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 そわそわと落ち着かなさそうに、視線をいったり来たりさせている女。闇のように黒い瞳は潤んでいる。この性格さえなきゃなー、とシトリーは思いながら、「ほらほら続き!」と話を促した。
 女がびくびくとしているのは、間違いなく同じ卓にソルセリルがいるからだろう。こんな態度は慣れっこだとばかりに優雅に紅茶を飲んでいる悪魔のような医師は、女の存在なんか切った爪ほどにも気にかけていない。

「はっ、はい! えっと、あのですね――」

 女の口から、近隣諸国の情勢と、この国に及ぶ影響や、この国に入り込んできたと思われる諜報員の情報が語られる。
 女の気弱そうなところに反して、読み上げる情報はしっかりとしていて、流石ヤト家、とシトリーも舌を巻いた。

 ヤト家とは、この国における諜報員を数多く輩出している公爵家だ。当主はこの気弱そうな女性である、ナリッカ・ヤト。ヴァンパイアの血を引いたヤト家は夜目も利くし行動範囲も広い。暗殺術にも長けているから、いざというときにも安心だ。

 そんなヤト家だが、「古今東西より女を食い物にしてきたから」と云う理由でヴァルキリーの血を引くシステリア家とは仲がよくない。もっとも、今代のシステリア家とヤト家はまだましな方だ。女系のシステリアには男のソルセリルがおさまっているし、男ばかりが台頭していたヤト家では今や女のナリッカが当主である。ナリッカは極端にソルセリルを恐れてはいたけれど、その昔はシステリア家とヤト家の間でそれはそれはおぞましい対立があったから、今回は血を見ることがなさそうな分だけ平和的だ。

「今回もこの国の情勢にはあんまり影響はないのかなー。どうせ、約束の国《エリュシオン》は永久中立だっていうんでしょ?」
「はい。導きの国《ギィダンシー》が不穏な動きを見せてはいるようですけれど……約束の国がそれを水面下で抑えているようですね」
「約束の国も人外魔境の地と聞きますからね。“魔法”を許さない導きの国が台頭したら面倒なんでしょう」

 面倒くさい、といった表情を隠しもしないソルセリルに、ナリッカがびくりと肩を震わせた。

「人外魔境ってねー……魔女と悪魔がいるくらいよ、ここと大して変わんないわ」

 変な言い方するのはよしなさいよ、とソルセリルを窘めたシトリーに、どうせ大して変わりませんよと極悪非道の医師がつまらなさそうな顔をする。

「何かあったところで、導きの国になら戦を仕掛けられても迎え討てるだろう」
「優秀な軍隊もいることだしね」

 重々しく口を開いた紅玉卿のルベリオスに乗っかるように、紫玉卿のスペルゴが茶化すように口を開いた。

 七大公爵家が集まる定例の《茶会》。
 本来なら円卓を囲む七つの席は埋まるはずなのだが、蒼玉卿と翠玉卿の席は空いたままだ。蒼玉卿の年若いメイラー家当主は現在行軍中で、翠玉卿の方はといえば先日に起こったと云われる《怪奇事件》の揉み消しに当たっている。

「蒼玉卿は仕方ないとして。どこかの蛇さんと狼さんが暴れなきゃなあ――翠玉卿から噂の結婚について聞けたのに」
「うるさいわよスペルゴ。あんた石にされたいの?」
「君はいいよねえ、シトリー? ジェラルド本人から話を聞けたって聞いたけど」

 翠玉卿エメリスが当たっている《怪奇事件》。
 なにやら、アルテナ家の敷地内でメドゥーサと思われるモンスターと、ワーウルフらしい人狼が暴れ回っていたのだという。それをたまたま、食糧や生活品の納入に来ていた民間の業者が目撃してしまい――その揉み消しにエメリスが駆り出された。

 何せ、目撃場所が七大公爵家として有名なアルテナ家の敷地だ。場所が場所すぎて誤魔化すことも難しく、同じ七大公爵家のウォルター家が直々に事態の収拾と隠蔽をはかっている。もともと、それを仕事にしているような家だから、今回の《茶会》に呼び出されなかっただけラッキー、とでも思っているかもしれない。

