似たもの兄妹
 よく晴れた日だとニルチェニアは思う。まだ夏にはなっていないが、春とも言えぬような──そんな季節だ。これからだんだん日差しが強くなるのだろうな、と考えて、ニルチェニアは少しだけ諦めたように笑う。そんなニルチェニアの表情が気になったのか、ニルチェニアの隣を歩いていた娘が、ニルチェニアの顔をのぞき込む。──娘と言ったって、ニルチェニアと同い年だ。白いトレンチコートの裾がひらりと揺れる。

「どうしたんですか、ニルチェさん」
「あまり、大したことではなくて。──もうそろそろ、日が強くなる季節だなあ、と」
「そうですね……これから、暑くなる季節ですね」

 ニルチェニアが持っている色素は、通常の人間より少ないことを白いトレンチコートの娘は知っていた。だから、日差しにあまり当たらない方がよいことも知っている。
 けれど、それにまつわったいざこざがつい最近あった、と、知り合いやら兄やらに聞いていたから──それを直接口に出すのははばかられた。ニルチェニアは気にしないかもしれないけれど。代わりに別の言葉で会話を濁す。風が吹いて、ニルチェニアの銀髪に見える白い髪を揺らした。
 菫色の眼がゆるりと動いて、トレンチコートの娘の、薄い赤紫色の眼を見つめる。同じ紫としてくくるには、青と赤の色の違いがはっきりとしたそれ。

「リシアさんはコート、暑くないですか」
「はい。今日くらいの気温なら、気持ちがいいくらいです」

 そう、と微笑むニルチェニアは、白いワンピースに薄い藤色のカーディガンを羽織っていた。春めいた服装だ。
 ニルチェニアは、吹いてきた風に揺れるリシアの髪色を見つめて何だか優しい顔をしている。何でだろう、とリシアが首を傾げれば、ニルチェニアはふふ、と小さく笑っただけだった。
 同い年と聞いているけれど、リシアにとってニルチェニアは少し不思議な女の子、だった。探偵をしていると聞いているが、普段のニルチェニアからはそんな様子は見られない。

「クレープを食べませんか、リシアさん」
「あ、美味しそうですね」

 お互いに敬語で話してはいるけれど、リシアとニルチェニアはこうして、たまに一緒に出かけるほどに仲がいい。ニルチェニアの養父であるユーレと、リシアの兄であるハイドが懇意であるせいもあるし、ニルチェニアと恋仲であるフルルシアと、ハイドが兄のような父親のような──何とも言えない仲の良さがあるせいでもある。更に言うなら、ニルチェニアの兄とハイドも仲がよいのだが──それは色々と、問題があるから口には出さない。
 世の中って意外と狭いな、とリシアは思う。リシアと仲のいい人はだいたい、リシアと懇意の人とも仲がよいから。

 ニルチェニアはリシアを連れてうろうろと街中を歩き、適当な店を見つけてリシアを引っ張っていく。控えめではあるけれど、リシアを引っ張っていくあたり、ニルチェニアはニルチェニアで子供っぽいのかもしれない。

 ──甘いものが好きなのかな。

 よく考えれば、リシアがニルチェニアについて知っていることは少ない。好きな色が白や紫、好きな花は菫、背が低いからヒールの高い靴をよく履くということくらい、だろうか。
 それでも仲がいいから不思議だ。

「何にしますか、リシアさん」
「うーん……」
「私は苺にしようかチョコレートにしようかで迷っています」

 ──きっと、探偵として謎を解くときもこんな顔してるのかな。

 苺にしようかチョコレートにしようかと悩んでいるニルチェニアは真剣そのものだ。やっぱり甘い物が好きなんだろうとリシアは笑って、店員にチョコレートのクレープを頼む。
 あ、とニルチェニアが声を漏らした。

「ニルチェさんは苺。半分こしましょう?」
「……はい!」

 嬉しそうに笑うニルチェニアは、何だか同い年には見えない。フルルシアといるときも、また自分の兄であるハイドといるときも、もっと大人びた顔をしているのに。
 自分しか見ないニルチェニアの子供っぽいところは、何だか“特別”と言われているようでこそばゆい。
 ニルチェニアは苺のクレープを店員に頼み、二人して店員からクレープを受け取った。苺とチョコレート、味は別々だけれど。
 
 仲良しなお嬢さん達にサービス、と一言笑って、店員の男は二人のクレープに苺を一つのせた。
 少し驚いたらしいニルチェニアに、「女の子の笑顔をみるのが俺の仕事だから」と店員の男はくすくすと笑って、手をひらひらと振る。
 どこかで見たような、とリシアは店員の男を凝視して、ああ、と思い出した。ニルチェニアの兄に似ている。
 銀髪も、青い瞳も。だからこそ、ニルチェニアは少し戸惑ったのだろう。兄とフルルシアから“ニルチェニアとその兄に起こった出来事”をきいたリシアからすれば、ニルチェニアが少し身構えるのも無理はない気がした。
 それでも店員の男にありがとう、と告げたニルチェニアに倣って、リシアも感謝を述べる。良い午後を、と店員はのんきに笑った。

「半分どうぞ」
「私のも」

 チョコレートと苺、交互に食べ歩きながらニルチェニアとリシアはよくはれた街角を歩く。
 甘いクリームと苺の酸っぱさ、チョコレートの濃厚な香りが友人との午後を特別な物にしていく。

「あ、そこの二人」
「美味しそうなクレープだね」
「甘いもの好きなの?」

 にこにこと笑う男が三人。
 ああこれはいわゆるナンパというやつなのでは、とリシアはクレープから口を離して思う。兄からよく聞いている。ナンパされてもついて行くな、と。

 ──言われなくてもついて行かないんだけどなあ。

 ニルチェニアと言えば、男にも構わず苺をかじっていた。毎度のことながらマイペースだ。興味がないとも言うのだろう。
 フルルシアから、「ニルチェさんてば俺より謎の方が好きなんじゃないかなあ」と心配する必要のない相談をたまに受ける。
 リシアからみれば、ニルチェニアは謎よりもフルルシアの方を好いているように見えるし、実際に今日だってフルルシアとおそろいのキーホルダーを買っていた。耳に紫色のリボンをつけたうさぎのぬいぐるみがついたそれは、まあ成人男性が持つにしては少々可愛すぎる気はするけれど、フルルシアはニルチェニアから貰った時点でそんなことは気にしないだろう。
 全くお揃いというのも恥ずかしい、とニルチェニアが照れるから、リシアは笑って白と黒のうさぎを彼女の代わりに選んだ。白がニルチェニア、黒がフルルシア。
 黒なら男が持っていてもあまり問題ないだろう。可愛いけど。

「ねえ、二人とも無視?」

 クレープを食べるニルチェニア、別のことを考えていたリシアに、じれたように男が口を開いた。
 ニルチェニアは今きた道を指さして、「クレープならあそこで売っていました」と淡々と返した。多分男達が求めた答えとは違うだろうが、ニルチェニアはそれをわかってやっているのだろう。
 そうじゃないって、と笑った男に、そうですか、とニルチェニアがさらりと返して男達の脇を通り抜けようとしたけれど、男達は三人横に並んで、それを阻んだ。

 ──あ、これ面倒くさいひとたちだ。 
 
 兄から耳にたこができるほど聞いている。

「ニルチェさん」
「はい」

 リシアは食べかけのクレープをニルチェニアに手渡した。
 これから何をするのか、きっとニルチェニアには分かっているだろう。だからなのか、ニルチェニアは男やリシアは見ずに、今きた道の方をじっと見つめていた。
 やっぱり不思議だなあ、と思ってしまう。
 ぱくり、と薄桃色の唇がクレープをくわえた。リシアはそんな彼女から目を離した。

「お。お姉さんが俺たちと遊んでくれるの?」
「できればそっちの女の子も一緒に遊びたいんだけどな」
「クレープよりおいしい物を買ってあげるよ?」

 リシアはふむ、と男達を見返す。薄い赤紫色の瞳には、冴えていない男が三人。

「遊べると良いんですけど」

 ──遊びにもならないだろうなあ。

 あんまり強くなさそうだから、とちょっと不満げなリシアに乗っかるように、ニルチェニアもやんわりとつぶやいた。

「貴方達三人の顔を見ながら食べるなら、美味しいクレープも台無しね」

 内容はちっともやんわりとしていなかった。
 
 強気だね、と声を低くし、ニルチェニアに近づこうとした男の襟首をつかんで、リシアは投げ飛ばす。一瞬ひるんだほかの二人の男は、投げられたまま気絶した男を除けなからも、リシアに二人がかりでつかみかかった。

「女性一人に男性二人、ね」

 ニルチェニアのその呟きを耳に入れながら、リシアは淡々と男達の体に蹴りを叩き込む。真っ直ぐにねじ込まれた拳に、男がむせた。もう少し強くしても良いかな、とリシアは間髪入れずに同じ場所に拳を入れる。
 ひとりは完全にオチた。
 どさりと伸びた仲間に、一人だけ残った男が震え出す。

「“遊んでくれるの?”」

 リシアがそう口にすれば、男は頭をぶんぶんと横に振り、一人で逃げていった。
 妙な方向を見ていたニルチェニアが、そのタイミングでリシアの方へと振り返る。

「ありがとう、リシアさん」
「ううん。ニルチェさん、平気?」
「私は何もしていませんから。リシアさんは……」
「私も平気です……あ、兄さん」

 声を上げたリシアに、ニルチェニアが食べかけのクレープを返した。
 ニルチェニアがついさっきまで見ていた方向から、リシアの兄と──ニルチェニアの兄がやってくる。

「こんな所で会うなんて。偶然だね」
「ああ。……そこの男たちは」
「倒しちゃった」

 平気だったか、と聞く兄に、リシアは平気だよ、と微笑む。過保護な感じは拭えないけれど、心配してくれる兄がリシアは大好きだ。ふふ、と笑うリシアに安心したらしい兄のハイドは、気遣わしげに隣の兄妹をみる。
 ニルチェニアが、自分の兄であるルティカルを見つめていた。

