赤いジャージと双子
 ひゅう、と木枯らしが吹く。
 寒いなぁ、と誰に聞かせるでもなくつぶやいて、ジャージの袖に手を引っ込めた。引っ込めたままそれを口元に持って行けば、袖からなんとなく埃っぽいにおいがする。
 何でこんなに寒い日に球技大会なんか、と思いながら、ソフトボールをだらだらと続けるクラスメイトに手を振る。
 学年ごとに決まっているジャージの赤色が、なんだか空々しい。一年生の赤も、二年生の青も、三年生の緑も関係ないほど、生徒たちは寒空の下、やる気もなくだらだらと競技を続けている。
 本当なら暖かい教室の中で、まあのんびりとしていたいところだけれど、クラスメイトの友人の応援にわざわざ外にでるのも、付き合いというやつだ。
 かじかんでくる手のひらに息を吹きかければ、あかくなってきた指先だけがじんわりと熱を持つ。それすらも再びの木枯らしに吹かれて、またどこかへと消えてしまう。


「うー、あーっ……さむ」

 これじゃあ、せっかく室内競技のバレーボールをとった意味がない。体育館も寒いけれど、ここよりは遙かにましだ。
 だらだらと続くソフトボールに舌打ちを仕掛けたところで、ばさりと頭に降ってくる何か。
 視界が赤い。ほのかに暖かいし、なんだかいい匂いがする。

 ――んん? 

 頭に被さってきた何かを確認する前に、なんだかハスキーで中性的な声が降ってきた。

「しばらく着てて」

 見知らぬ女子――いや、男子、か?
 男子にしては少し長い気もする黒髪はまっすぐ一本に背中で結わえてあって、けれど女子にしては背が高い。
 女子なら失礼かなと思いつつも、胸のあたりを確認し、そこに膨らみがないことを見て取って――男子だな。

「あの、でも」
「次、サッカーなんだ。運動したあとって汗かくでしょ。急激に体冷やすの良くないから――暖めておいてよ。着てて良いから」

 被せられたのは赤いジャージ。
 同学年らしい。ジャージに縫いつけてある名前は“高月”で、この学校で有名な双子を思いだした。

 ――あ、高月くんってこの人か。

 まだ一年生だというのに、“高月双子”は学校内でも有名だ。姉である高月凛音、その弟である高月悠斗。生徒数だけはやたらに多いこの学校だから、凛音にも悠斗にも会ったことはないが、その噂は耳にしている――というか、この学校にいてその名前を見たことのないものはいないんじゃないだろうか。
 期末テストといい校内模試といい、高月双子は揃ってトップを取っていたし、頭脳だけではなくて運動も得意らしい。弟の悠斗は剣道部に所属しているとの話だが、小学校から中学校まではサッカークラブに所属し、サッカー、野球、その他諸々のスポーツもお手の物とか何とか。
 天は二物を与えず、なんて大嘘だよね、と思わざるを得ない。
 姉の凛音も弟と同じくらいに有名で、やはり文武両道、ときいている。

 同じ年齢のはずなのにすごいなあ、と思いながら、ジャージを貸してくれた“高月くん”にありがとうと言えば、「あとで返して貰うからお礼なんていらないのに」とくすくすと笑われる。
 角度によっては女の子にも見えるような顔は、やっぱり天から与えられた幸福なのだろう。ソーダ水みたいな、爽やかで綺麗な顔をしていた。

「じゃーね。女の子は体冷やすと良くないよ」

 極々平然とそう紡いだ“高月くん”は、そのままクラスメイトの方へと走っていく。赤いジャージのズボンに、白い半袖体操服だというのに、ぜんぜん寒そうなそぶりはなかった。

 ――高月くん、かあ。

 かっこいいなあ、と思う。
 どこか大人びているし、かといって背伸びしている感じもないし。
 友達の応援をそっちのけで、ついつい見始めてしまったサッカーは、寒さがぶっ飛ぶ程にすさまじかった。
 サッカーのルールなんか全然知らないけれど、相手チームの大半の選手にまとわりつかれながらも、軽々とゴールを決めてしまうのは、多分凄まじいに違いない。
 他の競技と違って、ここのサッカーだけが異様に白熱している。
 “高月くん”はフィールドを駆けめぐって、味方に次々とパスをしては、味方から貰ったパスでゴールを決めている。
 
