったから、ニルチェニアはつい頷いてしまう。夢魔の血を引く青年はそれにほっとしたように笑って、ニルチェニアの隣に寝ころんだ。
 びくりと身を震わせたニルチェニアに、何もしないよと青年は笑う。

「君を見てるとね、姉さんを思い出すんだ」
「姉さん……?」

 うん、とスペルゴは嬉しそうに相づちを打つ。ジェラルドと歳があまり変わらないというのに、どこか子供っぽさが残っているのは、彼の見た目がニルチェニアとそう大して変わらないほど若いからなのだろうか。

「凄くやさしいひとだったよ。君そっくりな色の瞳と、綺麗な銀髪をもってるひとだった。姉さんとボクはいわゆる異母姉弟だったけど――姉さんはね、本当に、いつもボクに優しかったんだ。姉さんはリンツ家の当主だったボクの父の正妻じゃない妻……まあ、いわゆる“愛人”の子供だったけど、そんなの関係なしにボクに優しくしてくれた。いつも遊んでくれてたし、勉強とかも教えてくれてね。――この人が姉なんだなって思うと……半分だけでも同じ血が流れてるんだって思うと。……凄く嬉しかった」

 スペルゴが小さいときはともに育てられていた“姉さん”は、スペルゴの年齢が二桁になる前にとある伯爵家に引き取られたのだという。
 それは、“姉さん”の母が死んだからであり、それを機に“姉さん”はその母の実家であった伯爵家にいくことになったのだと。

「それからは毎日つまんなくてさー。たまたま兄弟の中でもボクが一番夢魔の力も強くて、父さんはボクを当主にしたがって。毎日毎日勉強漬け。部屋にこもりきり。遊ぶ暇もなかったし、外に出して貰えたときには魔術の実地練習。イヤになっちゃったよ」

 はふー、とスペルゴは間抜けなため息をついて、「君とちょっと似てるでしょ」と微笑んだ。

 そうだろうか、とニルチェニアは思う。
 確かに、ニルチェニアも外には出して貰えなかったし、外に出るときでも遊べはしなかった。――そうかもしれない。似ているのかもしれない、とぼんやり思う。

「ま、それでもボクが頑張れてたのはさ……当主になった後、もしかしたら姉さんにどこかで会えるかもしれないって思ってたからなんだけど……」

 早いところ当主になってしまえば、自由に外に行けるとスペルゴは考えたらしい。小さいときに離れてしまったきり、会えなくなってしまった優しい姉に会うためにスペルゴは頑張ったという。

「で、ボクもようやっと当主を継げてねー。やっと姉さんに会えるって思ってたんだ。でもさ、その頃には姉さん、婚約結んでたんだよね」

 そうなるとなかなか会えないでしょ、とスペルゴは残念そうに紡ぐ。確かに、とニルチェニアも頷いた。

「でもほら、結婚するなとは言えないし。その時は手紙で“スペルゴだよー、公爵家継いじゃった! 姉さんが結婚するなんてちょっと寂しいけど嬉しい! 幸せにね、結婚式には呼んでねっ!”って伝えたんだ。確かに結婚するなんてちょっと悔しかったけど、姉さんに一生会えないわけじゃないからね。それに、姉さんに幸せになってほしかったっていうのも本当……」

 でもさ、とスペルゴは続ける。その声が余りにも暗くて、どこか涙声で、ニルチェニアは思わずスペルゴの手を握ってしまった。ありがと、とスペルゴが目元を拭うのが音で分かる。

「姉さんね、冬の日に馬車にひかれて死んじゃったんだ」

 すう、とニルチェニアの頭が冷える。
 どこかで聞いた話、と思うのと同時に、婚約者の憂う顔を思い出した。紫の瞳に銀髪の女性、なおかつ伯爵家で結婚する前に馬車にひかれた人を、ニルチェニアはひとりしかしらない。

「……貴方のお姉さまは、リラ様なのですね」
「――そういうこと。意地悪な言い方するけど、君の婚約者であるジェラルド・ウォルターの前の婚約者だね」

 そういうことか、とニルチェニアは深く息を吐いた。
 今はあまり聞きたい名前ではなかった気がする。

 ジェラルドに恋愛感情は抱けなかったけれど、ニルチェニアだって少し嫉妬はしていた。ニルチェニアを愛しく思ってくれているジェラルドの視線のなかのほんの少しの部分が、ニルチェニアではなくて亡くなったリラに向けられているものだと知っていたから。

 つう、と頬を伝う液体は何だろう、とニルチェニアは考える。悲しい気分ではないし、悔しい気分でもない。もちろん、笑いすぎた結果の涙でもないから――何のために流したものなのか、ニルチェニアにもわからない。

 ただ、ひどく心に突き刺さるような、胸が痛いような気がした。

「……スペルゴ様は、星詠の力を使ってリラ様を蘇らせたいと思っているのですか」
「うん。……そういうことになるかなあ。ねえ、星にお願いしたことってある?」
「いいえ。……どうして?」
「何かを引き替えにお願いを叶えて貰うのだとするなら、ボクがその代償を払おうと思って。……そっかあ、でもお願いしたことないなら不安だよね……」

 代償、とニルチェニアは小さく口の中でつぶやいた。同時に、スペルゴは何も知らないのだろうと諦めた。
 おそらく、リラを蘇らせるのなら、ニルチェニアが払う代償はただ一つだろう。
 母や父は「星にとらわれる」なんて言い方をしたけれど、星にとらわれるということは――死、という解釈で間違っていないはずだ。

 スペルゴはきっと、それを知らないからニルチェニアに頼んでいる。最愛の人を失ったつらさを知っている彼が、ニルチェニアに死んでくれと頼むだろうか。
 きっと、スペルゴが見つけた資料には、星詠の代償については記載されていなかったのだろう。

 どうしようか、とニルチェニアは考える。

 ――私は同じ一族にすら嫌われている。リラ様はきっとそんなことはなかったはず……

 きっと、ニルチェニアを愛す人よりも、リラを愛する人の方が多かっただろう。少なくとも、リラはスペルゴとジェラルドに愛されていた。それに。

 ――ジェラルド様に恩返しができるかもしれない。

 最愛のひとを想っていてなお、ニルチェニアを妻として迎えようと言ってくれた、あの優しいひとに。
 その人に恩返しできるのなら、命と交換に彼の愛しい人を蘇らせるのも良いのかもしれない。

 星詠のことを知っているのはスペルゴだけだろうし、ニルチェニアが命と引き替えにそんなことをしたとは思わないだろう。龍や夢魔、モンスターがひそやかに生きているこの国だ。死人が舞い戻ったところで、公爵家の面々には不思議はないだろうから。

 ニルチェニアは綺麗に笑みをつくって見せた。
 これはきっと、誰にとっても幸せな提案のはずだから。

「スペルゴ様、私、お願いしてみます。――何か犠牲を払うようなことがありましたら、その時は後でお返ししていただければ問題ありませんもの」
「――っ、本当!? ほんと、本当に……?」

 にこり、と笑うニルチェニアは、後で払えるような犠牲ではないことを知っている。これが嘘だと分かっていても、人を幸せにする嘘なら何の問題もないだろう。
 スペルゴは嬉しそうに笑って、ぎゅっとニルチェニアの手を握りしめた。

「ありがと! ありがとう、ニルチェニア――ボク、感謝してもしきれないよっ」
「いいえ。――困ってらっしゃる方がいて、私が助けられるなら……助けたいと想っただけですから」

 やんわりと微笑むニルチェニアに、スペルゴは感謝の言葉だけを連ねていく。それがこそばゆくて、ニルチェニアはちょっと気後れした。
 自分がこんなに求められたことなんて、無かった気がしたから。






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bkm


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