ワンダリング・ライフ 1−9

「ここに軍隊とかってあったの? さっきの骸骨とか、一般人には到底相手に出来なさそうだけど?」
「軍隊とはちっと違うけどな。あることにゃあるぜ」


 自衛って必要だろ?とクラドはやんわりと笑ってみせる。
  三人が「いつもの部屋」──要するに、あの職員室のような部屋──に行った時には、ヴェインはもう動いている、とミリアに言われた。
 それを聞いてクラドがやっぱりな、という顔をし、じゃあ状況報告を兼ねて、対策発案にでも参加するか、と彼は言うと、塔内のある一室に向かい始め。 双子はついていくべきか迷ったものの、「お前らも来い」とのクラドの言葉に頷いた。
 何も分からずに、二人で放り投げ出されるよりはましだろう、と。


 向かった部屋の中には、リリーとヴェイン、フィリアと物々しい甲冑をつけた者が二人。クラドと一緒に入ってきた双子に、甲冑二人組は怪訝な顔をしたが、「ヴェインの弟子なのよ」とフィリアの柔らかな言葉に「分かりました」とだけ答えていた。


「最初にアレに遭遇したのはお前達か」


 ヴェインの言葉に双子は頷き、あったこと全てを説明すれば、リリーが今まで見なかったような険しい顔をして、「しつこいですね」と呟く。


「今までの事も含めて考え、確実に相手は『屍の王』でしょう」
「まあ、手口一緒だしな」


 クラドの言葉に「いい加減潰すべきね」とフィリアが頬に手を当てて言う。 部屋の空気は、陰鬱と言うより、うんざりしたような色を持っている。


 凛音と悠斗は話を聞きながら、「ここにいても良いんですかね」 という空気を醸し出してみる。
 どう判断しても、ここから進む会話は国防もの ──部外者が聞いていて良い内容じゃないだろう。 それに気づいたか気づいていないかは別として、凛音の肩にフィリアがぽん、と手を置く。ぎょっとした凛音を、ぼやっと見ていた悠斗の肩にも、クラドの手が乗せられた。


「ねぇ、リンネちゃん?」


 フィリアの声は柔らかい。その割に、背筋に冷たいものが漂う気がした。気のせいだよな、と悠斗は凛音を見る。
 凛音は嫌そうな顔をしていた。悠斗もそれを見て、今何をされそうになっているのかを察する。


 いやまて、嘘だって言ってくれ。


 そう思う悠斗を裏切って、クラドがいつもの調子で軽く続けた。
 

「ちょっと手伝ってくんねェ?」


 クラドがチンピラのような語尾の伸ばし方をする時は、相手に拒否権を与えない時だ。そうルシィが言っていたのを思い出す。
 断った事がないから分からないが、断ったらそれ相応の何かが待っているのだろう。こんなでも意外とエグいんだよ、とルシィが話したのを二人はばっちり覚えている。出来ることなら今だけ忘れたいが。


「断るって言ったら、どうなるのかしら?」


 凛音の物言いに甲冑二人組が生唾をのんだ。何言ってんだこいつ、とものも言わずに主張している。器用なことだと悠斗は思ってから、それどころじゃないよなあ、と血を分けた姉を見た。姉の無謀さ、非常識さは、弟の彼がよく識るところだったが、今回はあまり洒落になりそうもない。相手は異世界人だ。何をされるかはきっと、凛音にも分かっていないはずなのに。


 沈黙が支配した部屋の中では、甲冑二人組の震える音が、それはそれはよく聞こえた。
 カチャカチャと小さな金属音が、小刻みに悠斗の鼓膜をふるわせる。 甲冑二人組に視線を向けてみれば、顔から血の気が引いていた。どれだけエグいんだよと悠斗は思うが、口には出さない。 凛音は甲冑二人組を見ながらも、クラドに臆することなく笑っ てみせた。
 いろんな意味で流石だが、その度胸は他で使って欲しいものだと、悠斗は常日頃から思っている。凛音の度胸のせいで、彼がやっかいに巻き込まれたことは少なくない、のだ。


「俺の龍の遊び相手はどうだ?」
「それ脅し? 脅しに私が屈するとでも?」
「だよなァ。だからお願いの形とってんだけど」
 

 蜜柑色の目と、凛音の真っ黒な目がひたりと合わさる。凛音はしばらくクラドの顔を見つめた後に、それで、と口を開く。甲冑 二人組の震えは止まりそうもない。


「何をすれば良いのかしら。内容によっては考える」
「ちょっと囮に使いたくてさ」


 クラドの言葉に、当然ではあるのだが、凛音が嫌そうな顔をした。彼女はそのままヴェインを振り返り、ぎろりと睨む。 そういうことか、と悠斗も思い至った。


「謀ったわね」
「悪いな」
「絶対悪いとか思ってないでしょ」
「否定はしない」
「そこは嘘でも否定しておくべきよ、心象に影響するもの」
「覚えておこう」


 傍から見れば意味の分からない会話だが、当事者──もとい、 巻き込まれた悠斗からすれば、その会話の意味はしっかりと理解できる。 確かに、今から見ればおかしい点は幾つかあった。


 ただ、二人がそれに気付いていなかっただけだ。 普通、異世界から来た人間に「魔力制御」や「剣術指導」などを受けさせるだろうか。
 異世界から来たという事は、即ち所属する国もなく、下手をすれば自分達の敵にもなりかねない。
 強力な力を有しているらしいと分かれば、なおさらのことだ。何の見返りもなしで、力を操る術を身につけさせたのは、つまりこの時の為だったのだろうと悠斗は推測する。そして、これは間違っていない。


  凛音と悠斗が、この国の一般人と接する機会が極端になかったのも、一般人と接することで、この国を出ていくきっかけや、機会を作りたくなかったからだろう。
  その点においては、ヴェインの判断は正しかった。二人とも好奇心で動く可能性は高く、他の国の話や、二人にとって不思議な話を聞けば、外に出たいと言い出すのは簡単に想像ができるからだ。もし、そのようなことがあったのなら、二人は間違いなくこの国を出て行っただろう。これは、本人たちも自覚済みだ。


「力を操る術を身につけさせたのは、私達を巻き込む為だった訳ね」
「国の兵とか削らなくて済むもんな。異世界から来た人間じゃ、 死のうが生きようが、この世界には関係ないし」
「……君たちの生死については、重要視している。自分で言うのもどうかと思うが、俺もそこまで非道ではない」
「十分非道でしょ? あの森に骸骨が出るの分かってて私達を向かわせたんだし?」
「……やはり君は扱いにくいな」


 いつから気付いていた、と言ったヴェインに、凛音は軽く肩を 竦ませる。呆れたようなため息を付いて、凛音はつらつらと話し出した。

 
「今さっき。クラドさんは『あいつが気付いてないわけがない』って言ったわ。なのに、私達を実際に助けに来たのはクラドさん。骸骨が出たことに気付いているのに、助けに来なかったのは、やっぱり後ろめたかったから?」
「本当に気付いていなかったかもしれないだろう」
「それは絶対にあり得ないわ。だって貴方、私と悠斗を一番最初に見つけたでしょ」


 凛音の言葉に、悠斗も頷く。『一年に一度だけ使う儀式の間』 である『約束の間』に現れた凛音と悠斗を、一番最初に関知したのはヴェインだ。
 それは約束の間がこの国にとって、とても重要な場であることも関係するだろうが、凛音や悠斗の世界にあったような、セキュリティシステムがないこの世界。
 センサーなどがないのに、離れた場所からでも駆けつけられたのは、ヴェインが何らかの力で自分なりの『センサー』を張り巡らせていたからだろう。  これは勿論仮説だけど、と凛音は前置いた。

「悠斗から報告は行ったんでしょ? だったら骸骨だった時点で 『屍の王』だとか何だとかはすぐ分かるじゃない。それなのにわざわざ会議みたいなものまで開いて、私達を招く?」


 普通招かないわよね、私達部外者なんだし、と凛音は一気に言いあげて、不適な笑みを一つ。
 

「更に言うなら囮も嘘でしょ? 本当は囮じゃなくて、『私達が倒した』ことにしたいのよねぇ?」 「は?」

 流石にそこまでは悠斗はついていけなかった。倒したことにしたい、とはどういうことなのだろう、と視線で凛音に答えを求める。
  ふとみれば、甲冑二人組は顔面蒼白だった。クラドの目もヴェインの顔も険しい。
 姉がなんだかまずいことを言ったのは、悠斗にもわかるのだけれど。


「図書室でここの国の歴史書漁ったの。この国っていつも攻撃されてるわねぇ──『悪魔』も『魔女』も『人間』も、この国を毛嫌いしてる」

 
 凛音の言葉にリリーがうっすらと笑みを浮かべた。それを肯定と受け取って、凛音は淡々と言葉を紡ぎ続ける。
 

「まあ、当たり前なのかしら? 人間にしてみればこの国は悪魔と魔女の蔓延る国だし、悪魔や魔女からすれば、人を抱き込む裏切り者の国──でしょ」


 リリーやヴェイン、今までに双子の関わった者達は、悪魔か魔女。それなのに、自分達“魔族”と、人間を同等の存在として扱うこの国は、魔を扱う者達からすれば裏切り者達の国なのかもしれない。


「貴女は国を巻き込みたくないのよね? だから『撃退』や『反撃』しなかった。何年間も。ただしそれは『表向き』の話だわ」
 

 凛音からはフィリアの微笑みは見えていないのかもしれない。 部屋の中は凛音の声で満ちていた。


「見えないようには反撃してたのよねぇ。この国に攻め入った者達を撃退したのは全て、旅人や身元のはっきりしない人ばっかり! これって相当異常よねぇ? 毎回毎回、その辺に優秀で親切な旅人さんが転がってると思う? 答えは否、よ」


 この中の誰かが身分を偽っていたのよ、と凛音は顔を甲冑二人組に向けた。


「貴方達でしょ? 旅人っぽく見せて敵を潰す。でも、二人じゃ無理だから、こっそりここの人達も協力するかなんかして。これは一見、馬鹿みたいな計画だわ。二人でなんて無謀。でも、だからこそ“国”が加わってるとは思わない」
「そこまで考えたか」
「勿論! でもヴェインさん、この人達もいい加減嫌になっちゃったのよねぇ? 毎回毎回、一番ぎりぎりのところで命を晒すんだもの。だから今度は私達を使って完璧に潰すんでしょ? 二度と刃向かわないように」

 
 お手上げだ、とクラドがジェスチャーしてみせる。それに凛音はにっこり笑った。

「私達には力がある。だからそれを使って完膚無きまでに叩きのめせば、周りの国は警戒し始めるだろうし、或いは攻め入るのが無駄だと知るかもしれない」


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