怪物のいたところ
「良いですか? 今日の作戦を――」

 目の前でゆっくりと作戦内容を伝えている友人を、シリウスはぼんやりと見つめていた。銀色の髪に青い瞳。少し垂れた眼は優しそうな雰囲気を醸し出している。きっちりと結わえられた髪も、数年前なら緩やかに、優雅に結われていたのだろう。軍人から成り上がった家柄とはいえ、貴族の出身とは思えないほど、彼女は適応している。
 作戦を伝える彼女の隣に座り、気むずかしそうな顔をしているのはこの隊の長であるルティカルだ。彼女とは同じ血筋を出ているけれど、彼の方はいずれ、その家の当主になるのだという。
 その家の名前が“メイラー”だ。メイラー家といえば花の国フロリアにおいて重要な家柄の一つ。メイラー家の令嬢、令息が二人もいるこの隊だが、二人ともほかの軍人とさして変わりのない扱いを受けていた。
 もっとも、ルティカルは隊長で、彼女は副隊長だ。一般兵からしてみれば、立場は幾分か上であることは確か。一般兵よりは厚遇であるのは仕方のないことだろう。

「――以上。作戦内容に関する質問や意見はありますか」
「おやつ持ってっていーですか、エリシア副隊長ー」
「リッソ、これは遠足じゃない」

 友人がひどく困った顔をしたから、シリウスは助け船を出す。この「ノートリウス隊」は、くせ者ぞろいで有名だった。貴族出身というのに他の軍人よりも戦果をあげ、なおかつ怪物並の馬鹿力で有名なルティカルを筆頭に、見た目はどう見ても少女だが、中身は完全に老獪な情報収集係のリッソ。

「……んむ、ふくたいちょう、そこではお昼寝タイムは……」
「寝るんじゃない、ウィオ。我らの麗しの副隊長がお困りだ。――すまないな、副隊長。昼頃からこんな感じでね」
「……仕方ないですね。もし、作戦内容が頭に入っていないようだったら、貴方からお願いします、ゲイル」
「任せてくれ、我が麗しの副隊長の頼みなら」

 リッソの向かい側ですやすやと寝ている青年はウィオと言うのだが、彼は五感が鋭い。寝ていても副隊長の話した内容は頭に入っているのだろう。ウィオの隣で気取って作戦を聞いていた男は、どこかの恋愛小説の王子のような立ち居振る舞いを好む。ゲイルなどと厳つい名前だが、ナンパが得意だったとシリウスは記憶していた。

「……この隊だけで本当に良いのか」
「……」

 シリウスの隣で頬杖をついているのはクレイマリアと名乗る娘だが、話すところを誰一人としてみたことがない。クレイマリアからスッと差し出されたカードには、「なるようになるわ」の一言。個性派ばかりが集まったこの隊が、単独で動くのはあまり珍しくはないのだが――どうも、不安が残る。

「副隊長、作戦を伝え終わったのなら早々に解散するべきだ」
「そうですね、シリウス。――以上で終了します」

 ふ、とため息とともに会議を終わらせた副隊長――エリシア・メイラーだけがこの隊の良心と言って問題はなかっただろう。
 エリシアは至って普通だし、ウィオとは違って仕事もきちんとこなしている。ルティカルのように無愛想でもなければ、リッソみたいにマイペースでもない。
 いつものようにデートに誘うゲイルをやんわりと突っぱねて、エリシアはウィオを起こしにかかる。母親みたい、とかかれたカードを、クレイマリアが指にはさんで振っていた。


***

「隊長のおまえが隊をまとめなくてどうするんだ、ルティカル」
「適材適所という言葉を知っているか」

 俺はまとめ役にはむいていない、とむすりとした顔でいうルティカルに、シリウスはまあ確かにな……と言いよどむ。何しろルティカルはリッソにからかわれ、ウィオには枕にされ、ゲイルには容姿でライバル認定されているし、クレイマリアはそもそも誰とも言葉を交わさない。
 ノートリウス隊にいる割には、隊長を蔑ろにするのがこの隊の隊員の特長と言っていい。シリウスもその一人だ。
 それでもまだシリウスが周りに比べれば優しいのは、ルティカルが同期の友人だからだ。
 エリシアとルティカル、シリウスは同じ頃に軍のとある部署に配属され、それからこの隊を任されている。

「まあ、あのメンバーの中じゃまともに指示できるのはエリシアくらいか。やたら懐かれてるしな」
「エリシアは私と違って優しいからな。隊長から鞭を受ければ、副隊長の飴が欲しくもなるだろうよ」
「俺の見込み通りだな。厳しくした甲斐があっただろう? ま、こっちのが手綱取りやすいだろうし」
「手綱は取りやすくなったが……結局、隊長の話は聞かないという現状は変わらん」

 初期はエリシアの言うことすら聞かなかったのだから、大きな進歩と言える。言うことを聞かせるために自らで憎まれ役をかってでたルティカルだったが、今は遊ばれているのもまあ良いだろう。シリウスのシナリオ通りに事を進めたから、隊員もエリシアの言うことを聞くようになったのだし。

「ともかく、明日に備えておけよ、隊長殿?」
「言われなくとも。――エリシアは寝たのか」
「ああ。いつも通り寝てるよ。明日はあくまで偵察とは言え、回復役がいないとキツいからな」

 この隊はバランスが悪すぎる、とシリウスは肩をすくめる。ノートリウス隊にはエリシア以外に、他者を回復できる術を持つものがいないのだ。ルティカルは自己回復を身につけているが、それだって他者には使えない。スピードと攻撃力に偏った能力を持つ者しかいないノートリウス隊には、エリシアの存在は絶対不可欠だった。
 
「まあ、明日の作戦はエリシアがいれは絶対に成功するからな」

 そういう風に組んだ、とシリウスは軽く笑って、ルティカルの部屋を辞す。

「おやすみ」
「ああ」

 ぱたりとしまった扉に一瞬目をやって、ルティカルも就寝準備を進めた。


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bkm


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