謎解きはお仕事の後に
「うおっ」
「ごめんなさい!」

 ぱたぱたと走ってきた黒髪の娘が青年とぶつかる。丁度、青年の肩あたりに娘の額が当たった。
 ほんの少しの花の香りと黒髪が青年の鼻先を掠め、娘は駆けていく。
 かつかつとリズミカルに刻まれる靴音を耳にしながら、青年はぼんやりとその後ろ姿を見送った。
 
 ──背は高いけど、イイ線いってるな。

 顔こそ全く見えはしなかったが、すらりとした体型は猫みたいにしなやかだった。無駄な脂肪はついていないようだから、いかにもすばしっこそうな。
 結ばれていない黒髪が娘の背で波打ち、日に照らされて柔らかく光っている。
 仕立ての良さそうな緑色のドレスを身にまとい、ヒールの高いブーツで走る姿はさしずめ、お転婆な令嬢といったところか。

 ──まあ、もう少し肉が付いてた方が好みかな。

 抱きしめるには少々不向きだ、と思いながら、青年は小さくなった娘の背中から目を離した。
 青年の向いていた方向とは別の方向から、少年の声が聞こえたからだ。

「ミシェル、アンタまたそんなところで……」
「おー、悪い、悪い。安心しろ、ターゲットには気づかれちゃいねえから」
「当たり前だろ」

 ミシェル、と呼ばれた青年は軽薄に手のひらをひらひらと振り、少年に言葉だけの謝罪を口にする。
 少年はミシェルの見ていた方向を見るなり、「あの人がどうかしたか?」とだけ聞いてくる。緑色のドレスは、まだ少しだけ見えていた。
 
「別にどうも。お嬢さんってのはああも高いヒールで走れるもんかな、と」
「あー……まあ、そんなもんなんじゃないのか。靴なんてどれも似てるし」

 よく分かんないけど、慣れだろ。
 そう答えた少年に、これだからガキは、とミシェルは首を振る。

「ヒール一つ取ったってな、お嬢さん方には“とびきりのおしゃれ”だったりするんだよ。そういうのに気づいて褒めるのが男の役目。だろ?」
「いや、そんな面倒な役目は御免だけど」
「……彼女いねえだろ、ユウト」
「必要とも思わないし。そういうミシェルもいないだろ」
「俺はいいんだよ。誰か一人のものになっちまったら、悲しむお嬢さんが増えるだろ?」
「その自信は素晴らしいと思うよ。俺はどうかと思うけど」

 付き合ってられない、と淡白な反応を示した少年──ユウトに、「辛辣だな」と楽しげにミシェルは口角を釣り上げた。
 どのみち、どう返しても楽しそうな顔をするのがミシェルであるとユウトは知っているから、あえて辛辣な言葉を返すことに決めている。
 
「大体さ、アンタは目立つから大人しくしてろって言ったのに」
「だから顔かくして歩いてるだろ? 不自然にならない範囲で」

 その言葉と共に、ミシェルは頭に乗っている羽付きの白い帽子を少しだけ持ち上げてみせる。
 帽子のつばに隠れて見えていなかった青い双眸が、ユウトの焦げ茶の瞳を捉えた。
 銀の髪がさらりとこぼれ落ちる。男にしては長い髪を左肩のあたりに藤色のリボンで結い、上等そうな白い外套をまとう姿はどこかの王子のようだ。
 その見た目に合うようにとチョイスしたらしい帽子は、“高貴そうな身分”の見た目を壊すことなく、当たり前のようにそこにある。

「その帽子のチョイスは悪くないと思うけど、目立ちすぎるんだよ」
「まあ、一般人の枠には収まらないほど格好いいからな、俺は」
「……アンタさ、ナルシストって言われないか?」
「いや?」

 何を馬鹿な、とでも言うかのように笑ったミシェルに、ユウトはため息をつく。

「まあいいや……目的地に行こう」
「道案内任せたぜ、ユウト君?」

 返事の代わりにもう一度ため息をついて、ユウトは目的の宿屋へと歩き始める。後ろにいるミシェルのことは一度も見なかった。



***


「で、この人が今回の仕事仲間。リン、ミシェルだ」
「ミシェルか。私はリンだ、よろしく」
「おー。ご紹介に預かりましたミシェルです。よろしく」

 宿屋の一角に人影が三つ。
 一人はまるで王子かのような見た目の銀髪の青年で、もうひとりはつり目がちな少年だ。動きやすそうな格好ではあるが、金属の肩当てや胸当てを見る限りは戦士か何かだろう。一方、もうひとりの人影は男か女かの判断がしにくい。盗賊のようにも占い師にも見えるような長袖の紺の服装では、中性的な見た目が一層強調されていた。

