怪物がいたところ 2
 物事がすべて思い通りに動くことはあり得ない。それをシリウスはよく知っていた。知った上で今回の作戦も綿密に練り上げた。何しろ彼は作戦参謀なのだから。

 ――くそったれ!

 脳内でそう毒づきながら、シリウスはエリシアの手を取って走り続けている。
 敵地への偵察なら慣れているはずだった。彼は元々諜報部にいたし、ノートリウス隊に移ってからも何度かこういった任務を請け負っている。それはルティカル以下ノートリウス隊の面々も同じだし、汚れ役であり特攻部隊とも言えるようなノートリウス隊にとっては慣れない仕事でもなかったのだ。現に、今回も途中までは順調に進んでいた。

 目立たぬよう、二人一組で行動することを隊員には通達した。寝坊助のウィオには無口だがやることはやるクレイマリアをつけたし、騒がしいリッソには女の扱いに長けているゲイルを組ませている。ルティカルは単独行動だが、あれはあれで自己回復もできるし、馬鹿力の持ち主だが馬鹿というわけでもない。任務関係のことに関しては驚くほどの聡明さを発揮するから、そうなればシリウスと組むのは、まともだが身を守るのには長けていないエリシアだ。シリウスがエリシアの身を護り、エリシアはシリウスの指示に従って動く。

 だから、失敗することなんて無いはずだったのだ。

 並んで走る二人の後ろ、剣を手にした男たちが追いかけてくる。偵察任務と言うこともあって軽装で来たこの状態では、太刀打ちなど到底無理だろう。

「エリシア、君はなんとしても逃げろ。いいか? 予定通りのポイントに他の皆は集まっている」
「シリウス」
「俺はちょっと遊んでから帰るさ――そうだな、もうしばらくしたらあの馬鹿力の隊長が来る」
「シリウスっ」

 任務中に自分の名前を呼ぶのは、彼に余裕がないことの証明だとエリシアは知っている。
 そしてこれから、彼が何をしようとしているのかも、知っている。

「いいか。俺が必ず食い止めるから。君は逃げてくれ。“君さえいればこの計画は成功する”」
「冗談じゃないわ! この隊の副隊長は私ですっ」

 部下の指示など認めません。
 断固として言い張ったエリシアは、迫る男たちに向かうシリウスの隣に並ぶ。

「メイラー家出身だからって、私だって護られるだけのお嬢様じゃないわ。貴方と同じ軍人です」
「それじゃダメなんだ、エリシア」
「何が駄目だというの!」

 太股に取り付けていたホルスターから短刀を取り出して、エリシアは構えた。鞘に口づけるようにして掲げたのは、衛生兵の癖みたいなものだ。

 ――“神の息吹を貴方に”。

 フロリアの軍人なら誰でも知っている、衛生兵の“祈り”。
 チッ、と舌打ちを一つしてからシリウスもそれに並ぶ。片手に小銃を持ち、もう片方にナイフを手にした。小銃に軽くナイフの柄を打ち付けて、シリウスは自嘲気味に笑った。エリシアのそれが祈りだとするなら、シリウスのこれは“誓い”だ。

 ――“護るために武器を掲げよう”。

 長く軍属していた覚えはないが、習慣となっていたらしい。元は混乱した戦場でも、味方かどうかを判別するための“合図”を兼ねた仕草ではあったが、日が経つとある種の“スイッチ”になることもある。
 戦闘へと頭を切り替えた二人に、短刀が襲いかかる。舞うようにそれを受け流し、その合間にシリウスは切りつける。エリシアの方に向かう者には小銃の餌食になって貰い、二人はしばらく持ちこたえた。

 きん、きん、と耳障りな金属質の高音が響き、鉄の匂いが漂い始める。口に溜まる血を吐き出して、シリウスは額から流れる血を拭う。エリシアは合間合間を見てシリウスを回復させていたが、それもあまり追いついていなかった。
 彼女は回復を得意としているが、それは自分には適用できない。だから出来るだけ攻撃を食らわないように逃げ回るしかない。

「――ルティカルが来たら逃げろっ」
「嫌! 隊長では貴方を回復できないっ」
「知るか! 俺のことはいい。君は君のことだけを考えればいい――エリシア!」

 しゅ、と微かな音がして、エリシアの背に銀が一閃する。斜めに振り下ろされた短剣は、エリシアの背を撫でるようにその身を切り裂いていた。苦悶の声を上げたエリシアに血相を変えながら、シリウスはエリシアを切りつけた男の頭を撃ち抜く。
 体勢だけは崩さぬようにと踏ん張ったエリシアの前にたち、シリウスは奥歯を噛みしめた。

「さっさと来いよ、死にたい奴から前に出ろ」

 それが、精一杯の虚勢であることくらい、その場の皆には分かっていただろうが――シリウスの緑の瞳は刺すようにぎらついていた。手負いの獣の一撃は、時として状況をひっくり返す。シリウスの瞳は対峙することすら赦さないような、強い力があった。

 


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bkm


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