 この個性的すぎる面々を相手にするには、エメリスには体力が足りていなかった。人とモンスターの血を引く者との差だろうか、とルベリオスやルティカルは真面目に考えていたが、純粋についていけないだけだろうとナリッカは思う。出来ることなら自分もさっさとこの席を離れたい。ヴァンパイアの血を引く自分は、ただでさえ明るい日の元にでているのは辛いというのに。

「聞いたわよ? その後に“ちょっと”暴れちゃっただけ。残念ね、楽しいお話が聞けなくて!」
「ホント残念!」

 それさえなければ楽しい話が聞けたんだろうなー、とは退屈らしいスペルゴの言い分で、それにシトリーは青筋を立てている。
 そういえば昔からシトリーとスペルゴは仲が悪かったなあ、などとナリッカは考えているが、目の前で繰り広げられている舌戦を遮ろうなどとは思えない。どうにかして下さいと縋るようにルベリオスをみたが、申し訳なさそうに目をそらされた。

「全く、黒玉卿が困ってますよ。二人して何をしているんですか。煩わしい子供の真似事は見た目だけで十分です」

 さっさと帰らせろ。そんな空気を隠すこともなくソーサーにティーカップを置いた白玉卿に、シトリーとスペルゴは取っ組み合うのをやめた。賢明な判断だ。卓が静まったのを見計らって、ナリッカはおずおずと口を開く。

「それから、ええと……メイラー家の方で、少し諍いが」
「諍い?」

 食いついたのはスペルゴだ。何故だろう、と思いながらそうなんです、とナリッカは続ける。

「表立っているわけでもありませんし……ついこの前、ニルチェニア嬢のことで揉めたとも聞いているので――それを引きずっているのかもしれません。メイラー家でのことですから、調べてもいないのですが」
「はー。あの家、どうなっちゃうんだろうねえ」
「なるようにしかなりませんよ」

 しみじみと呟いたスペルゴに、ソルセリルが素っ気なく返した。「懇意にしてる割には冷たいんだね」とかけられた声に、「メイラー家と懇意になったつもりはありませんから」とあっさり声が返る。

「元々、ランテリウスが当主になったときから不穏だったでしょう。息子が年若くして当主を継いだのですから、ここぞとばかりに問題が出てくるのも当たり前です」
「それはそうなんだけどー。本当、冷たいわねえ、ソルセリルってば」
「冷たくした覚えも優しくした覚えもありませんがね」

 どう取られようと構いもしません。
 表情一つ動かさなかったその男に、「そういえばソルセリルはニルチェニア嬢に会ったんでしょ?」とスペルゴが興味津々といった様子で尋ねる。会いましたよ、と素っ気なく返されて、「良いなあ」と紫の瞳を持つ青年は声を上げた。

「どんな女の子? 可愛かった?」
「生憎、美醜については個人差がありますので。それについてはどうとも言いかねますね」
「でもメイラー家の子だもんなー。多分可愛いよね? で、ホントに目は紫色なの?」
「聞いてどうするんですか」
「知的好奇心を満たしたいだけだよー? いいなあ、可愛い女の子ならボクが欲しい位なのに」

 ずるいずるいとごねる黒髪の夢魔の血を引く青年に、餓鬼臭いことは止めて下さいとソルセリルが舌打ちをする。こわーい、と笑ったスペルゴの頭を、あんたもう黙んなさいよとシトリーがはたく。

 それをきっかけにして、《茶会》はお開きとなった。

 帰って行く青年の背中を、ナリッカはじっと見つめている。そんなことに興味を持つようなひとではなかったはずだ。彼はいつでもどこかつまらなさそうで、他人に興味がなかったはずなのに。

 何かがおかしい――そう思ったのはナリッカだけだったのだろうか。穏やかな風がナリッカの黒髪をすくってははらりと落として遊んでいく。

 何か、起こるような気がしていた。



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