バイオレンス童話パロ:赤ずきん
 がちゃん、と背後で重々しい音がした。
 それは例えるなら、二度と開けてはならない扉に錠をするような音であったし、それを開けるような音でもあった。
 後ろを振り向こうとして、彼はそれを押し止める。今はそんなことをしている場合ではない。早く逃げなくては。

 彼は、背後で聞こえたそれが、猟銃と言うには“あまりにも凶暴すぎる”二丁拳銃に弾を込めた音なのだと知っている。




 昔、今よりずっと昔の話だ。
 とある国の東に広がる大きな森の中に、魔法を使う一族がすんでいたという。
 その一族の一人を見初め、とある国の王子は森に住んでいた民の娘をなかば無理やりに結婚相手とし、その話は美化されて後世へ伝わる。
 その王子が王となり、世継ぎが産まれ、その子もまた王となり、歴史は浅く、広く、幾度も王を産み出した。
 その繰り返しに終止符を打ったのは、ある日、城で行われた舞踏会に出席した、一人の娘だ。
 結婚指輪代わりにと渡されたガラスの靴を叩き割り、求婚した王子に啖呵を切って、城から出ようとしたその娘。
 あまりの暴れぶりに国内では話題騒然、面子を潰された王子は怒り狂って娘を処刑──


「出来たらよかったんだがな」
「あらあら、出来なかったの、お父様?」

 深くため息をつき、白髪の混ざり始めた鳶色の髪をくしゃりとかいた初老の男性。装飾こそ控えめではあるが、質の良さが布の光沢から伺い知れる、深緑色の外套を着ていた。それをみれば男性がどれほど高い位についているのか容易に知れる。

 そして、その向かい側には可愛らしいほほえみを浮かべた少女がいた。彼女は、柔らかく巻かれた栗色の髪を揺らしながら、優雅にティーカップを傾けている。深く品のある真紅のケープは、裾を縁取るレースまでもが繊細で美しい。

「出来ていたらお前は産まれていないぞ」
「うふふ、それもそうね! わたくしは【復讐の魔女】のお母様と、【魔女に魅入られた王】のお父様の娘! 愛憎の結晶というわけですのね!」
「“愛憎”ではなくて“愛情”の結晶だ」
「一、二文字違うだけではないですか、お父様? どうせたいして変わらないわ」
「大いに変わるだろうが!」

 はあ、と深くため息をついてから、親子そろって無茶苦茶だ……と男性は呟く。それににこにこと楽しそうに笑いながら、「わたくしはお母様の娘であり、お父様の娘でもありますのよ」と少女は歌うように紡いだ。
 「親子そろって」と男性の真似をするように続け、にこりと笑った娘に、「嫌みなところまであいつに似てきたな」と男性は眉間にしわを寄せる。

「それより“国王陛下”? このような森の薄汚れた小屋などにいらして──問題はありませんの?」

 完璧に計算し尽くされた仕草。誰よりも可愛く見えるであろう角度で傾げられた首に、男性──王が、ぐ、と押し込めたような声を出す。

「問題なら山積みだ。“どこかの王女”が手練れの兵士を出し抜いて、国の東に広がる森に住み着いたあげく──猟師をしているという話だからな!」
「あらあらまあまあ。どこの王女様ですの? そのような方がこの世にいらっしゃいますのね!」
「お前のことだ!」
「いやあね、お父様。わたくし、猟師などではございませんの。狩人ですのよ」
「対して変わらん!」
「猟師より狩りに生きておりますわ」
「尚更悪い!」
 
 いけしゃあしゃあと父親をおちょくる娘に、父親の眉間のしわが深くなる。浮き上がってきた血管は今にも切れてしまいそうだが、切れたら切れたで好都合だと少女は思っていた。
 城の中にいるより、森の中の方が気が楽だ。城は大体のものが望めば手に入るけれど、娘が一番求めてやまないものは手に入らない。
 それを求めて森にきたのだから、今更、城に帰されるわけにはいかない。

「娘が狩人だなんて、そんな危ないことを許す親がいると思うのか?」
「お母様は『好きに生きると良い』と仰ったわ」
「……そんな危ないことを許す『普通の』親がいると思うのか?」
「お母様が『普通』じゃないみたいな言い方ですのね」

 概ね同意見ですけれど。

 年齢の割には淡々と呟いたその少女は、大きくみても十と二つ、くらいの歳に見える。小柄な身体に幼さの抜けない顔を見るあたり、十を少し越えたか否か、というところだろう。親が心配するのも、無理はない年齢だ。

