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「――そうか、あの娘が」

 どれほど待ち望んでいたことか。男の囁きからはそれが隠し切れていなかったし、また、隠す気もなかったようだ。満足そうに笑ってから、ひどく残酷な微笑みを浮かべた。

「待ち望んだ娘。私の願いを叶えられる娘。星の声を聞き、星を支配下に置く娘。――まさか、あいつが隠していたとは」

 ランテリウス。
 今は亡い、憎き男の名を愛おしげに呼んだ。そうだ、だって彼がここまで隠し通してきていなかったら。そうでなかったら、あの素敵な娘は誰かに取られていたかも分からないのだから。だから、あの男に感謝だって出来る。

「お前の娘は、私が有効に利用してやる」

 先日のウォルター家とメイラー家の婚約。ウォルター家の次男にはそれほど興味もなかったが、興味を持ったのはその相手の娘だ。聞くところによれば、メイラー家で大切に育てられた箱入り娘というじゃないか。目も見えず、日光をしらぬ娘と云うじゃないか! その娘の母の血筋と、目の見えぬ娘――その二つを組み合わせて弾き出された結論に、背筋がぞくぞくした。

「――星に願いを」

 ロマンティックな事を口にして、その甘ったるさに口元がいびつな弧を描いた。愉快で愉快でたまらない。
 死人の再生を願ったとしても、星は確実に願いを叶えるだろう。

 ――星に願った娘は、星の元に連れて行かれてしまうとしても、そんなことは彼には関係なかった。

 だって、どうだっていいことだから。

 
***


「それで、どうするんです? “蒼玉卿”」
「考えあぐねている」
「お父上と違って、随分と愚鈍なのですね」

 遠慮のない物言いにルティカルは眉間に皺を寄せてしまったが、この男の物言いは今更のことなので特に気にしなかった。下手に気をつかってこない分、楽と云えば楽だからだ。

 プラチナブロンドの髪を優美に後ろに撫でつけて、染み一つ無い白衣を着込んでいる男は国お抱えの医者である。医者と言いつつも弓の腕前が神業級で、王の担当医をしながら護衛もすることがあるというのだから恐ろしい。すらりと長い足を組んで長椅子に腰掛ける姿は絵になるし、瞼を閉じながら紅茶の香りを味わっている姿はまさしく、一般庶民の考える“貴族”の像で間違っていないだろう。ヴァルキリーの血を引いたせいなのだろうか、生まれ持っての優美さというか、雅やかさがその男には備わっている。

 す、と銀の睫毛に縁取られた瞼をあけて、男はその真珠色の眼を見せる。“白玉卿”と呼ばれる、ソルセリル・システリアだった。女系のシステリア家において今までに例のない男の当主だが、一族からは信頼されているようだ。国内で最高の医者であるとともに弓道にも長ける男だ。実力的に申し分ない、というのと、いっそ外道なほどの冷静さに信頼が置かれているのだろう。

「君は情に厚いから。だから些末なことに頭を悩ませる――すっぱり切ればいいでしょう、四肢だろうと首だろうと」
「いや、そこまでではないと思っているのだが――」
「そこまでのことですよ。君達が望むなら、ですがね。同族とはいえ公爵家の令嬢に葡萄酒をぶちまけたんです。不敬罪で裁かれても文句は言えません。なんなら、僕が裁きましょうか? 首を切ったその後の始末まで請け負っても良い」

 医者とは思えないほどあっさりと命を踏みにじるような言葉に、ルティカルはあからさまに嫌な顔をしたのだが、ソルセリルは気にもとめていなかった。

「白玉卿、貴方は“材料”が欲しいだけでは」
「奪った命なら、最後まで使うのが筋というもの。違いますか? 殺されて“はい、おしまい”、では殺された方も浮かばれませんからね」
「噂に違わぬ下衆さですね」

 ふ、とソルセリルは鼻で笑う。何の効果もないのはごらんの通りだ。

 “最後まで使うのが筋”、そんなのが大義名分なのだとルティカルは知っている。ソルセリルは医者として名を馳せているし、時折軍医にまでその知識を与えることがあるが――簡単に言ってしまえばマッドサイエンティストである。軍にまでその英知を授けるのは見返りとして実験材料――要するに、死んだヒトの身体を譲り受けるためであり。
 とはいえ、新薬の開発や病気の発見、人体の構造についての研究結果は目覚ましいものがあるから、ただの“マッドサイエンティスト”ではないのだけれど。

 こんなお綺麗な顔してよくもここまでエグいことできるよなァ、とジェラルドは言っていたし、彼を医術の師として学んだリピチアも、“あの人綺麗な顔して相当な下衆ですよ”と評していたから、性格に難があるのは否めない。

「君たちの母親に借りさえなければ、こんな尻の青い若造どもに力なんて貸そうとは思いませんでした」
「すまないな」
「そういう、面倒事を一言で終わらせようという横暴なところは母親そっくりですね。懐かしすぎて涙が出てきます」
「無表情のようだが」
「そういうデリカシーの無さは父親譲りですか。血とは素晴らしいですね」

 涙なんて出ないような無表情で言ってのけるから、ルティカルにはソルセリルとの距離感がつかみにくい。無理してつかまなくても良いことだとは知っているけれど。
 ルティカルがソルセリルについて知っていることと言えば、母親と懇意だったこと、くらいだろうか。「とある家の令嬢」として父に連れてこられた母親の本当の身分を知っている男でもあるが――彼自身はそんなことなどどうでもいいようだった。

「全く。サーリャの嫌なところとランテリウスの嫌なところを掛け合わせて作られたのかと思いますね、君は」
「諦めてくれ」
「そうですね」

 あっさりと引き下がるソルセリルは、それで、と無表情で切り出した。

「ニルチェニア嬢に葡萄酒をぶちまけたという男は、今どこにいるんです」
「地下牢」
「――君も大概だと思いますよ。やはり父親似か。あの男の高笑いが聞こえるようで不愉快極まりない」
「何がだろうか」
「さてね。君も僕のことは言えないということですよ」

 普通は地下牢に同族とはいえ貴族の青年をつっこんだりしないものなんですが、と呆れた顔をしたソルセリルに、「この家ではそれが普通だ」とルティカルが返す。それもそうでしたねと大して気にすることなくソルセリルは返して、「じゃあとにかく会わせて貰いましょうか」と口にした。

 こくりと頷いたルティカルが、椅子から立ち上がる。
 この部屋も君のものになったんですね、とソルセリルが呟けば、「未だに父上がいるような気がするよ」と苦笑と共に返ってくる。二人が出て行こうとしているここは、当主の執務室だ。以前、ランテリウスが使っていたときにも――彼は何度か、ここに通されている。

 本当にあの男は死んだのか、とソルセリルはため息をついた。食えない男だったし、気にくわない男だったけれど。

「白玉卿?」
「今行きます」

 いつまでも部屋から出ようとしなかったソルセリルに、ルティカルが声をかける。ふ、と息をついて、ソルセリルは慣れた部屋から踏み出した。



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