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「お待たせしましたー」

 足取りも軽く戻ってきたのはリピチアだ。そのリピチアになんとなく支えられながら、ニルチェニアもゆっくりと席に着く。近くの長椅子には着替えたクルスが足を組んだまま座っていて、ジェラルドは二人が来た途端に吸っていた煙草を消した。

「おう。んで、何があったんだ?」

 普段の飄々とした雰囲気を消したジェラルドは、軍人としての顔をしている。普段からこんな顔をしてればかっこいいのに、と思いながら、リピチアは先ほど起こった出来事について話し始めた。時折、リピチアの言葉を補うようにしてクルスも言葉を挟んでくる。急に協力的になったクルスに、何かあったのかとジェラルドが不思議そうな顔をしたが、クルスはそれに無愛想に「別に」と答えたのみだ。

「まあ良いや――とりあえず、お前達を襲ったのはメイラー家なんだな?」
「はい。エリシア先輩もそう仰ってましたし」
「俺の知った顔もいた」

 うなずく二人になるほど、と返して、ジェラルドは「ルティカルがいないからなァ……」と言葉をもらす。
 メイラー家の当主であるルティカルに話を付けられたら簡単にことは収束しそうなものだが、生憎ルティカルは国外に災害復興支援中だ。このタイミングを狙っていたんだろう、とジェラルドはほぞをかむ。

「目的はニルチェニアだった。殺す気だ」

 確実に。
 確信を持って発されたクルスの言葉に、ニルチェニアが暗い顔をする。殺されかけることになるなんて思いもしなかったのだろう。それも、血族に。

「ニルチェさん、あまり心配しないで。私たちが護りますから」

 リピチアはニルチェニアの手を取って、慰めの言葉をかける。ニルチェニアはそれにゆるく頷いて、それから少し俯いた。伏せられた瞼を縁取っている睫が、小さく揺れた。

「――ちょっとお部屋で休みましょうか。ね? 良いですよね、ジェド兄様」
「ん、ああ。……ゆっくり、休んで」
「ごめんなさい」

 ニルチェニアを支えて出て行くリピチアに、ジェラルドはふっと息を付く。堪えてはいたけれど、ニルチェニアの顔は泣きそうだった。見られたくない、というニルチェニアの気持ちを悟ったのか、リピチアが気を利かせたのは助かった。多分、自分が声をかけてもニルチェニアは、部屋に戻らなかっただろうから。

「――メイラー家はニルチェニアを殺そうとしてんのか」
「恐らくは」

 ニルチェニア達が完全に部屋から出ていったのを見計らって、ジェラルドは声をひそめてクルスに問う。クルスは眉間にしわを寄せながらそれを肯定した。

「ああいう家だからな。恥曝しだと思う以上、追い出すか始末するかの二択だ。それが当たり前の家だから、誰も疑問には思わない。おれもそうだった」
「……お前は、今でもメイラー家からニルチェニアを追い出したいと思っているか」
「ああ」

 クルスの顔に迷いはない。声にも躊躇いはなかった。その言葉にジェラルドは鋭くクルスを睨みつけたが、クルスは平然として後の言葉を続ける。

「ニルチェニアはあの家にいるべきじゃない。彼女は、彼女を愛してくれる家にいるべきだと思う。――この家のような、彼女を受け入れ、守り、愛してくれる家に」
「お前……どうした?」
「気付いただけだ。見た目に拘るのは誇りじゃない……」

 小さく笑ったクルスにジェラルドはますます不思議そうな顔をしてから、「白玉卿の目は確かだったってことか」と微笑む。

「――まあ、今ならあの娘に仕えてやるのも悪くないと思う」
「……素直じゃねェな、お前」

 その言葉につんとしたクルスをひとしきり笑って、どうすっかなァ、とジェラルドは椅子の背にもたれ掛かる。
 システリアの当主に連絡を取ったらどうだ、と提案したクルスに、それは確定事項だとジェラルドは返した。

「今現在ニルチェニアは俺の婚約者。つまりは妻……ってわけで」

 言葉が詰まる。脳裏に銀髪の愛しい人の姿が張り付いた。

 あの人だったら良かったのにと、思ってはいけない。
 あの人が妻だったらと、思ってはいけない。

 よく似た色の娘を、あの人の代わりにしてはいけない。

「どうした」
「いや、何も。よく考えたら妻に近いんだよなとしみじみしただけだ」

 不審そうなクルスには笑みを張り付けて返す。

 ルティカルにも言っていない。ニルチェニアがあの“リラ”の色によく似ていたから救おうと思っただなんて。

 白髪に菫色の瞳のニルチェニア。
 銀髪に菫色の瞳のリラ。

 ――良く似た色の、別人。

「――妻に近い存在だからな。ウォルター家に嫁入りする娘をメイラー家の人間が殺そうとしてるんだ、システリア家に面倒見て貰うのは自然の成り行きってもんだよな」

 あそこは公爵家専門の裁判所みてェなもんだし。

 口からは淀みなく言葉が出てくるけれど、頭の中はぐちゃぐちゃしている。ニルチェニアを知り、ニルチェニアを親しく思えば思うほど、その罪悪感は大きくなっていく。

 ――本当に俺は馬鹿だ。

「とにかく、システリア家と連絡取らなきゃな――」
「ヤト家とも連絡をとったらどうだ? メイラー家の狸どもを探るには良いだろう」
「ん、そうだな」

 諜報活動を得意としているヤト家の存在を引き合いに出したクルスに、それは良い案だとジェラルドがニヤリと笑った。
 いずれにしろ、エリシアが帰ってきてから方針を固めよう、という話になって、ジェラルドは部屋を出ていくクルスに声をかける。おそらくは、ニルチェニアのところだろう。クルスの態度は不遜だが、彼は一応使用人なのだから。

「ニルチェニアの様子、後で教えてくれ」
「――行かないのか」
「ん――俺は多分、行っても気を遣わせるだけだしな」
「……分かった」

 ジェラルドに短く返して、クルスは部屋を出ていく。

 出て行ったところで、ジェラルドは大きく息を吐いた。今の自分には――少なくとも、ニルチェニアをニルチェニアとしてきちんと見ることが出来ていない自分には、ニルチェニアを心配する資格があるのかどうか。
 どうしても、あの白い背中にリラを重ねてしまう。

「あー、くそ、我ながら女々しい……」

 もう十年以上前の話なのに。どうしても脳裏にちらつく愛しい人の影。それを追い払うことも出来なくて、ジェラルドは柔らかな椅子の背に沈んだ。




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bkm


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