「食らえ!氷の腕ッ!」
妙なかけ声とともに、ひんやりとした何かが押し付けられた首筋。思わず、亀のように首をすくませて、後ろを見やる。
首をすくませた男の後ろには、にやにやと笑う青年が一人。冬の霜のような銀髪を朝日に輝かせて、仁王立ちをしていた。
ここは、とある吸血鬼の家庭菜園。
冬とはいえ、何故かハーブが生き生きと育つこの菜園に、王子かと見間違うばかりの美貌を持った、銀髪の青年。
不釣り合いなことこの上ないが、無理もない。銀髪の青年は、この家庭菜園の持ち主である、黒髪の吸血鬼の双子の弟だったから。
亀のように首をすくませた男は、着ていたハイネックの黒いセーターの首もとに入った、青年の手を引きずり出して、手にしていた小さなスコップでそれをはたき落とした。
「冷てェ奴だな、せっかく弟がきたってのに」
「人の首筋で暖を取ろうとする男を、私は弟とは認めない」
「暖なんか取れねえのに。お前体温まで冷たいっつの」
「吸血鬼だからな」
ふと思い出したように、ニヤニヤとした青年の頭に、男は拳骨を一発お見舞いした。
急な出来事に悶絶し始めた青年に、得意げな顔で男は一言。
「食らえ、愛の鉄拳」
「棒読みじゃねえか!」
どこに愛がこもっているのかと喚く青年に、それなら今度は──と男がスコップをシャベルと持ち替えた。
「愛のない鉄拳でも喰らうか」
「まず“拳”じゃねえだろ!」
「“打ち所が悪くても”畑の肥料にはなれるぞ」と声をかけた兄に、青年は「冗談じゃねえよ」と首をふる。
毎年毎年の、このやりとりを見届けているのは、吸血鬼の小屋のそば、家庭菜園の入り口に植えられた、杏の樹だけだ。