 ユウトの紹介にあわせて、ぱちん、とウィンクをひとつして、ふざけるような紹介をしたミシェルに、リンが口元を緩めた。こっちはジョークが通じるようだな、とユウトに向かってニヤリと笑えば、ユウトは無言で肩をすくめる。口調の堅さのわりには気安くつき合えそうだなとにっこり笑って、ミシェルはリンの顔をじっと見つめた。

「何だ?」
「ん……いや、リン、君は女か? 男にも女にも見えるんだけどよ。声は男にしちゃ高い気もするけど、女にしては低い気もするし──背もあるだろ。名前は女の子っぽいが」
「よく間違われるよ」

 にこりと笑ったリンは、「倫太郎」と口にする。
 「倫太郎は長いからリン、か」そう言ったミシェルに笑いかけ、「なかなか鋭いね」とリンはユウトにニヤリと笑う。

「あー、お前らよく見たら似てんな。兄弟かなんかか?」
「俺とリンはきょうだいだよ、ミシェル。俺がリンの弟」

 へえ、とミシェルは目を丸くして、目の前に並んだ二人を見比べる。
 焦げ茶の瞳はユウトのほうが鋭く、つり目がちだがよく似た色だし、艶の良い黒髪も髪質からよく似ている。二人の象牙色の肌は滑らかで、日差しを受けて仄かに照らされていた。
 リンの名前からして東国出身なのだろうな、とミシェルは見当をつける。「ユウト」も、「リンタロウ」もこのあたりでは耳にしない発音だ。

「で、早速仕事の話だけど、リン?」
「ああ。やはり、情報通りに“ターゲット”が隠していたよ。盗まれた宝石は屋敷の地下の金庫の中だ」
「よくそこまで調べられたな」
「隠密行動は得意でね」

 リンが語るところによれば、今回三人が狙う──もとい、取り返す宝石は“ターゲット”の屋敷の金庫にあるという。
 “東雲の石”という名で呼ばれるホワイトオパールがその取り返す宝石であり、その価値は他の宝石の比ではない、と三人は聞かされている。
 宝石の収集家である三人の依頼人が語ったところによれば、仲間内のコレクターだけで開いたパーティーでそれを披露したところ、パーティーの終了後になくなっていたらしい。
 以前に執拗にその宝石をほしがっていた奴が怪しい、と言われるがままにユウトとミシェルは調査を続け、リンもまた別のルートでそれを探っていたところ、今回れっきとした証拠をつかんだに至った、というわけだ。

 見せびらかしたりするからこうなるんだよな、と疲れた顔で言うユウトに、コレクターはそんなものだろうとリンが真顔で紡ぐ。ミシェルもそれに同意を返す。

「コレクター相手にこそ自慢する価値はあるんだよ、ユウト。お互いに目が肥えているから、そういう奴らから羨望の眼差しを受けるのが楽しいんだ」
「そんなもんか。盗まれてちゃ何とも言えないけどなあ」
「その点については私も同意だな。見せびらかす時点で“盗って下さい”というようなものだしね」

 まあそういう奴がいるから、私たちも稼がせて貰えるんだけどね。にこりと笑って口にしたリンに、「お前結構エグいな」とミシェルが目だけで笑う。「よく言われるよ」とリンは笑った。

「じゃあ今夜にでも」
「そうだな、行動は早い方がいいだろうね。特に今回みたいな場合は」
「じゃ、夜まで自由時間ってことで──」

 早速解散しようとしていたミシェルに、ユウトがしっかりと釘をさした。

「ナンパしたりして目立つなよ」
「……はいはい、大人しく酒場の隅で陣取ってりゃいいんだろ」
「俺達はこのまま侵入経路とか考えておくから」
「酔いつぶれたりしないようにな」

 血の繋がった二人から発された注意事項に適当にうなずき、ミシェルは宿屋を出て行く。



***


「呆気ないな」
「楽勝すぎて逆に怖い」
「盗人にしては警備も薄いなー。まさか三人なんて少人数でくるとは思ってねえだろうしよ」

 人の寝静まった夜、こっそりと屋敷に忍び込んだ三人は、お目当ての金庫のあるフロアまであっさりとたどり着いていた。
 所々にいた警備員は、リンの“眠りの魔法”でばたばたと倒れ、それでも眠らなかった数人はユウトとミシェルに実力行使で気絶させられている。

