折れば折るほどドツボにはまる
「んー?」

 珍しくも困り果てている部下の手元を見やって、ルティカルは盛大に顔をしかめた。無言で頭をはたいてから、半眼で部下であるリピチアを睨みつける。報告書がぐちゃくちゃに折られて転がっていた。それも、何枚も。
 どこの世界に報告書で遊ぶ者がいるというのか。
 いや、ここにいるのだけれども。

「いったぁ……! 何するんてすか中佐! これは軍部内暴力ですか? それともアーミーハラスメントですか? アミハラですか?」
「得体のしれない言葉を作る前に、それをやめろ」

 くちゃくちゃになった報告書を指差したルティカルに、「これは使用済みですよう」とリピチアが膨れる。
 その頬に指を突き刺してやりたくなったが、多分それはセクハラになるだろうからやめておく。
 そもそも、報告書に使用済みも何もあったものではないだろうに。

「何をしているんだ、何を」
「筋肉馬鹿ばっかりで頭脳労働者のいない第11代ノートリウス隊の書類整理ですかね。頭が使えるのが実質私しかいないので。ほかは文字は書けてもまともな報告書作れないじゃないですか。中佐だって事実をありのままに書くし」
「報告書をありのまま書いて何が悪い」
「ありのまま書くから逃れられる責任からも逃れられなくなり、第二第三の書類――始末書がやってきて私の仕事が増えるんですよ。わかってます? 私の研究時間が書類と向き合うことで消えていくんですよ?」
「つまり私は間接的にこの世の平和に貢献しているということか」

 何しろ、リピチアの“研究”とは、複数の生物を組み合わせて新しい生物を創り出す――つまりは、合成生物に関するもので。虎に魚の持つ性質を組み合わせて、水陸両用にしたりだとか、鷹にライオンを組み合わせて神話上の生物を創り出すだとか――穏やかではない。
 おどろおどろしい生物を創り出すことを趣味としているリピチアだから、その研究時間を削るということはこの世の平和にも間接的に繋がっているはずだ。何しろ、彼女の夢は彼女の作った“合成生物”をこの世に解き放つことらしい……。

「中佐って本当頭堅いですよね! 部下の趣味の時間を奪って何が楽しいんですか!」
「何も楽しくはないが……せめてもう少し健全な趣味はないのか」
「何を以て健全とするのか、まずその定義からお願いします」
「――人に迷惑をかけない。生き物で遊ばない。世界を揺るがしかねないことはしない」
「それじゃあ私の趣味にならないですっ」

 つまりは、人に迷惑をかけるか、生き物で遊ぶか、世界を揺るがしかねないことでないとリピチアの趣味にはならないらしい。
 ルティカルは心から「悪趣味だな」と口に出す。
 悪趣味という言葉はきっと、リピチアの為に存在しているのだろう。

「――で、話は戻るが。何で書類整理をしていたはずのリピチア・ウォルター少尉は紙を折って遊んでいるんだ?」

 巧く話しをずらせたと思ったのにとリピチアは舌打ちをするが、この一癖も二癖もある癖だらけの部下の狙いに気づけないルティカルではない。この手は何度かくらっている。

「ちゃんとした国交なんですよー? ああほら、【和の国】から使者が来るでしょう」
「……ああ、極東の島国だったか?」
「そーなんですよ。その人たちの案内役を仰せつかりまして」
「は?」

 リピチアに案内役?
 嘘だろうと目を丸くしたルティカルに、私と同じくらい変な人たちらしいですよ、とリピチアがけらけら笑う。

「男性と女性の使者さんなんですけどねー。双子とかなんとか。で、お姉さんの方が“ヨウカイ”っていう生き物に興味持ってるらしくて。あ、無学な中佐にもわかるように言うと、ヨウカイは和の国のモンスターにあたる存在らしいですよ。で、“私の可愛い子ども達《キマイラ》”のなかに、そのヨウカイにそっくりなのがいるんですって。で、是非見たいから私を案内役にしろ、と」
「……そ、そうか」
「何だったかなー。ヌエ? みたいな名前でした。まあどうでも良いんですけど」

 その話と報告書を折ることに関連性が見受けられない、と呟くルティカルに、リピチアが「それはですねえ」とまた一枚報告書を折りながら説明し始める。

「ほら、和の国って紙細工があるじゃないですか、折り紙っていう――まあ、友好の印に折って渡そうかと」
「なるほど」

 国を知るには文化を知る必要があり、文化を理解したなら国との外交も多少はしやすくなるだろう。確かに、そういう面についてはリピチアは抜かりない。賢いのだ、基本的には。
 その賢さを上回って不安要素が存在するだけで。

「それで、さっきから“折り紙”の一番スタンダードな“鶴”を折ってるんですけど、なかなか巧くいかなくて――」
「……意外に不器用だったのか、君は」

 リピチアのデスクに転がっている紙は、確かに折られてはいたのだが――何をどうしたのか、折り方の手引きに記載されている“鶴”とは似ても似つかない。いいとこ鶏だとか、上半身がない人の足だとか、とにかく鶴には見えなかった。
 基本通りに折ればいいじゃないかとルティカルは白紙のメモを取り、手引き通りに紙を折っていく。数分の後に出来上がったのは、間違いなく鶴だった。

「ほら」
「あれー? 中佐に出来て私に出来ないはずは……何でだろう」
「基本通りではないからじゃないのか」
「うーん……」

 しばらくリピチアは無言で紙を折り続けていたが、出来上がるのはそろいもそろって鶴以外の何かだ。流石に大蜥蜴だか龍だかに似たものを作り上げたときは、別の方向でルティカルは感心した。それだけ器用なのに何故鶴が折れない。

「うーん……うーん? あ、そうだ」

 リピチアは適当に紙をグシャグシャと丸めると、それを一度開いてから指先で紙をなぞった。
 なぞる度に紙が勝手に立ち上がり、折れ、そして畳まれてから膨らみ、リピチアの指が動くのをやめると同時に動きを止める。
 そこに出来上がっていたのは、多少くたびれた感じのある“鶴”だ。ルティカルが折ったものと比べれは、明らかに何だか疲れている。一度丸めた紙で作ったからだろうか。

「折れた紙に“折り鶴”を【補填】してみました!」
「狡いやり方だな。やり直し」
「えー」
「……こういうものは実力で折るべきじゃないのか。和の国の者はそういう点に拘ると聞くし」
「やっぱりそれしかないですよねー。……あと三日しかないですけど、やってみます」

 珍しくやる気のリピチアに、それなら仕方ないとルティカルは早めの帰宅を許可した。仕事はいいから練習しておけ、ということなのだが、リピチアはそれをきちんと受け取ったらしい。
 リピチア個人の落書きだらけのメモ、そのほかいらない紙を引き取ってから、リピチアはノートリウス隊の執務室を出て行く。

「頑張って折ってみますねー」
「ああ」

 けれど、ルティカルは知らない。
 後日、和の国の使者二人が、折り鶴ではなくリピチアオリジナルの折り紙――龍を貰って感動していたことなど。




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bkm


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