10
 

 
 ソルセリルがここに来たのは、ルティカルに 「同族はどう裁くべきか」と問われたからだ。
 公爵家が人外の血を引いているせいか、一族の中にはたまにその力を用いて悪事を働いてしまうものたちや、必要なとき以外に人ではない姿を見せてしまったりする者たちがいる。そういったものを裁くのは同じ一族のものであり、逆を言えば一族以外には手出しが出来ないようなものだ。

 しかし、システリア家は別だった。他の一族が善とも悪ともいえぬモンスターの血を引いているのとは別に、システリア家に流れているのはいわば神の使いとも、神自身であるともいえる清廉なヴァルキリーの血だ。だからこそ、他の家は自分の家で裁ききれないことがあったのなら、システリア家にそれを頼むようにしていた。簡単に言えば、面倒事を押しつけているに他ならないが。

 この場合、ルティカルがシステリア家の当主を呼び立てたのは、くだんの青年に対する無言の脅しということになる。本来なら、ソルセリルは令嬢に葡萄酒をかけたくらいで呼ばれるような人間ではないからだ。重い立場の人間にしっかり絞られろよ、ということである。

 地下牢に続く階段をソルセリルは無表情で降りていたけれど、ふいに「おめでとうございます」と口にした。
 それが妹の婚約への祝福だと理解して、ルティカルは「ありがとう」と簡素に返した。

「君に妹がいたことが驚きでしたがね」
「――あまり公言していなかったからな」
「まあ。事情が事情でしょうし、他の家の家庭的状況はどうでもいいので――どうでもいいんですけど」

 その割には面倒見がいいよな、とルティカルは思うが、それは口にしない。
 ソルセリルの面倒見の良さは自らの母であるサーリャに借りがあるからだとは知っていたが、それでも何だかんだと手助けしてくれていることに変わりはない。
 当然の事ながらすんなりとは認められなかったジェラルドとニルチェニアの婚約だが、メイラー家を最終的に黙らせたのはソルセリルでもある。
 システリア家の当主が縁を持つ、と宣言されてしまえば、黙らざるを得ないのだ。

「しかし、馬鹿なことをするやつもいたものですね。よりによってランテリウスの子供に喧嘩を売るなど。無事に済まないことくらいは分かり切っているのに」
「失礼だな。……酒に酔っていたようだったから。勢いだったのだろう」
「事実を述べたまでですよ。溺れるまで飲むなど。酒は飲んでも呑まれるな、という言葉を知らないんですかね」

 淡々と返しながら、二人は地下牢へと進んでいく。ひんやりとした空気が頬を撫で、淀んだ気配があたりに満ちている。
 こつ、こつ、と二人が歩みを進めれば靴の音が響きわたる。
 光の当たらないそこは、なかなかに陰鬱な雰囲気だった。

「ここだ」
「ああ……相当参ってますね。何したんですか?」

 牢の柵越しに中にいる人間をみたソルセリルは、隣にいるルティカルに無表情で問う。
 腹立たしい行いをしたとはいえ、同じ一族だからとわりと丁寧な扱いを受けているのは見て取れたが、中にいる青年の憔悴ぶりはなかなかのものと言っていい。
 ぐったりと壁に背をもたれ、ぼんやりと虚空を見つめているあたりは相当に精神的に苦痛を強いられたと見える。

「特に何も」
「……そうですか」

 さらりと応えるルティカルに言いたいことはあったが、ソルセリルはそれを放っておくことにした。自分には直接関係のないことだから別にいいだろう。

「生きてますか?」

 あんまりなところから会話を切り込んでみる。
 死んでいないのは明白だが、生きているとも言い難いような心神喪失ぶりだ。貴族のお坊ちゃまがいきなりこんなところに移されたら、こうなるのも無理はないような気もするが。