「ニルチェニア、も大丈夫だったか……?」
「平気ですよ。リシアさんが護って下さいましたから」
「そ、そうか」
「ニルチェニア、って呼び慣れていないんですね、お兄様。──発音がぎこちないです」
「……すまない」
「別に謝って貰いたい訳じゃありませんから。……食べます?」

 ニルチェニアは、粗方食べ終わったクレープをルティカルに手渡す。苺のクレープだったけれど、苺はもう残っていないだろう。それでもルティカルはそれを食べて、美味しいな、と呟いた。あんまり甘い物を好まないのだろうか、少し顔がひきつっている。
 どことなくニルチェニアの態度がとげとげしい気がするが、仕方ない。何でも、この兄は妹愛しさに屋敷に監禁紛いのことをしたらしいから。もっとも、そうなるのも分からなくはない理由があるそうだから、リシアはルティカルをどう見て良いかは分からない。兄のハイドがそれに激怒してルティカルをなぐった、と言うのはフルルシア経由で聞いているし、ニルチェニアも認めていたから──まあ、そういうことなんだろう。

「そうか、今日はニルチェニアさんと出掛けていたのか」
「うん。色々楽しかったです。クレープも美味しかったし」
「ええ。……あの、妹さんをお借りしていました」
「楽しい休日だったようで何より。俺も、リシアに親しい友人が出来るのはありがたい」

 ほんわりと表情を緩めたニルチェニアに、ルティカルがほっとしたのが見て取れる。この中では一番背が高いはずのルティカルが、ニルチェニアを前にすると小さくなってしまうのにハイドは苦笑している。

「……お兄様は? ハイドさんとお出かけですか」
「ああ。……ええと、ニルチェニア……その……」

 もだもだと言いよどむルティカルの背を、ハイドがばしっと叩いた。

「……その、“罪滅ぼし”だ」

 ルティカルの懐から取り出された小さな紙袋が、ニルチェニアの白い手のひらに乗る。これを買いにな、と苦笑いをしたハイドに、「ご迷惑をおかけ致しました」とニルチェニアが頭を下げる。楽しかったから気にしないでくれ、とハイドはこらえ切れなさそうに吹き出して、「それがな」と言葉を続けた。

「君の兄は君のことを思って酷く悩んでいたよ。“神殺級の傲慢中佐”なんて渾名が嘘くさいほど悩んでいた」
「……ハイド」
「はは。悪いな」

 ハイドの言葉に一瞬だけ目を丸くし、ニルチェニアはまじまじとルティカルを見上げる。
 150センチそこそこの身長しかないニルチェニアは、幾ら高いヒールを履いても、二メートル近いルティカルを見あげなくてはその顔が見えない。上目遣い、ではどうにもならないのだ。
 ニルチェニアに見つめられてどうしたらいいのかわからないらしいルティカルに、ハイドがまた喉の奥で笑った。
 目を丸くしたニルチェニアに、リシアも笑ってしまう。

「ちょうど良いし、ニルチェさんも」

 とんとんと背をたたけば、不服そうな顔を作りながらも、ニルチェニアは持っていたバッグの中からやはり小さな紙袋を取り出した。
 半ば押しつけるかのようにルティカルの手のひらにそれを乗せ、「物につられるような、妹だなんて思わないで下さいね」と言い残すと、リシアの手を引っ張ってずんずんと去っていく。去り際に、「またお話ししましょうね」とハイドに言い残したニルチェニアに、ハイドは手を振った。
 その隣ではルティカルが硬直している。

「素直じゃないな」

 ルティカルの手のひらの上の物が何であれ、プレゼントではあるのだろう。



***

 その次の休日だ。
 リシアは、ニルチェニアの髪に菫の花があしらってあるバレッタをみつけた。
 誰に貰ったのかと問えば、「すっごく嫌いな人から」と声だけは不服そうに返ってくる。

「そういえば、ニルチェさんが贈ったイヤーカフス。ルティカルさん、ちゃんとつけてるって兄さんが言っていたわ」
「……職務規程違反じゃないんですか、それ」
「ううん? 違うみたい」

 照れ隠しなのだろう、むすっとした顔をしながらも返してきたニルチェニアに、リシアはやっぱり笑ってしまう。
 
 ──もうあんまり怒ってないんだろうなあ。

 ルティカルもハイドも知らないし、フルルシアだって知らないだろう。ニルチェニアも、ルティカルに何を贈ろうかと考えていたのだから。職務規程に引っかかりそうな代物、アクセサリーを選んだのは、ニルチェニアが少し拗ねているからだろうけれど。

「“彼氏さん”に贈った方はどうでした?」
「……その場でつけてくれました」

 兄に対する態度とは打って変わって、顔を真っ赤に染め上げたニルチェニアに、リシアはふふ、と微笑んだ。

 ニルチェニアのバッグに、紫色のリボンをつけた、白いうさぎがついていた。
 


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