無害な司書と温厚な男
「これが終わったら一杯飲もうぜ」

 平然として紡がれたそれに、ハイドはニヤリと口元に弧を描く。その言葉通りに一杯で終わった試しはない。“いっぱい”飲むのがいつものパターンだ。

「ああ」
「よっしゃ。やる気も出るってもんだよなァ」

 頬すれすれを掠めた弾丸にも怯える様子はなく、ユーレは懐から銀色に光るナイフを取り出す。ペーパーナイフに見えないこともないが──この男がまともな武器を携帯しているところはあまり見かけない。いつものことだ、とハイドはそれから目をはなすと、ユーレの後方でユーレを撃ち抜こうとしている男の眉間を撃ち抜いた。

「さっすが。安心して背中を任せられるな」

 ひゅう、とユーレが口笛を吹く。ハイドの方を向いてウィンクを一つしてから、ハイドに向かって持っていたナイフを投げる──やはりペーパーナイフだ。
 咄嗟に頭を下げ、頭上を飛んでいくナイフを見れば、それは見たままペーパーナイフだった。豪奢な装飾のされたそれは、おそらく“仕事先”でユーレが貰ったものなのだろうが──生憎と、彼は“娘”から貰ったペーパーナイフしか“ペーパーナイフとして”使わない。
 そのほかに貰ったものなんて、こうして有事の際の武器にされてしまうんだからなんだか勿体ない。
 彼の投げたペーパーナイフは、ハイドの後方にいた男の左胸に突き刺さっている。

「nice!」
「相変わらず危ないな?」
「お前なら避けられると思ってさ」

 ユーレがウィンクをしたときは、“これからそっちに物を投げるぞ”という合図なのだが、それを知っている者でなければ彼の投擲からは逃れられないだろう。
 尚且つ彼は、その合図を限られた人間にしか教えない。
 信用されているのだろうな、とハイドは思う。

 ──そうでもなきゃ、背中は預けないだろうがな。

 それは自分も一緒だ。
 ユーレを信用しているから、ハイドはまっすぐに敵を見て、その体を撃ち抜ける。
 懐からまた別のナイフを取り出し、ユーレが数多の“敵”の前に躍り出た。
 ユーレが前に出るのなら、ハイドはその後ろから敵を討つ。
 
「最近“仕事続き”で体がなまってるんだ、運動させてくれよ?」
「何だ、図書館はまだクビにならないのか?」

 クスリと笑ったハイドに、「この年で娘の収入に頼るのはキツいだろ」とユーレが笑って返す。その間にもナイフは閃いて血の華を咲かせているし、ハイドの銃は火を噴いて流れ星のように人の中を駆け抜ける。
 また一人、うめき声を上げて“的”が倒れた。

「司書は司書で愉しいけどな。たまにはこういう血生臭いパーティーが恋しくなる時もあるんだぜ?」
「物騒な司書だな」
「物騒さならお前もどっこいどっこいだろうが。穏やかそうに笑ってるけど、な?」

 軽快に続く会話。
 目を細めて笑むハイドに、ハイドの目の前の男が怯む。「普通じゃねえ」と呟かれたのを、その耳は拾った。

 ──当たり前だ。

 この場にいるハイドも、ユーレも、“普通の人生”とは縁がない。だからこそ、武装した男どもに囲まれながら、背中合わせで戦うような目にあっている。けれど、「普通じゃねえ」と呟いた男自身、“普通の人生”は送らなかったのだろう。だから、圧倒的に優位なはずのこの人数でも、たった二人の男に壊滅状態にまで追いやられている。

「おーい、交代」

 戦場には似合わない、間の抜けたのんびりとしたそれ。マイペースを通り越して“ペースクラッシャー”である物騒な司書は、ぽいとハイドにナイフを放る。
 ナイフはハイドの手に、丁度ぴったり落下した。
 ナイフを受け取る寸前に、ハイドも銃を手放した。それは寸分違わずユーレの手に収まり、元通り銃口から硝煙を漂わせている。
 
「チッ」

 ナイフを受け取ったハイドめがけて、複数の男が襲いかかる。ナイフを振るう代わりに、ハイドはそのすらりと長い足で男達をなぎ払った。蹴るんならナイフ要らねェじゃねェか、とユーレは笑っている。ナイフより攻撃範囲が広かった、と簡潔に返せば、「足が長い自慢か?」と笑われた。「まあな」と返せば、「そりゃ良いな」と血の雫を滴らせながら司書は言う。「水も滴るいい男」と、ユーレは楽しそうに呟いた。

「水ではなく、血が滴っているようだが」
「似たようなもんだろ?」

 少し鉄臭いけど、と返り血を手の甲で拭って、ユーレは辺りをぐるりと見回す。いつの間にやら、あれだけいた男達もずいぶんと減っていた。今となってはリーダー格の男が一人と、それに追随する男が二人のみだ。
 一度目を見合わせてから、ユーレもハイドも一人ずつ男を始末した。後に残るのはリーダー格の男のみ。

「私達を狙った目的は?」

 ほら、とユーレが再びハイドに銃を放り投げる。それを無言で受け取って、ハイドは男に照準を合わせた。
 ユーレのほうは、また別のペーパーナイフを取り出している。掌で弄んではいるけれど、投げる気は満々だろう。

「し、知らない……俺たちは、アンタ達をやったら報酬が貰えるって聞いただけなんだ……!」
「こんなに“無害な司書”と“温厚そうな男”に殺害要請が出るなんて、物騒な世の中だよなァ」

 ふざけた調子で紡がれる言葉に、リーダー格の男は完全に怯えている。そんなに震えるなよ、と苦笑したユーレは、でもなァ、と、いかにも“可哀想に思っています”という表情を作る。
 ハイドは、引き金に指をかけた。

「俺達のこんな姿を見て、無事で帰れるとは思ってはいないだろう?」

 にこりと微笑んだハイドに、ユーレも同じように微笑んだ。

「こんな物騒な世の中だ、運が悪かったと思って諦めろ」


 引き金は引かれ、ナイフは飛んでいく。

「──Jack pot! 」

 ユーレの口から調子良く呟かれたそれに、ハイドも思わず笑みを浮かべてしまう。

「──“大当たり”か」

 弾丸は眉間を撃ち抜き、ナイフは左胸を貫いて。
 物言わぬ躯が一つ、そこに転がっていた。





 ハイドさんがあまりにも格好いいからタッグバトルしたくなっちゃって……ごっ こめんなさい自重を覚えなかった系夏野です……だってハイドさんがあまりにも格好いいから……(大切なことなので二回)



prev next



bkm


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -