12


「何ですか、雁首揃えて煩わしい」
「久しぶりに教え子にあったのに、いきなりそれですか、先生」
「リピチアじゃないですか。会えて嬉しいです。元気にしていましたか?」
「思ってもいないことを言うのはやめて下さい」
「君が望んだことでしょう」

 ウォルター家に到着して早々、手厳しい一言を発したソルセリルに、リピチアがむうと口を尖らせる。その様子にジェラルドとルティカルは顔を見合わせ、小さく息をついた。リピチア単体でも厄介なのに、その師まで揃う日が来るとは思わなかった。しかも、傍らにはぶすくれた青年がいる。これが例の、とジェラルドは青年を眺めてから、「行きましょうか」と声をかける。

「兄上は少し時間がとれなくて、俺が代行させて貰います」
「構いません。当主であろうと何であろうと、僕はニルチェニア嬢のところまでこの人を届けられればそれで」

 ついてらっしゃいと声をかけられた青年は不服そうに、それでもソルセリルの指示には従順だ。これは相当な目にあったんだろうとリピチアは察して、青年に思わず哀れみの目を向けてしまう。

「今回の判断はあくまで彼への罰ですからね。皆さん心配してらっしゃるようですが、ニルチェニア嬢への嫌がらせではありませんよ」
「……本当ですかぁ?」

 ルティカルもジェラルドも口にこそ出さなかったが、内心はリピチアのそれと大差ないことを思っている。青年は相変わらず憮然とした表情ではあるが、言葉を発することはなかった。賢明な判断だとジェラルドは思う。

「当たり前でしょう。罪もないご令嬢に嫌がらせをするほど僕は暇じゃないんです」

 暇じゃなきゃやるのかよ、と思ったのはソルセリル以外の全員だろう。しかし、確かに説得力のある言葉だった。ソルセリルとはそういう男であるからして。下手に綺麗な言葉を吐かれるよりは、こちらの方が俄然納得がいく。
 それきり黙りこくった一同をちらりと目にしてから、ソルセリルは案内するジェラルドに無言でついて行く。

 肩身の狭そうな顔をしてついてきている青年が、リピチアには酷く哀れに見えた。ルティカルとはいとこの関係にあたると聞いた気がするが、妹のことに関してはいっそ鬼のような一面をのぞかせるルティカルだ。馬鹿というか――不運としか言いようがない。
 まさか一時の勢いで、貴族から下男の身分にまで下るとは思わなかっただろう。“誇り高い”メイラー家としては、確かに屈辱的だろうから、そういった意味では立派に罰として成立するのだろうが。

 ジェラルドは無言で客間の一つに一同を招き入れる。各々が席に落ち着いたところで――青年は立たされたままだったが――、侍女に連れられたニルチェニアがやってきた。普段と変わりのない、穏やかそうな顔にジェラルドはほっと息をつく。

 ニルチェニアが部屋に入り、侍女の助けを借りて席に着いた頃、ソルセリルが静かに口を開いた。しん、と静かだった部屋が更に静まりかえる。変なこと言い出さないと良いんだが、と心配しているジェラルドと同じような顔をリピチアもしている。ルティカルは無表情だったが、内心は穏やかじゃなさそうだ。

「初めまして、ニルチェニア・メイラー嬢。僕は白玉卿、ソルセリル・システリアと申します」

 驚くほどまともな紹介から始まったそれに、リピチアは目を丸くした。ほかも似たような顔をしている。

「この度は、ジェラルド・ウォルター殿との婚約も決まったそうですね。システリア家を代表して祝福の言葉を述べさせて頂きたい」
「丁寧にありがとうございます、ソルセリル様。あなた様のお噂はかねがね。母からもお名前をお聞きしたことがあります」

 ふわりと微笑んでいるニルチェニアに、ソルセリルが一瞬だけ優しい眼差しを向けたような気がしたが、まず間違いなく見間違いだろうとその場の全員が自分を納得させた。

「今回、僕がここに赴いた理由をご存じですか」
「はい。――私のためにお手数をお掛けいたしました。また、良心的かつ公平性のある判断をしていただいたこと、感謝しております」

 ソルセリルが表情を変える。立ったままの青年も顔を変えた。こいつは何を言っているんだ――表情でそれを克明に語っている。

 顔にぶどう酒を浴びせかけられるなど、貴族の令嬢からすればまず無い侮辱だ。誇り高きメイラー家の女であれば、こうして穏やかに顔をつきあわせて話すこと自体がまずあり得ない。流石に直接的には言わないだろうが、相手の命を望むくらいのことはするだろう。
 それなのに、ニルチェニアはとくに声を荒げるでもなくそこに静かに佇んでいる。この場にいる誰よりも穏やかだった。

「――失礼ですが、本当に良心的で公平性があるとでも? 普通、メイラー家の女性ならば八つ裂きにせよ、と言うことくらいはしますよ。実際にやるかどうかは別として、ですが」

 探るようなソルセリルのそれに、ニルチェニアはゆっくりと頷く。

「はい。私はそれを望みません。命を奪うわけでもありませんし、良心的だと思いますわ」
「……公平性については?」
「“お互いに我慢せねばならない”というところでしょうか」

 にこり。笑って落とされた言葉に、青年がびくりと肩を震わせた。ニルチェニア自身も言外に青年を認めない、と告げたようなものである。
 怒っていないわけではないのか、とリピチアはニルチェニアの顔を凝視したが、ニルチェニアの表情は普段と変わらない。

「私はその方が側にいることを許容しなくてはいけない。その方がどんなに怖くとも。その方は、どれほど嫌でも私に仕えねばならない。――お互いに我慢しなくては、この罰は成り立ちませんね」
「成程」

 素っ気ないソルセリルの言葉に、ニルチェニアがふふ、と小さく笑った。怖がっているとは思えないが――と考えて、リピチアはふっと息をつく。これは多分、青年に対する気配りか何かだ。
 ニルチェニアが「怖い」から、下男として青年を雇っても、実際には仕えさせない――そういう配慮か何か。
 青年の方は見下していた娘に仕えようとは思いもしないだろうから。

「では、そういうことで。――貴方からは何かありますか?」

 ようやく発言権を与えられた青年が、ニルチェニアを睨みつけながら口を開く。不味いことを言いそうだなとジェラルドは青年の背後を取ろうとしたが、ソルセリルがそれを制止した。

「納得いくか! なんでこのおれがこんな小娘にいいように使われなきゃならないんだ!」
「あなたがそれ相応の罪を犯したからですよ。侮辱がメイラー家では重罪だと理解しているでしょう」
「こいつはメイラー家じゃない! 目の色も青くない!」
「お黙りなさい。ニルチェニア嬢も仰いましたが、命を奪わないだけ良心的ですよ」
「こんな小娘に使われるくらいなら、死んだ方がましだ! 誇り高いメイラー家のおれが、こんな……! こんな娘になど!」

 怒鳴るような言葉にニルチェニアは一瞬眉尻を下げ――それから、静かな声で「死ぬ勇気もないのに、ですか」と紡ぐ。
 再び、部屋に沈黙が落ちた。

「死にたいのならどうぞお好きに。猿轡も縄もかまされていないのです、死のうと思えばこの場でも舌を噛み切れるでしょう」

 ニルチェニアの側に控えている侍女がぎょっとしている。ソルセリル並の言葉がニルチェニアの口から出てきたことに、全員が瞠目していた。
 青年も言葉を失っている。

「誇り高いと言うのなら、小娘に仕えるのが耐えられぬと言うなら、この場で舌を噛み切って証明してご覧なさい。誇りを胸に死になさい。いくら馬鹿な行いであろうと、私はそれを止めません。それも出来ないのなら、貴方のそれは誇りではない。傲慢でしかないのです」

 穏やかでか弱そうで、儚そうな令嬢から出てくる言葉にしては酷薄なものだった。だからこそ、よりいっそうの冷酷さを伴って降ってくるのだとジェラルドは理解している。

「あなたがわたくしを許せないというのは理解しています。それがあの家の、メイラー家の約束事ですから。あなたが私を許さないことで苦痛を与え続けるというのなら、わたくしはあなたを許し続けることで苦痛を与え続けましょう」


prev next



bkm


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -