銀に近い白の髪が、春風に吹かれて揺れている。
日溜まりの中には入れないからと、木陰でぼんやりとしているのは、年の離れた妹だ。冬場の生地よりは薄い、白のワンピースを身に纏って、なにをするでもなく庭を見つめていた。
名家と名高いメイラー家の庭には、色とりどりの花が咲いている。やわらかい日差しを花びらに受けて、風に菫がそよいでいた。
変わらないな、とルティカルは思う。
去年も一昨年も、その前の年も。多分、妹に物心がついてからずっと、この光景を見ている。この時期になると妹は何だかぼんやりとして、魅入られたように咲き誇る菫を眺め続けている。
妹の菫色の瞳に、菫の花が映り込むのはこれで何年目だろう。
やわらかい白のワンピースの裾が、木陰で佇む妹の白い足をくすぐっていた。
「ニルチェニア」
一声かけたが、反応はない。
夢中になっているというよりは、心ここに在らず、といった様子だから、ルティカルはこの時期になるとぼんやりとしだす妹に、毎年苦笑を漏らしている。
「ニルチェニア」
もう一度ちかづいて声をかけてみたが、やはりニルチェニアは菫に魅入られていた。
母親に持って行くように勧められた蓋付きのカップの中には、ニルチェニアが好む果物のジュースが、よく冷えた状態で入っている。
それを妹の首筋に押し当てるようにすれば、ちいさな悲鳴とともに菫色の瞳がルティカルの青い瞳をとらえた。
「……お兄さま」
「話しかけたのに気付かないから、な」
飲むだろう、とカップを手渡せば、ほんのりと嬉しそうな笑みで「ありがとう」と返される。妹のこんな風に笑うところが好きで、ルティカルはついついニルチェニアを甘やかしてしまう。
母親に持たされたカップは二つで、同じ蔦と花の模様が描かれているガラスのカップだ。模様は同じでも、濃い青色をしているのがルティカルのもので、ニルチェニアのそれは薄紫色だ。
薄く、儚い春の色。
しばらく口を付けることもせずに、ニルチェニアはぼんやりとカップを見つめている。中に入っているのは透明な薄桃色の液体で、何かあったのかとルティカルもニルチェニアの手元を見つめていた。
「ねえ、お兄さま、お願いがあるの」
「何だ?」
普段滅多に人に頼みごとをしない妹だ。
何かと思って望みを問えば、ニルチェニアはちょっと笑ってルティカルの青い模様の入ったカップを指差す。
「あのね、たまにはそっちで飲んでみたいの」
「味は変わらないぞ」
「知ってます。……だめですか?」
ほんの少し残念そうに見上げてくる妹に、駄目などと言える兄ではない。君が望むなら、とカップを交換して、それから二人して芝生に座り込んだ。
目敏い世話係がいたのなら、あまりいい顔はされないようなことだけれど、二人の母は“たまには自然に囲まれてみるのも良いわよ”と笑って送り出したから、これでいい。
妹のカップで飲んでみるジュースは、なんだかいつもより甘い気がした。
ルティカルの隣では、ルティカルのカップを手にした妹が、どこか幸せそうに薄桃色を飲んでいる。
――春の色だなあ。
カップに入ったジュースの色も、風になびくワンピースも、妹の瞳の色も、よく似た花壇の花の色も。
「お兄さま」
「なんだ」
「しあわせね」
ちょっと年相応に微笑んだ、大人びた妹の幸せそうに色づいた頬が、一番春の色をしていた。