クドラクとクルースニク:散々なデート
「うっわ、ここくるのすげえ久しぶり」
「でしょうね」

 はー、と観光地気分で目の前の建物を見上げる男に、クルクは半眼になってしまう。本来なら、“久しぶり”なんて言えるような立場にはないはずなのだ、この男は。
 無駄に上品な顔を引き立たせるように、何処かの国の王族かと思わせる、無駄に豪華な白い外套を羽織り、彼はぼんやりと真っ白な建物を見つめていた。
 彼はいわゆる、“始祖”に近いクルースニクらしい。本人曰く、「無駄に長く生きているだけ」だそうだが、聞き及ぶ限りは──少なくとも、クルクが目にした記録の一片では、彼の能力は他のクルースニクを凌駕している、とのことだったから、本当に「無駄に長く生きているだけ」ではないのだろう。
 ちゃらんぽらんな性格をしていても、悩んでいたクルクを導いたように──彼は“クルースニク”だ。たとえ、そのクルースニクの使命である吸血鬼退治を今までにしてこなかったとしても。

「相変わらず、堅ッ苦しいところだな」

 神聖さを漂わせる、大きな白い教会のような、古びた神殿のような──けれど、牢獄のような雰囲気のある、その建物。「ぬいぐるみでも飾る?」とからかったクルクに、そりゃいいな、とニックは声を上げて笑う。
 正面の重そうな馬鹿でかい門の扉を、たった一度蹴り上げただけで開いた男は、勝手知ったるなんとやら、でずんずんと歩いていく。
 門を抜け、庭を抜け。
 正面入り口の門扉も蹴り開けて、ニックはずかずかと赤色の絨毯が敷かれた広間を通り過ぎていった。
 その間にも、何人かの“同胞”がちらちらとニックやクルクを見たものの、ニックを目にしたとたんにさっと目をそらしてしまう。過去に何かやらかしたのかとクルクは隣を歩く男を見るが──何もやらかしていない方が驚きだ、という結論に至った。

「デートにしちゃ、随分なところだな」
「デートではないもの」
「これがデートだって言われたら、舌噛み切って死ぬところだよ」

 目的地は、ときかれ、クルクは「智の間」と答える。
 “智の間”──そこには、クルースニクを統べるクルースニク、ニルスがいた。
 この白い建物は、クルースニクの本拠地だ。クルースニクの“指導者”であるニルスはここに居を構え、日々クドラクとの戦いに明け暮れるクルースニクに檄を飛ばし、自らも戦場に赴いているのだという。

「“智の間”、ね。ニルスのやつ、まだ生きてたのか」
「……昔、何かあったの?」

 この男にしては珍しく、嘲笑を浮かべたものだから、クルクはついきいてしまった。
 返ってきた答えは是だが、「俺みたいなクズなら、何があっても不思議じゃねえだろ?」とウィンクつきだったから──もしかしたら、彼の中ではもう“終わったこと”なのかもしれない。
 ぎゅっと唇を噛み締めたクルクに、ニックがぎょっとした顔をする。何かあったか、と聞かれ、クルクは「何でもないわ」と淡白に返した。

 まだ、知られるわけにはいかないから。

「こんな仰々しい建物建てやがって。馬鹿らしいぜ」

 ぼんやりと呟かれたそれに、クルクがを向ける。それに気づいたのか否か、ニックはそのまま口を閉じた。

「あんまりこんなとこで話すことでもねえな」
「……」

 面倒起こしたくもねえし、と彼は続けたが。
 今更な気はしなくもない。
 そもそも、ニックの噂は全クルースニクに伝わっているといっても過言ではないし、全く良くない方向で有名人だ。「クドラクを狩らないクルースニク」としてクドラクの中でも有名だというのだから──面倒以前の問題だろう。皆が触れないとは言え。

 それからは二人して黙り込み、白い大理石で出来た廊下を歩く。こつこつと二人分の足音が響いた。
 二人の歩幅の違いのせいで、足音は決してかみ合わない。
 これから起こすこと、“彼”にしなくてはならないことを思い出して──“彼女”は顔を暗くした。