「あ、すご」

 今更だが、相手チームのジャージの色は緑だ。つまりは三年生。
 三点取ったらハットトリックだっけ、などと思っていれば、試合は呆気なく終わり、クラスメイトとハイタッチをしながら“高月くん”がやってくる。
 なんとなく緊張しながら、ありがとう、とジャージを渡せば、「今暑いからまだ着ててよ」とにっこりと笑われた。

「えーと、立川さん?」

 ジャージに縫いつけてある名前を読みとったらしい。
 名字とはいえ名前を呼ばれて、不覚にも胸が高鳴ったのは仕方のないことだと思う。

「あ、はい」
「何の競技?」
「バレーボール」
「そっか。何組?」
「A組です」

 じゃあA組の試合の時にそっちにいくから、それまで着ててよ。

 そうあっさりと笑って、“高月くん”は小さく手を振る。え、それまで着てていいの、と間抜けな顔をして聞けば、「バレーボール頑張ってね」と答えにはならない返事。
 結局、そのまま“高月くん”はクラスメイトと連れだって姿を消し、試合の時になってもやってこなかった。


***

「というわけで、高月くんのF組まで一緒にきてくれない?」

 貸して貰ったジャージはきちんと洗って、私は高月くんのクラスまで届けに行くことにした。借りっぱなしも悪いだろうし、何より使うだろうから。
 一人で行くのは何となく心細くて、友達に付き添いをお願いしたら、なんとなくニヤニヤされながら二つ返事でOKを貰う。

「いいよー。ふーん。何か羨ましいなー。高月くんにジャージ貸して貰ったんだ?」
「良く分からないけど凄い良い人だったよ。なんか遊び人っぽいって言うか女の子の扱いなれてます! みたいな感じだったけど」
「え、そう? 私が見たときは滅茶苦茶硬派っぽかったけど。剣道部だし」
「今時○○部だから! っていうのはそうそう無いんじゃないの? 野球部の坊主とサッカー部のチャラさはおいておくとして」
「あー、高月くんサッカークラブ所属だったんでしょ? だからチャラいんじゃないの」
「かなあ」
 
 全国のサッカー部とサッカークラブの人には怒られそうだけど、あんまり間違ってもいないと思うんだよね。
 
 のんびり話しながらF組へと向かい、“高月くん”を呼んで貰うお願いをすれば、やってきたのは――全く見覚えのない男子だ。
 え、誰、と目を瞬かせていれば、やってきた“高月くん”も同じ反応をしている。

「……誰?」
「え、ええと――高月くん?」
「うん。高月悠斗」
「――あれぇ?」

 何だろう、と言わんげに見てくる“高月くん”に、私はどうしたらいいのと困ってしまう。友達の方も不思議な顔をしていた。
 この学年に高月なんて名前は彼と、彼の姉しかいないはずだ。じゃああの男の子は、と考えたところで、“高月くん”は私の持っていた紙袋の中の、赤いジャージに目を付けた。

「あ、もしかして“立川さん”?」
「そうです」
「ああ――じゃあ、その中身俺が預かっとく。これ、凛音のだ」
「りんね? あ、お姉さんの凛音さん?」
「うん。立川さん”って女の子にジャージ貸したは良いけど取りに行くの忘れてたって聞いてる。ごめん、こんなとこまで。でも何で俺に? I組だろ、凛音」

 まさかお姉さんを男だと思いました、何て言えずに苦笑いをしていれば、悠斗くんはふっと口元に笑みを浮かべた。

「はは。間違えても仕方ない。女子らしくないから」
「ごめんなさい……」
「本人も分かっててやってるから良いんじゃないかな」

 面白そうにくすくすとわらう悠斗くんに、私は凛音さんの面影を何となく見つけた。
 



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