探偵事務所へと帰ってきたニルチェニアは、は? と息をのむ。目の前に広がったその光景に、一瞬だけ目を丸くする。
菫色のそれを、愛おしそうに見つめたのは銀の髪の男だ。
──それも、二人。
「あ、あの……」
おどおどと声をかけたニルチェニアに、銀の髪の男が愛想良く微笑んだ。長い髪を左肩の辺りで結い、藤色のリボンでまとめたその男は、ニルチェニアの白くほっそりとした手のひらをとった。
え、あの、と混乱したようなニルチェニアに、男は気にするそぶりもなく、その手のひらに口づけを落とす。
ぎょっとしたニルチェニアの腰を引き寄せて、銀の髪の男は──
「この、変態が!」
「痛ェ!」
もう一人の“銀の髪の男”に遠慮なくぶん殴られた。
ばきっ、と相当な音がしたのだが、ぶっ飛ばされた方の男はぴんぴんとしている。いってーな、と平然と呟いて、「乱暴な男は嫌われるぞ?」と自らを殴った男にニヤリと笑いかけた。
殴った方の男は、ニルチェニアを護るように背にして立ち、口づけを落とした男を睨んでいる。
「お兄様──」
「──すまない、俺が近くにいながらこんな変態に……」
「変態じゃねえっての。ニックだ、ニック。時にお嬢さん、お名前は?」
「教えなくて良いぞ、ニルチェニア」
「……お兄様」
「へえ? ニルチェニア、か。可愛い名前だな。お嬢さんにぴったりだ」
しまった、と眉間にしわを刻んだ男に、ニルチェニアがため息をつく。
ついでに聞いておいてやるよ、とニックはニルチェニアを背にしてたっている男に話を振る。ニックのそれとは違い、男の髪は頭の高い位置で結い上げても腰の下まで垂れるほどの長さがある。
「ルティカルだ」
「ふーん。女の子みたいな名前だなァ、ルティ?」
「止めろ。虫酸が走る」
けらけらと笑いながらルティカルをからかうニックに、ルティカルはいちいち反応している。遊ばれているわね、とニルチェニアは思いながら、それを放って仕事用のデスクへと向かった。
こんなバカなことにつきあっている暇はない。一瞬、苦手な兄が二人に増えたのかと思って身構えてしまったが、冷静に考えればそんなことはあり得ない。
身長が二メートル近くあるルティカルに比べたら、ニックはそれより少しだけ背が低いし、神経質そうな顔立ちのルティカルに比べれば、ニックの顔はどこか優しそうな感じではある。
歴とした別人物だ。それが確認できたなら、ニルチェニアの興味を引くような要素はこの二人にはない。
至って冷静に、至っていつも通りに冷淡にデスクについたニルチェニアに、ぎゃあぎゃあとうるさかった二人が彼女を見据えた。
細かな色こそ違えど、同じ青の二対の瞳が自分を見据えたのを感じたニルチェニアは、何ですか、と淡々と聞いた。
「俺とデートしない? ニルチェちゃん?」
「こいつをつまみ出しても構わないな、ニルチェニア?」
「どっちもうるさくなりそうなので却下。──仕事の邪魔なので出て行って。二人とも」
つれないところも素敵だな、とニルチェニアにウィンクをしたニックに、ルティカルが「ふざけたことを」と噛みつく。
その様子をしばらく見てから、ニルチェニアはため息をつくと、白い猫に変化した。二人とも、そんなニルチェニアには気づいていない。
──フルルシアさんのところにいこう。
ぎゃんぎゃんとうるさかった二人を後目に、ニルチェニアはそっと事務所を出て行く。
***
ニックとルティカルは色が似ている