白い娘は悪魔の娘
 部屋を出てすぐその姿に気づいた。
 むすっとした顔で歩いてくる兄に、イルツェニカはほんのりと笑う。白を基調とした礼服を着込んだ兄は、妹であるイルツェニカから見ても格好良かった。凛とした性格を表すかのように、背筋はぴしりと伸びているし、彼が大切にしている「メイラー家」のしるしであるともいえる銀の髪の毛は、腰の辺りまで長く垂れていたけれど、痛むこともなく。彼が歩く度にさらさらと軽やかな音を立てていた。
 
「ルティカル兄様!」
「──イルツェニカ。……ああ、やはりよく似合っている」

 ちょっと照れたような表情を作って、イルツェニカは優しい兄の元へと走る。イルツェニカの姿を認めた途端に、不機嫌そうだったルティカルの表情がゆるんだ。
 兄とお揃いの、白を基調としたドレスを着込んで、イルツェニカは兄にそっと近寄った。上目遣いでルティカルをみれば、ルティカルはにっこりと笑ってイルツェニカの頭をなでる。

「可愛いなあ。母上そっくりの美人だからな、イルツェニカは。──そのドレスも髪型も似合っているよ」
「本当? ルティカル兄様にそう仰って貰えると、わたしとっても嬉しいわ」

 白いドレスの裾を翻しながら、ルティカルに抱きつけば、ルティカルはそれを笑って受け止めた。
 背の高い兄に抱きつくと、イルツェニカの頭はルティカルの腹辺りに落ち着く。額の辺りに堅い腹筋を感じるけれど、これはいつも通りのことだ。イルツェニカにとっては落ち着く場所だ。
 平均的な身長より、少し低いイルツェニカを、ルティカルはそっと抱き上げる。綺麗に結った髪型が崩れないようにと、おとぎ話の王子様がするような所作で、イルツェニカを横抱きにした。

「お姫様みたい」
「今日はイルツェニカが綺麗だからな。絵本のお姫様にも負けていないから、特別だ」

 嬉しそうに青い瞳を細め、イルツェニカは兄の腕の中で幸せそうにほほえむ。妹のそんな姿を見て、ルティカルも表情を和らげた。歳の離れた妹だけあって、ルティカルはイルツェニカを可愛がっていた。

「わたしがお姫様なら、ルティカル兄様は王子様かしら」
「そうか、俺がイルツェニカの王子様か。それは素敵な話だな」
「ふふふ。お兄様が王子様なんて嬉しいわ」
「俺も、イルツェニカがお姫様ならうれしいよ」

 くすくすと二人して笑って、ルティカルとイルツェニカは退屈なパーティー会場を後にした。


***

「ねえ、貴方ふざけているの?」

 冷徹な青い瞳で見据えてくる娘に、とある貴族の一人息子は息をのんだ。娘の銀髪は妖しく揺れて、誘うように青年の頬を掠める。柔らかな笑みとは裏腹に、青年の腹には娘のヒールが食い込んでいた。聞いていて? と再び柔らかい声が振ってきて、青年の腹にヒールがめり込む。その痛さに、青年は苦悶の声を上げた。
 薄暗い倉庫のような、こんなかび臭い場所では、幾ら声を上げたところで人は来ないだろう。娘はそれを知っていたから、青年が声を上げても取り乱したりはしなかった。

「やだわあ、こぉんな柔らかいお腹なんて……お兄様ならきっと、ヒールなんてめり込みもしないのに……」
「イル、イルツェニカ嬢……」
「やめて。貴方みたいな人がわたしの名前を呼ばないで。──その名前を呼んで良いのは、お兄様とお父様、お母様だけなんだから……」

 再びめり込んだヒールに、青年の目尻から涙が流れる。ぐりぐりと踏まれ続けたそこは、服を脱いで見たなら、きっと色が変わってきてしまっているだろう。けれど、イルツェニカは容赦などしなかった。

「貴方みたいな人がわたしに求婚、ですものね……身の程をお知りになったら如何? わたしより弱い人なんて嫌よ。わたしの前で泣く殿方もお断り」

 それに、とイルツェニカは残酷なまでに優しくほほえむ。腰を落として近づくイルツェニカの顔に、青年は一瞬だけ息をのんだ。
 イルツェニカの瞳は美しい。メイラー家特有の蒼玉のような青。それを引き立てるかのような銀の髪は、光を受ければきらきらと煌めく。その煌めきに負けぬほど、イルツェニカ自身も美しかった。【歩く人形】と称され、その美しさに心を奪われる貴族の青年も少なくない。今現在イルツェニカに踏まれている青年も、その一人だった。
 
「貴方の瞳は青いけれど、お兄様の瞳の方が美しいわ。その銀の髪もそう。お兄様の方が、貴方よりずっとずっとお綺麗だもの」
「そ、そんな──」
「残念ね」

 さして残念とも思っていない、残虐な愉悦をにじませた声で、イルツェニカは美しい笑みを浮かべる。青年の顔に自分の顔を近づけると、そのまぶたに唇を落とした。

「わたしが微笑むのはお兄様にだけよ」

 さっさと目の前から消えなさい。

 高いヒールの靴で青年の腹を蹴飛ばすと、イルツェニカはその表情を無に変えて青年を見下す。白いドレスの裾が翻った。あまりにも違いすぎた態度に、青年の歯がかたかたと鳴り始める。
 一介の貴族の青年には、イルツェニカの豹変は恐ろしすぎた。
 恐怖のままに動けなくなっている青年を、薄汚れた雑巾を見るような目で眺めたイルツェニカは、さっさと部屋を出ていく。
 後に残されたのは、惨めにも踏みにじられた青年だけだ。

 部屋のドアが閉まる。

「ルティカル兄様!」
「──イルツェニカ。……ああ、やはりよく似合っている」

 部屋の外から聞こえる会話に、貴族の青年は崩れ落ちた。
 


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