「――っ、ソルセリル……白玉卿!」
「こちらの、蒼玉卿のたっての依頼でやってきたんですが――何したんですか、君」
「おれっ、おれは――」

 わなわなと唇を震わせているあたり、この青年の狙い通りなのだろうなあ、とソルセリルは隣で無表情を決め込んでいるルティカルを横目で見てしまう。ここまで怯えているのは、間違いなくソルセリルがここにいるからだろう。
 普通、ソルセリルが呼ばれるような事態に陥ると――裁かれる方は大抵、一族を追われるか、“殺処分”されるかのどちらかだ。
 それをわかった上でわざわざ呼ぶのだから、ルティカルは相当この男が許せないらしい。
 相手から反撃の意志を奪うくらいに脅しをかけるところは、あの父親そっくりだとソルセリルは思う。

「素直に言った方が身のためですよ」

 とはいえ、この男の怯えなどはどうでも良いので――ソルセリルはルティカルの望むように行動してやることに決めた。たぶん、そちらの方が面倒臭くないだろうから。
 無言のまま威圧感のみを漂わせているルティカルに押されるように、銀髪に青い瞳の青年が口を開く。

「おれは――おれは、メイラー家なのに青い目を持たない娘が、許せなくて」
「ほう」
「な、なんで、メイラー家の本家の娘として、ランテリウス・メイラーの娘として、ここにいるのかと」
「ランテリウスの正真正銘の娘なんですから仕方ないでしょうに」
「でも、あいつは青い瞳を持たないんだろ!?」
「だから葡萄酒をぶちまけたと? 目の色ごときで命を死に晒してますよ、君」

 馬鹿ですねえ。

 鼻で笑ったソルセリルとは別に、ルティカルはぎらつくような目で青年を睨みつけている。母の苛烈な部分をしっかり受け継いだんだろうとソルセリルはため息をついた。射殺さんばかりの視線は、男をさらに怯えさせるのに十分だ。

「どうします、蒼玉卿? 僕は貴方の指示に従うつもりですが」

 ひ、と青年が息をのむ。仕方のないことだと思えた。
 間違いなく、青年は殺されると思っているだろう。ルティカルのこの顔を見てしまえば、それ以外に思いつく答えなどないはずだ。

「――感情的に裁くのは、公平ではないと思っている」

 絞り出したような声からは、殺気とまではいかないが確実に攻撃の意思がある。やはりそれを感じ取ったのだろう、青年が更に怯えた。

「白玉卿、貴方にお任せしたい」
「おや。良いんですか?」
「貴方の方が冷静に判断を下せるはずだ」
「そんな顔をして。それほど憎らしいのなら、その手で引き裂いてしまえばいいじゃないですか。貴方にはそれが出来るのに?」

 「公平じゃない」、ですか。
 面白そうに笑ったソルセリルに、青年は縋るような目を向ける。それににこりと笑いかけてから、それでは、とソルセリルはルティカルに微笑む。

「僕がどんな判断をしても、蒼玉卿――貴方は異議を申し立てませんか?」
「ああ。誓おう」
「そうですか。では――」

 ソルセリルはにこりと笑う。
 下した判断に、ルティカルが一瞬驚いた顔をしてから、何事かを紡ごうと唇を開く。ソルセリルはそれを薄い笑いで制した。
 一方、青年の方は目をまん丸く開けて、驚愕に言葉を失ってから、そんなものはイヤだとばかりに首を振った。
 その顎をがっしりとつかんでから、ソルセリルは死刑宣告を囁くかのように「お黙りなさい」と冷たい笑みを浮かべる。

「命があっただけましというものです――“誇り高き”貴方には屈辱的かもしれませんが、諦めなさい。蒼玉卿、貴方もですよ」

 暗い地下牢の中では、ソルセリルの纏う白衣はより白く見える。
 一切の闇も近づけないようなその白さは、時に無情だ。

「この男を、ニルチェニア嬢の下男にしましょう」

 この場で楽しそうに笑っていたのは――白い悪魔だけだ。

 
 



prev next



bkm


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -