クドラクとクルースニク:修羅場とはきっとこのこと
「男と長く話す気はないからな──さくっと終わらせるぞ」

 地に伏したクルクを庇うように彼女の前に立ち、ニックは飄々と笑みを浮かべる。
 その姿を、羨望と憎悪の目で見つめるのは“クルースニクの指導者”、ニルスだ。
 ニックとは違い、肩につくかつかないか程度の短い髪を風に揺らし、ニルスは青く濁る瞳を伏せる。
 低く笑って、口角をつり上げた。

「ふふ。流石は“始祖に近い存在”──いや、“始祖”といったところ、ですか」
「何だよ。知ってたのか」
「調べるのは苦労しましたよ。貴方は“ある時代から”その本質を大きく変えている」
「“本質”は変わってねえぞ」
「いいや。昔の貴方は気高かった! 清く美しかった! ──それなのに今は、今は──落ちぶれ堕落している!」
「話が合わないな。さっさと終わらせるか」

 女の子を長く地面に転がしとくわけにもいかねえからな。
 血で汚れたコートを脱ぎ捨て、ニックはそれを気の失ったクルクにかける。
 さて、とニルスに向き直り、ニックは構えた拳銃とは別の拳銃を取り出し、ニルスの眉間に狙いを定めた。

「クルースニクの“始祖”の能力をもう一つ教えてやろうか?」

 ニックは引き金に手をかけ、ニルスの青い瞳を見つめる。

「“始祖”はな、クルースニクでありながらクルースニクを殺せるんだよ」

 にっこりと微笑みながら、じゃあな、とニックは引き金を引く指に力を込めた。
 向けられた銃口を凝視しながら、ニルスは嗤う。

「この私を殺すというのですか」
「お前が何度もやってきたことだろ? その矛先が自分に向いただけでがたがた言うなよ」
「“始祖”だというのに!」
「“始祖”だから何だよ。俺に理想を押しつけるな。お前、色々勘違いしてるだろ」

 俺は仲間を支配するために仲間を創った訳じゃない。

 引き金は引かれ、銃口からは玉が飛び出る。飛び出た弾はニルスの眉間にしっかりと当たり、淡く光って消えた。
 ニルスは、呆然とした顔でニックを見つめている。
 死んでいない、のだ。

「時間稼ぎは終了、と。──あのなあ、“始祖”がクルースニク殺せるわけないだろ。嘘だっての。仲間内で殺し合うなんて馬鹿らしいことこの上ないだろうが」

 “始祖”なら何でもかんでもできると思うなよ。
 これだから若造は、とニックはため息をつき、コートごとクルクを抱き上げた。

「お前に撃ったのはいわば“麻酔”だ。死ぬことはねえから安心しとけ。んて、一晩くらい突っ立ってろ」

 せいぜい“反省”しとけ、とニックは頭をがしがしとかき、ほどけた髪をぶんぶんと振る。
 急がないとな、と誰ともなく呟いてから、ニックの体が霧のように揺らぐ。次の瞬間には、ニックのいた場所にはクルクを背に乗せた、青い瞳の大きな白い狼が一匹。
 突っ立ったまま動けない青年を一別した狼は、風よりも早く森の中へ消えていく。

 ──“仲間”?

 消えていく狼を見届けながら、“指導者”はその青い瞳から涙を一筋流す。
 “仲間内で殺し合うことは馬鹿らしい”。
 その一言だけで命を奪うこともしなかった“始祖”に、ニルスは頭ではなく、もっと別の場所を撃ち抜かれたことを知った。

 ──わたしは、本当に大きな勘違いをしていた。

 誰が思うよりも、誰が考えるよりも。
 あの、クルースニクらしくないクルースニクは、気高く、深い懐を持っていた。
 それは、クルースニクの始祖として十分なほどに。

 
***


 ただのクルースニクであったなら、ニックもここまで焦ってはいない。
 今自分の背の上で気を失っているのは、クルースニクでありながらクドラクの性質を持つ娘だ。
 それはつまり、クルースニクでありながらクルースニクを始末することも出来、クルースニクでありながらクルースニクに始末されることもあるということだ。
 自分の代わりに傷付いた“後輩”の姿に唇を噛みしめながら、ニックは森をかけていく。
 向かう場所は決めていた。
 時間が足りずに受け取れはしなかったが、もうそろそろ“秘薬”が出来上がっているだろう。土産物は買ってくることはできなかったが、そんなことで“あの子供”が拗ねるようなことはないとニックはよく知っている。
 クルクを救えるのは、あの“あなぐら”しかないのだ。

 幸いというか、血が大量に流れた様子はないし、殴打された後が目立つのは身体だけだ。顔に傷でも付けていたのなら、何もせずに帰るようなことはしなかったが──今はそれはいいだろう。
 “始祖”として、クルースニクの“先輩”として。否、“友人”として。
 この娘を助けなくてはいけない。


 
 見知った寂れた村を駆け抜け、その先にある墓地を後目に、深い森を駆け抜ける。全ていつも通りだ。外出から帰ってくるときは、今と全く同じ道を通って、コートをはためかせながらニックは“あなぐら”へと戻る。
 けれど、今は違った。
 今は狼の姿で、背中に友人を乗せて走っている。クルクの背に乗せられた、ボロボロになったニックの白いコートははためいていたけれど、いつもよりコートの翻り方は激しい。

 森の中、見つからないような場所にひっそりと開いている洞窟を見つける。
 背にクルクを乗せたまま走るには、少しここは都合が悪い。
 再び人の形を取って、ニックは洞窟を駆け抜けた。
 目指すは──魔女の薬屋。


 魔女の薬屋についたニックを迎えたのは、薬屋を営む魔女その人だった。
 魔女のツウィルは、ニックのボロボロの姿に目を留めてから、彼に抱えられたクルクに目を向ける。

「あら、ミシェル──貴方、その女性……」
「悪いなツウィル、“秘薬”は出来てるか」
「つい今し方。──シャゴールの城に行きましょ。あそこなら病人も安置できるわ」
「理解が早くて助かる──ああ、ついでに飲ませることも出来るか」

 ニックの後半の呟きはツウィルには分からなかったが、ツウィルはそれを気にせずに店内へと引き返した。出来上がったばかりの秘薬は、まだ大鍋に入ったままだ。
 大急ぎで小瓶にそそぎ入れ、ツウィルはミシェルのもとへと急ぐ。小瓶だけを受け取ったニックに、「後で行くから先に行って」とツウィルはニックを先に行かせた。
 彼の前であの娘を、死なせるわけには行かなかったから。
 
 振り返ることなく進んだニックを追うようにして、ツウィルも洞窟をかける。ほとんど変わらないタイミングでシャゴールの城のワインセラーへとたどり着き、ツウィルもニックもシャゴールの部屋へと急いだ。

「悪い、開けるぞ」

 開ける、というより吹き飛んだ扉に、部屋の主のシャゴールは眉間にしわを寄せる。クルースニクの友人が部屋の扉を蹴破ったのは明白だった。なんだ騒々しい、と読んでいた本から目を離し、腰掛けていた椅子から立ち上がる。
 
「頼みがあるんだ、シャゴール」

 いつになく真剣な顔の友人に、シャゴールの顔も真剣なものとなった。

「ここは連れ込み宿じゃないぞ、ミシェル。頼まれても了承できない」
「馬鹿野郎! 後でお前始末するからな」

 見知らぬ娘を抱え、シャゴールの寝台においた友人にそう返せば、どうやらその読みは外れていたらしい。怒号とともに睨みつけられて、シャゴールは身をすくませた。不死といえども怖いものはあるのだ。

「ミシェルの言葉が足りないからいけないのよ、普段の行いもね。──シャゴール、ここを怪我人の治療に使わせて貰うわ」
「拒否権はないんだな……構いはしないが」
 
 淑女の手当てならば私は外にでていよう、と部屋から出ようとしたシャゴールの襟元を、しっかりとクルースニクの青年が掴む。

「お前に頼みたいのはこっからなんだよ、シャゴール」

 治療をするのはお前。

 寝台の元へと引きずられたシャゴールの目の前に、ツウィルが赤い液体の入った小瓶を突きつける。
 シャゴールの顔がひきつった。

「おい、これは」
「“秘薬”」
「それは知っている──ッ!」
「じゃあつべこべ言わないで。彼女は意識を失っているから、自分で飲めないの。ことは一刻を争うから、貴方が飲ませてあげて、シャゴール」
「キスなら慣れてんだろ」
「そういう問題じゃ──」
「はぁい、黙って? 女の子一人助けられないなんて、“紳士”の名折れよ?」

 ニックに押さえつけられたシャゴールの口に、ツウィルがふたを取った小瓶の口を押しつける。
 口に入った液体から、激痛が走った。吐き出しそうになりながらも、シャゴールはそれを言われたとおりに寝台に横になる娘の口へと流し込む。
 寝ている女性の唇を奪うのは、紳士のシャゴールとしては行いたくないことだったが──事と次第と後ろの二人のせいでやらざるを得なかった。“秘薬”を使うほどのことならば、この娘の命に関わりがあってもおかしくない。

 ツウィルから小瓶を受け取って、シャゴールは二度、三度とクルクにくちづける。全て流し込み終わってから、倒れ込むようにして椅子に腰掛けた。
 口移しの課程で少し“秘薬”を飲み込んでしまったのだが、内臓が焼けただれるように痛い。

「悪い、お疲れさん」
「貴方も知っているでしょうけど、“秘薬”は細胞の活性化を一時的に高める薬だから──健康体の人がやると、活性化しすぎて肉が腐り落ちちゃうのよね。下手したら死んでしまうし」
「その点お前は不死者。お前しか頼めなかったんだよ」
「……今回は赦すが、次はないからな」

 全く、と痛む内臓に思いを寄せながら、シャゴールは胃の辺りをさする。この前、ツウィルの毒薬の実験台にされたばかりなのだ。
 いくら不死者の吸血鬼とはいえ、何度も何度も毒薬を飲まされればどうなることか分かったものじゃない。
 そういえば、とシャゴールは唇を舐める。娘と口付けて分かったことだが、この娘、シャゴールの天敵と言っても良い存在だ。そのことについて問いただそうと、シャゴールは口を開く。

「して、この娘──何故ここ《ハロウィンタウン》につれてきた?」
 


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