***


「やあ、久しぶりですね、ニック“殿”?」
「よお、ニルス」

 “智の間”。
 大理石で出来た廊下を延々と歩き、物騒な顔をした“守護役”のクルースニクに声をかけて入らなくてはならない場所。
 本棚が壁に沿って整然と並べられ、部屋の奥の方には執務室にあるような机がおかれている。
 大きなその机にも乗りきらないほどの羊皮紙の山は、恐らくは各地のクドラクやクルースニクの情報だろう。
 その机に向き合い、椅子に座りながら資料に目を通していた青年が立ち上がる。無礼ともいえる慇懃さを持って為された礼にもニックは気にすることなく、片手を少し上げるだけの不作法な礼を返した。

「で、要件は」
「はは。忙しい人ですね。お茶でも飲みながらゆっくり話しませんか、“色々と”」
「冗談にしてもキツいな。俺が飲みたいのは茶じゃなくて酒。それにお前みたいな男と飲む気もねえ」
「つれないな」
「食えないよりましだろ?」

 さっさと用件を話せよ、と他のクルースニクが聞いたら卒倒しそうな単語をぽんぽんと出しながら、ニックは不敵にニルスを笑う。
 それをクルクは冷や冷やしながら見ていた。
 温厚そうに見えて冷酷なのが、この“ニルス”という指導者だ。

「じゃあ、このまま用件を話しましょうか。……単刀直入に言って、帰ってくる気はありませんか、“ニック殿”?」
「ねえよ。それはお前が“一番よく分かってる”だろ?」
「私達としても、貴方が欠けるのは痛いんです。貴方はいわば“始祖”。貴方自身が行使しようとしないだけで、貴方の能力は他のクルースニクを凌駕する。それは、私達クルースニクにとっては最高の武器であり、クドラク共にとっては最悪の悪夢。クドラクを抹殺し、正しい世を創るためにも、貴方の力は必要なんです」
「悪いな、生憎男の言葉は七十文字程度しか頭に入らない」

 俺が他のクルースニクより段違いってのはよく分かったぜ、と肩をすくめたニックに、ニルスが微笑みながらも「真面目に聞く気はないんですか」と低い声を出す。
 
「ああ。聞く気はない」
「そうですか」

 あっさりと引き下がったニルスに、お前は昔からそうだよな、とニックがため息をつく。
 帰ろうぜクルクちゃん──そう言って、ニックは自分の後ろに下がっていたクルクに振り向いて、頭をかいた。

「……こりゃ一体、何の真似だ? クルクちゃん」
「……ごめんなさい。でも、こうするしかないの」

 ニックの目の前には、愛用のレイピアを構えた銀髪の女。クルースニク特有の透けるような青い目でニックをまっすぐに見つめ、クルクはそのレイピアの切っ先をニックに突きつけていた。

「おい、ニルス」
「ご明察。流石は始祖に近い存在だけある。……偶然ではありますが、彼女の“体質”を知ってしまったんですよ」
「女の子の弱みを握って脅迫か。ろくな男じゃねえな」
「クルースニクでありながら、クドラクを始末しようともしない貴方よりましですよ」

 クルクの“弱み”。
 ──クルースニクでありながら、同時に“クドラク”でもあること。
 見た目こそは銀髪に青い目と、クルースニクのそれなのだが、彼女はたまにどうしようもなく血に飢えることがあった。それは人には向けられず、“クドラク”に向けられるものだったから、ニック以外には気付かれていないはずだったのだ。

「“戦乙女”とすら謳われる“クルク・リアシャ”。クルースニクとして沢山の獲物《クドラク》を狩ってきた彼女が獲物と同類だと知ったら……同胞はどう思うのでしょうね」
「お綺麗な顔の割には下衆だな」
「貴方も大して変わらないでしょう。──クルクさん、後は手筈通りにお願いしますね」
「……はい」

 抵抗することもないニックの腕に拘束具を取り付け、クルクはニックを引っ張るようにして部屋を辞す。不気味なほど綺麗な笑みを浮かべたニルスが、「ああ、そうそう」と愉しげに呟いた。

「彼女、クドラクとクルースニクの性質を持っているでしょう? クドラクを殺せるのはクルースニクだけであるように──クルースニクを殺せるのもクドラクだけです。私と“ニック殿”では殺し合いは出来ませんが、彼女と貴方ならそれが出来ます」

 ──彼女には逆らわない方が良いですよ。

「こんな美人にエスコートして貰えるんだ、逆らうわけがねえだろ」
「さて、いつまでその余裕は保つのでしょうかね」

 せいぜい“デート”を楽しんで下さいね。
 その声を背中に、ニックはクルクにつれられて部屋を出た。


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bkm


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