変な中佐
「中佐もそんな本読むんですねえ」

 くだらない、とゴミ箱にシュートするタイプかと思ってたんですけど。
 茶色の髪を無造作に括り、上官が読んでいた本に興味を示したのは、“怖い物知らず”のリピチア・ウォルター少尉だ。
 “怖い物知らず”は、上官であってもその独特の態度──無礼ともいう──を崩さないところからついた二つ名だ。
 ちなみに、今現在彼女が話しかけている上官は、ルティカル・メイラーという名の、軍部でも有名な人間だ。軍人を数多く輩出しているメイラー家出身の、ここ数年まれにみる程の優秀な人材らしい。戦果を数多くあげているのはリピチアも知っている。
 そこはまあ、上司だからと“怖い物知らず”のリピチアも記憶しておいた。そうでなければ多分、「ああそうなんですか」の一言の後に忘れている。興味の無いことにはとことん無関心なのがリピチアだ。そのざっくばらんさと、たとえ上官相手だろうと何でも正直にコメントする“怖い物知らず”なところがリピチアの良いところであり、悪癖だった。

 ルティカルが読んでいたのは、ほのぼのとしたいわゆる“家族愛”を前面に押し出した絵本。普段、人間離れした力と体術と槍術で戦場を紅に染め上げる、“神殺級の傲慢中佐”と呼ばれるルティカルには、全く似合わないものだ。
 そもそも、リピチアの中のルティカルは本なんて読まない。絵本じゃなくても読まない。リピチアの中のルティカルは、脳味噌筋肉のクソ真面目な軍人であるから、本なんて読む暇があったら鍛錬をしている。
 まあ、本を手に取ったところでバーベル代わりだとか、何かあったら本を鈍器代わりに使おうだとか、そんなことを考えているイメージだ。

 そのメイラー中佐が本──それもよりによってほのぼのとした絵本なんかをよんでいれば、興味も引かれるというものだ。

「良い歳して絵本読んでますけど、楽しいですか?」
「──いや、全く」

 ほのぼのとした絵本を閉じたルティカルは、その蒼い瞳をふと陰らせた。俯いた拍子に長い銀の髪が揺れ、さらりと肩から滑り落ちた。
 ガタイの良さを除けば、神経質そうな顔は整っているし、“メイラー家ご自慢の銀髪”は噂に漏れず長くのばされているから、ある種の女性らしさを感じさせる。軍服の下は筋肉で固められたような大男だけれど。
 そう、ルティカルは大男だ。二メートルになるかならないか程度の身長は、わりと小柄なリピチアからすれば驚異だ。突然変異扱いをしても良いくらいだ。彼女の中ではすでにルティカルは珍獣レベルだけれど。

「じゃあ、なんで読んでるんですか? 童心に戻ってるんですか? 少年の心を忘れないのは微笑ましいですけど、中佐には全くこれっぽっちも似合いませんし、絵本は少々幼すぎますね。せめて夏休みの宿題をぎりぎりで思い出して絶望するくらいでないと」
「相変わらずうるさいな君は。童心になど帰りたくもない。夏休みの宿題は最初の五日で終わらせていた」
「うるさいですか? でもこういう性格ですから諦めて下さい。童心には興味がないようで何よりです。五日で終わらせられるなんて流石中佐。一緒に遊びに行くような友人はおられなかったのですね……」
「褒めるか貶すかどちらかにしてくれないか。返答に困る」
「困っても返してくれる中佐は結構好きですよ。人としてですけど」
「……」

 本格的に困り始めたのか、ルティカルは黙りこくった。
 これでこの人の部下を勤められるのだから、本当に不思議だよなあ、とリピチアは思う。首を切られてもあんまり不思議じゃない対応をしているのだけれど。

 ──まあ、中佐だしなー。

 怒ればそりゃあ怖い中佐だが、変なところで真面目だから、明確な職務規定違反を犯さない限りは声も荒げない。部下の軽口程度は職務規定違反ではないから、ルティカルはそれにも“義務で”つき合ってくれている。
 クソ真面目だから、色々と叩けば埃のでるお偉いさん方には不評なルティカル・メイラー中佐も、部下には結構慕われている。なんせ、彼は実力主義者だ。“メイラー家”出身でありながら、家柄にふんぞり返らずに淡々と努力し続けるその様はストイックで格好良いし、仕事中毒のかわいそうな人とも言えた。

「羨ましいんだ」

 そんなかわいそうな人が口を開く。その内容もかわいそうだったから、リピチアはルティカルを凝視してしまった。仕事のしすぎで頭もおかしくなったのか。因みに、ルティカルの体の丈夫さは軍部お墨付きのおかしさだ。人間離れしているらしい。
 先の戦場で背中に矢を五本も受けておいて、怪我をした部下を三人も背負って帰ってきたルティカルを、リピチアは知っている。矢が刺さっているというのにぴんぴんしていたから、「あっやっぱり人じゃないんだ」と改めて思った。

「羨ましいんですか。本が?」
「いや、本は羨ましくない」
「でしょうね。羨ましいって言われても返答に困りますし」

 何が羨ましいのかときけば、とんとんと絵本の表紙を指さされた。
 表紙にはうさぎの家族が描かれている。父、母、娘に息子──これは姉弟か? いや、兄妹だな。娘うさぎは少し小さい。
 無駄な観察眼を発揮し、リピチアは首を傾げてみる。
 
 ──そういえばこの人、家族がいないんだ。

 父親は彼が18の頃に亡くなったそうだし、母はつい最近他界したとか。努力の裏に苦労あり、だ。平然とした顔でいて、若さの割には苦労していることをリピチアは知っていた。

「最近、家族連れを見ると羨ましいよ。──妹と手をつないで歩いたり、出来たのかもしれないのに」
「あ、中佐に妹さんいたんですか」
「──まあ、な」
「私もお兄ちゃんみたいな従兄弟がいたんですよ。結構前に家を出て行っちゃって音信不通ですけど」
「……結構なことをさらっと言ったな」
「過ぎたことですしね。ああでも、家族が羨ましいのは分かります。こんな仕事を選んだのにこんなことを言うのはおかしいですけど、こういう仕事だからこそ、家族が欲しいんですよね。支えになるものが」

 妹さんに今度あわせてくださいよ。あること無いこと吹き込みますから。
 そう冗談でリピチアが口にすれば、ルティカルは少し寂しげに笑った。

「会える日が来たらな」

 ──変な中佐だなあ。

 最近、リピチアは特にそう思う。




***

 拉致する前のルティカルさん。
 


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bkm


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