「お前魔法使えたんだな。てっきり盗賊かなんかかと思ったけど」
「一通りのことはできるよ。器用貧乏とも言うけれどね」

 倒れた警備員の身包みを剥いで、懐から金色の鍵を取り出したリンは、それはそれは楽しそうな顔をしていたから──盗賊の適性はあるのだろうなとミシェルは苦笑する。
 くすねた鍵を使い、金庫のある部屋の鍵を開け、リンは随分と無頓着に部屋の真ん中にある金庫へと歩いていった。心なしか、スキップをしているような陽気さすら感じられる。

「あ、こらリン」
「大丈夫、罠は床にしか仕掛けられていないよ」

 止めたユウトへの言葉を聞いて、なおさら不味いんじゃないかとミシェルは思ったが、リンはそうでもないらしい。
 チェスの駒のように白と黒の四角が埋め尽くす床を指さし、「黒いタイルに乗ると良い」と二人に告げる。

「白は膨張色だから、少しわかりにくいかもしれないが──白いタイルだけ、少し床からせり出しているんだ。白のタイルそのものが“罠のスイッチ”と考えて良い」
「なんでまた、そんな分かりやすい仕掛け方を……ああ、そういうことか」

 ぼやきながら黒いタイルだけを歩くユウトは、なんだかスキップをしているようだ。別にリンは鍵が開いて浮かれていたわけではないらしい。

「罠は最悪バレても構わない。重要なのは仲間までひっかけないこと、だもんな」
「そういうこと。さすが私の弟。白のタイルをスイッチに選んだのは、暗闇なら白でもある程度は判別がつくからだろうね」
「仲間が暗闇でも踏みにくくなる、か」

 ミシェルの言葉にも頷いて、リンは時間もかけずに金庫へとたどり着く。
 ここからが正念場なのだよなあ、とため息をついたリンに、「金庫なら任せろ」とミシェルが人の悪い笑みを浮かべる。
 出来るのか、と聞いたユウトに「吸血鬼の住処の鍵だって外してみせるぜ」とウィンクを一つ返せば、「それは頼もしいな」と肩をすくめて返される。

 相手が金庫なら、耳がよければ何とかなるものだとミシェルは知っている。
 ダイヤル式の金庫と言えば、ダイヤルを全部そろえることで開く。“あたり”の番号はダイヤルを回すときに、微かな音が聞こえるから、全てのダイヤルを回してそれを確認していけばいい。
 幸い、ダイヤル自体は七桁しかないから、数分もあれば金庫は開くことになるだろう。
 上品そうな見た目に似合わず、こういう技を身につけているのがミシェルという青年だ。

 程なくして金庫は開き、三人は盗られた“東雲の石”を拝むこととなった。オパール特有の内部構造によって生まれる光を“遊色効果というのだが、このホワイトオパールはその光が明け方の雲のような色に見えるのだという。
 珍しいものもあるもんだな、と三人はそれを懐にしまうと、屋敷を後にした。

***

「──で、だ。無事に俺たちの仕事は終わったわけだが」

 仕事終わりの宿屋にて、ミシェルがユウトとリンを正面に、真面目な顔をして問う。

「俺、どうしても聞きたいことがあるんだよ。──お前たち二人とも、俺に嘘をついてる」

 なあ、とミシェルはその青い瞳を細めた。

「お屋敷の罠も直ぐに見破るお二人さんに聞いてほしいんだなあ、俺の推理」
「構わないよ」

 挑戦的に笑ったのは、リンだ。



***

 今回はちょっとお遊びをしてみたいと思います。
 次のページを開く際に出てくる「パスワード」に、以下の質問の答えを入れると回答編が読めるようになっていますー。
 簡単な問題なので、ぜひチャレンジしてみてくださいね。(パスワードは半角数字です)

解答例:

問題1 リンゴの色は?

 1赤 2白 3黒

問題2 魚にあるのは?

 1葉っぱ 2鱗 3足

問題3 なめると甘いのは?

 1佐藤 2塩 3砂糖


 この場合は 問題1は一番が正解、問題2は二番が、問題3は三番が正解なので、パスワード送信欄には123と続けて入れて下さいね。


ではこのお話の問題です。

問題1 リンの本名は?

 1リンゴ 2リンタロウ 3リンノスケ

問題2 冒頭でミシェルとぶつかった娘の髪の色は?

 1黒 2金 3そもそも生えていない

問題3 リンとユウトの関係は?

 1兄弟 2恋人 3ただならぬ仲

ページ下部、【next】より解答編です。







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