ワンダリング・ライフ 1−11

「というわけで、凄く楽しみにしてたのよ」
「それは有り難いというべきなのか」
「多分」

 翌日、持ってこられた装備一式を見て、リリーとクラドが変な顔をしたのを、双子は見逃さなかった。
 ルシィとミリアが、用意された装備を広げて見ては、不思議そうな顔をしている。
 一方で、フィリアは装備品のリストを読み上げながら、広げられた現物を一つ一つ確認していた。
 読み上げられる装備品の名を聞く度にリリーの顔から表情が消え、クラドの顔には困惑が浮かんでいく。
 その様子を、凛音と悠斗は平坦な目で見ていた。
 今の彼らの視線の先には、装備品を広げるルシィとミリアがいる。
 双子が無言になるのも無理はない。フィリアの穏やかな声で読み上げられる装備品の名は、どう譲っても一癖二癖はありそうなものなのだ。

 あちらの世界で聞いていたとしたら、ゲームソフトの中での話だったなら、「あらかっこいい」「うっわコテコテな装備品名……」などど、楽しく盛り上がれたのかもしれないが――現実問題、これは二人の生存に大きく関わってくるものであり、読み上げられるその装備品の名は、二人には受け入れがたいものだった。


「リストと照合は出来たけれど、一応最終確認。まずはユウト君からね」
「はーい」

 ルシィの元気な声だけが響く。
 かさり、とフィリアの持った丸まった紙が小さな音を立てた。
 部屋の中は静まり返っている。無言でクラドを見つめた凛音に、クラドが力なく微笑んだ。

「〈|首無し騎士の外套《デュラハン・マント》〉」

 ルシィが、外套というよりは革鎧に近い、黒地に銀の刺繍の入った上着と、同じく黒い革のパンツのセットを広げる。

「次。〈|死神の長靴《タナトスブーツ》〉〈|血濡れの手袋《ブラッディ・グローブ》〉」

 ルシィが無言で漆黒のブーツと、酸化した血のような茶色の革の指抜き手袋を掲げた。

「とどめ。〈|首無し騎士の誇り《デュラハン・ハート》〉。これは片手剣ね……あんまり見ない形だけど」
「あ、刀じゃないの、これ」
「……そうだな」

 ルシィがそっと笑って悠斗に、外套の刺繍と同じような模様の入った鞘に納められた片手剣を手渡した。
 首無し、誇り、刀――斬首刑に処せられた侍の姿が思い浮かんで、悠斗は頭を振る。そんな不吉な想像は今は求めていない。
 言いたいことがあるのをぐっと堪え、悠斗は凛音を見た。
 凛音の装備品よりはまともな響きだと思っている。

「はい、次はリンネちゃん――」

 装備品を選んできたヴェイン以外で、一番落ち着いているフィリアが無情にも次のリストに移った。
 リリーの顔はもはや何だか悟りを開いたような顔だし、クラドの方は遠い目をしている。
 やはり姉よりはマシだなと悠斗は自分に言い聞かせ、普段滅多に見られない、姉の突き抜けた無表情を視界に入れた。

「ええと、まずは〈|呪われた法衣《アンラッキー・クローク》〉ね」

 ルシィがすっと紫紺色の胴着を差し出した。今、凛音が身につけているものとよく似ているが、刺繍の豪華さや生地の高級さは比べものにならないだろう。抑えた銀色の刺繍は上品だ。

「それから、〈|死の足音《ハイド・アンド・シーク》〉と、〈|怨念の結晶《ファントムリング》〉?」

 真っ黒なブーツと、紫色に輝く石がはめ込んである指輪をルシィが持ち上げた。

「武器は、〈|呪われた短剣《アンラッキー・ダガー》〉。……二人とも、何とも言えない装備ばかりね」

 ルシィから何の変哲もないダガーを受け取った凛音が、鞘に収まったままのそれを眺めている。
 斬首刑の侍を思い出させる装備より、怨念に呪い殺されそうな装備のほうが問題だろう。
 フィリアの感想に双子は顔を上げて、ヴェインの方を見た。最初に口を開いたのは悠斗の方だ。


「……何でこんなに不安感を煽る名前の装備ばかりなんですか」
「選んだらこうなっただけだ。お前達の性質のせいじゃないか?」
「ええ……」

 《首無し》だの、《血濡れ》だの、到底一般的とは思えないものばかりだ。凛音に至っては《呪われた》とか《怨念》だとか、身につけるのを躊躇ってしまいそうな名前である。
 名前がアレなだけかもしれないが、名前というのは重要なものであり。
 誰が聞いても良いイメージは持たない名称は――やはり、装備品自体にも良いイメージは持たせない。

「まあ……名前はアレだけどよ、結構良いもの揃ってるぜ?」
「そうねぇ。〈|特別付与《ギフト》〉付きばかりじゃない」
「ギフト?」

 首を傾げた凛音に、そうよ、とフィリアが微笑む。フィリアは紫の石のはまった〈|怨念の結晶《ファントムリング》〉を摘むと、それを凛音の右手の中指につけた。

「それに魔力を流すようにしてくれる?あんまり流しちゃ駄目よ」

 凛音は一つ頷いて、指輪をじっと睨む。
 魔力制御をしてから、ずっと体に軽くまとわりついている力を、凛音は感じていた。
 その力を指輪に寄せるように、少しずつ、ほんの少しずつ動かしていく。

「あ」

 段々、指輪の石の色が変わってきた。

 透き通った紫色から、夜の空のような紺色に変わり、石の中には澱のような、白くふわりとしたものが漂う。

「色変わった!」
「これは親切な〈|特別付与《ギフト》〉ね。変化が分かりやすいでしょう?」

 凛音は興奮したように頷いた。悠斗もドキドキしている。魔法のようなものには慣れたと思っていたが、こうやって新しく見せられると、やはり胸が踊ってしまう。

「色が変わるだけじゃないのよ?例えばこの指輪は、貴女が受けたダメージに応じて相手にもダメージを与えるみたいね。|怨念のように《・・・・・・》しつこく」
「へぇ……」
「凄いな……」
「ギフト付きの装備は、魔力を流さないと効果は得られないから、気をつけてね。人によっても向いているギフトとそうでないものがあるから、その辺りも考慮して」

 感嘆の息をついている双子の後ろで、ヴェインとクラドがひそひそと話している内容は、二人には聞こえていない。
 興奮気味な双子を横目に、すすすとクラドはヴェインへと近寄った。
 
 名前こそ本当に遠慮願いたいものばかりだが、長く|特別装備《ギフト付き》の装備を扱っているものだからこそわかる。あの不吉な名前の装備品たちは、かなりのものだ。
 

「よくあれだけ〈|特別装備《ギフト付き》〉を集めてきたな、お前。全部ギフト付きじゃねぇか」
「知り合いが買い手が|いなくて《・・・・》困っていたからな。格安で譲って貰った」
「……と、言うと」


「巧く扱える――馴染む奴がいなかったそうだ。嘆いていた」
「癖ありそうだしなァ、あれ」
「効果の方も癖があるが、あの二人なら使いこなせるかと思ってな」
「二人とも変わってるからなァ」

 確かに、特別装備の癖にやたらと真新しい。特別装備は貴重であるが故に、どんなにちっぽけなギフト付きのものであっても、持ち主がいるのが当たり前だし、市場に出回るときには“新しい特別装備を手に入れたから手放す”といった理由で専門の店に並ぶ程度だ。つまりは中古品がほとんど、ということになるから、二人の為にと見繕ってこられた装備品が真新しいのは、クラドにとっては気になるところだ。

 案の定、曰くつきなのだから笑えない。
 たまに、一部のものにしか扱えない“特別装備”がある、というのは耳にするのだが、そんなものが実際にあるとは思ってもいなかったのだ。


 装備も変わってるくらいで丁度良いのかも知れないな、と納得したクラドに、大方そういうことなんだろうな、とヴェインも頷いた。

「後は扱い方を教えるだけだが――フィリアに任せた方が良さそうだな」
「武器の方はお前が教えろよ。フィリアは装飾品には詳しいけど、武器はさっぱりだからな」
「知っている」

 与えられた装備品に魔力を流してははしゃぐ双子を見て、ヴェインとクラドはふっと笑った。
 これだけ喜んでくれるなら、選んできた甲斐があるというものだ。



 ……酷く不安を煽る名前ではあるけれど。







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