連行されるサボり魔
警戒心をもて


「せんぱい」

 どこか必死そうに甘える声を耳にして、俺は無視を決め込んだ。どうせ碌な話じゃないし、何より俺は忙しい。
 背後に耐えるような気配を感じたけれど、俺は淡々と作業を続けた。

「せんぱい」

 また甘えるような声。でもしらない。

「せーんーぱーいー!」
「うるさい」

 ついに騒ぎ出した後輩の頭に手刀を落として、俺は舌打ちしながら後ろにいた後輩を見つめ直した。

「……なんなの」
「見て分からないんですか?助けて下さい!」

 石南花にうまっている後輩は、にへらと気の抜けた笑みを浮かべた。両手に花。もとい両手に石南花。カーネーションや薔薇でもなく、あえての低木である石南花をチョイス。何考えてんだこいつ、と俺が後輩を凝視したのは仕方がないことだと思う。石南花の花のついた枝を持ち歩くのが楽しい年頃なのだろうか。

「どう助ければいい? 今、俺草刈り鎌持ってんだけど。お前の頭はねるか? 絶望的な弱さの頭の支配から、肉体を助けられるかもしれない。」
「多分それやると先輩は法律的に助かりませんし、私は生命的に助かりません」
「切ったとこから頭は生えてこないのか」
「プラナリアと一緒にしないで下さい。第一それだと私の肉体は何時まで経っても頭の支配から助からないじゃないですか」

 どうでも良いこといってないで助けて下さい。
 後輩のくせにえらそうなそいつは、草刈りをしていた俺のとなりに、わざわざそのトチ狂った量の石南花を落とした。
 枝と花と葉と。瑞々しい植物の匂いだ。あまり好きではないのだが。

「で、これどうすんの。焚き火? 焚き火するには早すぎるけど」
「焚き火じゃないですよー! もう寒くないじゃないですか! これ、花束にしたくて!」
「これ?」

 足下の石南花を指さす。
 憎たらしい後輩はにっこりと笑った。
 だから低木だって。持ってくるならカーネーションあたりにしろよ。

「OK、高崎。花束に向いている花はな、枝じゃなくて茎がついてる奴だよ。俗に言う草花。低木持ってくる馬鹿はお前くらいだ」
「低木でも先輩ならできるかと思って!」
「できねーよ」

 そもそも高校の園芸部程度の人間に、花束を作るという花屋の仕事をさせようというこいつはおかしい。
 プロの手仕事で美しく包んでもらいなさい、とそっと高崎の背を押せば、プロじゃだめなんですと返された。

「何で」
「プロなら多分、安全迅速的確に花束作っちゃうじゃないですか!」
「そんな工事の指針みたいな単語をつけられても花屋は困ると思うぞ」
「いいんですよ。私は安全迅速的確な花束なんて求めてません。欠陥ボロボロ手抜き工事の花束を求めてます」

 真剣な顔の高崎に、何でそんなモノが欲しいのかと問えば、実にくだらない答え。

「あの数学の先生に仕返ししてやろうと思って! あいつ私の馬鹿さ加減に関する公式までつくってくれやがりました」
「その数学の先生を俺は知らないが、実に優秀な方であるということは理解できた。で、何で花束」
「菊の一輪挿しだと虐めっぽいじゃないですか。適当に包んだ石南花の花束なら枝折りっぱなで危険だし棘でも刺されば儲けモノ、机においてあっても違和感が──」

 高崎がふと口を閉じた。
 何事かと俺が高崎を見ていれば、俺の後ろからそれはそれは楽しそうな声が降ってくる。

「どーも高崎さん? 先生に花束贈呈してくれちゃうって?」

 でも違和感バリバリだと思うぜ、とにっこりと笑いながら、長身の中年男性が高崎の頭を鷲掴みにした。
 ああ、この人かと俺はその男性を見て高崎に同情する。
 一見優しそうに見えて、かなりエグいタイプらしい。とくに授業を寝て過ごす高崎みたいなのには。

「俺の補習サボって呑気に枝折りたァ、良い度胸じゃねえか」
「先生、これも園芸部の活動で……」
「そーかそーか。部長さん、こいつ、借りてって良いか」
「どうぞ。ああそうだ高崎」

 恐怖に引きつった笑みを浮かべる高崎に、俺はにっこりと笑った。

「園芸部の部長らしく良いこと教えてやるよ。石南花の花言葉は“危険”と“警戒心をもて”だ」
「危険真っ只中なんですけど」
「警戒心も持たずにこんなとこほっつき歩いてるから俺に見つかるんだよ。サボった分だけ苦しんでもらうからなァ?」


 先輩、助けて下さいと本日何度目かのそれを耳にしたが、俺は何も聞かなかったことにした。


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bkm


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