彼にまつわる謎

*彼にまつわる謎

「……おや」

 珍しい、と呟いたラークスに、クルクはほんの少しだけ微笑んだ。
 ラークスの赤い瞳と、クルクの青い瞳がひたりと合わさる。
 
「こんにちは。――もしかして、今の時間はご迷惑でしたか」
「いえ。……私はヒトやあなた達と同じ時間帯で生きているから、問題はありませんよ」

 家をわざわざ訪ねてきたクルクに薄く笑みを浮かべて、ラークスは家に入るようにと促した。春にふさわしい穏やかな暖かさが、クルクとともにラークスの家へと入り込む。
 何の気なしに外に目をやってから、良い天気だなとラークスはぼんやりと思った。
 ――あとで、菜園のハーブを見に行かなくては。

 客間にクルクを案内し、ラークスは自家製のハーブティーを用意する。その間、何故クルクがわざわざこんな山奥にきたのかと考えていた。
 なにしろ、普通に考えればクルクとラークスは親しくなるはずがない。吸血鬼であるクドラクいう種族のラークスに、吸血鬼を退治することを運命づけられたクルースニクのクルク。二人は殺し合うことはあっても、のんびりとお茶をするような間柄ではないはずだ――。

 そこまで考えてから、それも違うとラークスは首を振った。クルクは確かにクルースニクだが、その一方でクドラクでもあった。そのややこしい体質に関してのことで、ラークスの弟を通じてラークスとクルクは知り合っている。

「愚弟が何かしたのでしょうか」
「いいえ。――寧ろ、ニックに助けられました」

 三拍子揃ったクズの弟が何かしでかしたのだろうとクルクに聞けば、クルクは柔らかく笑ってそれを否定した。表情がずいぶん変わったな、とラークスは目を細める。
 一番最後に見たときの彼女は何だか張り詰めていて、余裕もなさそうだったのだが、今はどこか柔和だ。

「ほう? あの愚弟が」
「――ええ。下手したら死ぬところだったかもしれなかったんですけれど……」
「たまには役に立つときもあるのか」
「ふふ」

 あんまりなラークスの言葉に、クルクは困ったように笑った。ラークスに事情をかいつまんで話せば、ラークスは表情を変えずにハーブティーを口に含み、「クルースニクも大変だな」とだけ呟いた。

「今回ばかりは弟を誉めよう。まあ、普段から“女性を可愛がるのが俺の使命だ”だの何だのと言っているから、貴女を守るのは当然だったろうが」
「それでも助かりました。――恩を返そうと思ったのに、逆にまた助けられてしまって」
「貴女は随分律儀だ」
「そうでしょうか――ニック以外のクルースニクはみんなこうだと思いますけど。……あ、私、今日はそれで来たんです」

 この前は貴重なお話をありがとうございました。
 その言葉とともにクルクが取り出したのは、葡萄酒のビンだ。コルクがきっちりとしまっている上、ラベルを見るに相当な年代物だと言うことがわかる。

「おかげで、血を飲みたくなることもあまりなくなって」
「それはよかった。無駄に長く生きている身、お役に立てたのなら幸いです……だが、これは」
「――あの、正直なところ、お礼に何を贈れば良いのかわからなくて。まさか、血を持ってくるわけにもいかないでしょう」

 ワインなら無難かと思って。駄目でしたか?

 困ったように聞くクルクに、駄目ではないが、とラークスは唸った。

「贈り主の前でこんなことを話すのは良くないんだが――かなり高価だろう、この葡萄酒は」
「……そうなんですか。高価そうだとは思っていましたが、そこまで」

 きょとんとしたクルクに、買ったものではないのかとラークスは首を傾げた。
 貰い物なのです、とクルクは答え、「私は飲まないので」と申し訳無さそうに告げる。

「いらない物を処分させるようで心苦しいのですが……その、ニックに渡すのだけはやめようと思って」
「賢明な判断だな。あいつには見せない方がいい。――それにしても、これだけ高価な葡萄酒を贈られるとは」
「知り合いというか、居候先の吸血鬼の方から頂いてしまって。同じ物を二つ持っていたらしいのですが、一本開けたところで口に合わなかったから、と」
「ほう」

 貴女もあいつと同じ道を辿りそうだなあ、とラークスはまじまじとクルクを見た。吸血鬼の根城に居候とは。

「有り難く受け取っておきます」
「ごめんなさい」

 押しつけてしまって、とクルクが謝れば、飲んでみたいと思っていた銘柄ですから、とラークスはにこりと微笑んだ。

「私の話でこれほどの物を頂けると、少し後ろめたさを感じずにはいられませんが」

 どうもありがとう、とクルクの手のひらをとって、ラークスはそこに唇を落とす。
 あまりにも鮮やかで手慣れたそれに、クルクは目を丸くした。まるでニックのようだった。
 驚きで目を見開いているクルクに、ラークスがばつの悪そうな顔をする。

「すみません、昔の癖で」
「――む、昔、ですか」

 昔はどんな人だったんだろう。そう思わざるを得なかった。


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bkm


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