「お前の母親はな、この森の【魔女の一族】で一番力を持っていた女だったが──お前は違うだろう。魔女の魔力はお前には受け継がれていない。獣がうろつくこんな場所で、お前が生きていけるとはとても思えないんだよ」
「でも、お母様は今でも元気にこの森を歩き回ってらっしゃいましてよ」

 魔女の魔力。それは、子を成せば子に受け継がれ、母からは魔力は失われるのだという。少女の母の魔力は、少女の兄である穏やかな王子へと受け継がれた。
 そのこともあって、母親はしようとしなかった『魔力の平和的活用法』が、かの王子になら出来るのではないか――と王国内ではもっぱらの噂だ。

 ――魔力を失えば、魔女とてただの女。恐るるに足りず。

 この通説、この世の理、この世の絶対的法則――を覆したのが少女の母親であり、今現在その母親はこの広大な東の森を歩き回って、女王とは思えぬほどの逞しい振る舞いを見せていた。
 そもそも、もうそろそろ四十にかかろうかという歳であるにもかかわらず、いまだにかつての美貌と若さを保ち続けているのだから、魔女とは末恐ろしい。
 美魔女とはこのことか。

「お前の母親は別だ」
「またお母様ばかり別物扱い。狡いわ、お父様」
「好いた者を別物扱いするのは当然のことだろう?」

 年相応に唇をとがらせ、不満を口にした少女に、男性は余裕たっぷりの表情をする。ますます不服そうな娘に、「帰るぞ」と男性は優しく声をかけた。

「私も、ジャックも心配しているというのに」
「ジャックお兄さまが? ――あの人、豆を空まで成長させることにしか興味ないじゃないの」
「それもこれも飢えに喘ぐ者がいないように、とのジャックの研究じゃないか。私たちの国は昔ほど豊かではないからな」
「だったらなおさら森にいます。亡国の姫君なんてごめんだわ」
「まだ滅びなどしていない!」
「じゃあ私が滅ぼすわ」

 そうすれば帰る場所もなくなって丁度よろしいわ。にこりと笑って言い放った娘に、男性が深くため息をつく。

「お前もお前の母も、暴力的でいけないよ――魔女の血を引く者は皆こうだとでもいうのか」
「ただ単に性格の問題ではありませんの?」
「冷静に返す思考を持っているのなら、是非自国を滅ぼすなんて恐ろしいことを考え直して貰いたいものだが」
「お父様がもう私にあれこれ言わないというのなら考えますわ――私、お姫様より狩人がしたいのよ!」
「ならん! 狩人の息子とてその歳では弓も持たぬだろう!」
「憶測で物を言わないでちょうだい、お父様! お父様は王族だもの、狩人の息子のことなんてわからないでしょう!」

 十に満たなくとも弓くらい持つかも知れません。きっぱりと言い切った少女は、壁に掛けてある猟銃を指さす。
 物騒なそれを視界に入れて、男性は眉間に深くしわを刻み込む。王であろうと無かろうと、大切な娘がそんな物騒な物を扱うなんてことは認めたくない。それはあたりまえだ。銃は暴発の危険性だってあるし、狩人が狩る立場にあるからと言って、“狩られない可能性”がゼロだとは言えないのだから。

「もっとも、私の得物はもう少し――」

 音もせずに立ち上がり、少女は優雅に壁に掛かった猟銃の方へと歩いていく。それを手に取るのかと男性が諦めながらも見ていれば、少女はそれをせずに自分のスカートに手を突っ込んだ。太腿まで撫でるように手のひらをあげて、それからスカートを跳ね上げるように手を布の中から引き上げる。白い太股にがっちりと取り付けられていたのは、茶色の革で出来たホルスターだ。それが両足に一つずつ。そこから取り出されたのであろう黒金の拳銃は、少女の両の手のひらにしっくりと収まっていた。

「――物騒ですけれど」

 言い終えて、少女は拳銃の銃口を父親に向ける。微動だにしなかった自らの父親に、少女は楽しげにくすくすと笑った。

「そんな怖い顔をなさらないで! ねえお父様、きっとお父様も私の狩りの腕前を見たら、きっと認めて下さると思うの」
「――とはいっても、危険なことに変わりないだろう! 何度も言うが、お前はただの娘だ。母と違って魔女だったわけでも、兄のように魔力を継いだわけでもない。――私と同じ、ただの人間だ」
「けれど、“ただの人間”であるお父様は、一人の魔女を見事射止めましたわ。私の母であり、最強最悪との呼び声高い【復讐の魔女】を!」

 ならばその娘である私に、射止められぬものなどありはしません。

 狩人など適職ではありませんか。そう大まじめに言い放つ娘に、目も当てられないといった様子で男性は顔を両手で覆った。今更ながら、結婚する相手を間違えたのかとも思う。魔力は継がなかったけれど、気性の荒さはしっかり受け継がれたと言っていい。

「――わかった。……お前の狩人としての功績が、私を十分に満足させられる物なら、狩人としても生きることを認めよう」
「あら。仰いましたわねお父様? 後々に約束を違えるなんてこと、しないでくださいましね?」

 自信満々に微笑む娘に得体の知れない物を感じながらも、王は頷いた。幾らこの娘とは言え、せいぜいは狐程度だろう――そう考えていたからだ。
 それではさっそく――と、別の部屋へと向かった娘の背中を見ながら、王は特大のため息をつく。
 森に“赤ずきん”なんて可愛らしい名前の猟師がいると聞いたのはつい最近のことで、それが行方不明中の自分の娘だと気づくのに時間はかからなかった。
 心配はしていたが、その一方で無事だろうという確信もあった。なにせ、あの【復讐の魔女】の娘だ。一筋縄ではどうにもならないことくらい、身を持って知っている。

 けれど、そんな娘になれていた父親といえど――別室から娘が引っ張ってきた“それ”には、度肝を抜かれざるをえなかった。
 娘が引っ張ってきたのは、黒銀の毛が美しい狼――否、狼男であったのだから。
 
「お……お前、それは……」
「【ワーウルフ】ですわ、お父様。先日狩ったのですけれど、あまりにも愛らしいので愛玩動物にすることに決めましたの。美しいでしょう?」
「お、 “お父様”……? じゃ、じゃあ、あんたはこの娘の父親かっ!? よかった、あんたはまともそうだ――なあ、この子にいって俺の首から首輪をとってくれよ……確か俺には尾も狼の耳もあるけどよぉ……人扱いしてくれよ……二足歩行なのに……」

 目の前で今にも泣きそうな、成人男性に狼の尾と耳をくっつけたようなかたちをしている狼男は、森で一番恐れられるはずの種族だ。その姿は凛々しく、その強さは人とは比べものにならないときいている――のだが。

「あらぁ? あなた私の犬でしょう? 犬はしゃべってはなりませんわ。わん、と仰いなさい。わん、と」
「わ、わん……ぐすっ」
「泣くんじゃないのよ。男でしょう」
「やめなさい。狼男とはいえ人だろうが」
「あらでも、この人ってば私を襲おうとしたのだもの。私が命を取らなかっただけでもありがたいと思っていただきたいものよ」
「だってまさか――まさか、この子があの悪名高い“赤ずきん”とは思わなかったんだ! こんなに小さな子が……!!」

 ふふふ、と怪しく笑った娘を横目に、話してみなさいと男性は優しく狼男の成年に声をかける。涙で目を潤ませながら、狼男は語り始めた。

 最近、“赤ずきん”と呼ばれる猟師がいること。
 その猟師はその名前に似合わず、非常に危険だということ。
 狙った獲物は決して逃さない、死の使いであること。
 その頭巾が赤いのは、すべて獲物の血で染まったからだと言うこと。
 森で出会ったら終わりだと、森で生きる全ての生き物に語り継がれていること。

「……つまり、それがこの子だと」
「そうだよ! そこにいる女の子がその“赤ずきん”なんだ! なんて厄介な生き物を生み出しちゃったんだよ、あんたとその妻は……!」
「――すまない、どう謝ればいいものか……」
「謝らなくて良いから首輪をとってくれ! ついでに城に戻ってくれよ……」

 今やもう泣き出している狼男に、少女は呆れた視線を送る。

「私の功績はこの方から聞けましたでしょう、お父様?」
「功績というより悪行だろうが……なおさら森にはおいておけん。狼男さんも困っているじゃないか」
「あら。私のおかけで森に平和がやって参りましたのよ? 私の許しなしに狩りを行うことはなりません、と全ての種族に通達致しましたもの」
「あんたは気の向くままに狩るけどな!」
「お黙りなさい」

 冷たくにらまれ、狼男が萎縮した。

「赤ずきんが狼を飼い慣らすなど――そんな馬鹿な話があるか……」

 しかも、それが実の娘である。
 あんまりにもあんまりすぎる現実に、王は呆然と呟いた。

 まずは、狼男の首輪をはずすことから始めねばならないだろう。


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