ハロウィンタウン:デュラハンとバンシーとゴーストと
 泣くことが仕事であるものは多い。女優や俳優は演技で泣くし、赤ん坊や子供は比喩的ではあるが「泣くのが仕事」だ。少し話はずれるが、「女の涙は武器」ともいうのだから、涙とは恐ろしい──。

 そんなことをまじめに考えていた青年を、小さな少女が鼻で笑った。いや、鼻で笑ったのではないかもしれないが、少なくとも青年にはそう見える。

「お兄さん、そんなことを考えるよりも、まずは泣き止ませるのが先決。でしょう?」
「ああ……とはいうが、エカ、君は」
「お兄さんは考えているときに唇が動くの。後はそれを読むだけで良いわ」

 なるほどと青年は納得した。何故年端も行かないこの小さな人間の娘が、自分の頭の中を読めたのか。言われてみれば、自分の腕の中にある自分の頭の唇は、もごもごと動いている。

「ねえ、デュラハンのお兄さん、パルシーがひどく泣いているわ。相棒としては泣きやませるのも仕事じゃなくて?」
「……ああ、そうだな」

 子供らしからぬ口調で青年に話しかける娘の向こう側、わあわあと泣きじゃくる黒髪の少女と、それをどうにかして泣きやませようとする少年がいる。
 少女が泣きじゃくる原因の半分は、己の態度にあったことに青年は苦い顔をして、泣きやませようとしている少年に近寄った。

「くるなよばかっ」

 とりつく島もなく睨まれる。面倒だとは思いながらも、デュラハンの青年は無言で少女の頭を撫でた。
 大人しくなるかと思えば、余計になき声がやかましくなる。何か間違えただろうかと青年は考えて、子供らしからぬ少女、エカをふりかえった。エカは、遠巻きに三人を見つめている。
 大人なんだからなんとかしなさい、そう言っているようにも見えて、デュラハンの青年はまた無言で泣きじゃくる少女に目を向ける。

「私たちが悪かった」
「な……! オレは悪くないだろ! ディルがあんなことを言うから──」

 少年が全てを言い切る前に、エカが近寄ってその頭を叩こうとして──その手が少年の半透明の頭をすり抜ける。「さすがゴースト、叩けないのね」とつぶやいたのはエカだが、その代わりに叩き直したのはデュラハンの青年だ。
 少年は不服そうだったが、一瞬だけ収まった泣き声をまた大きくはしたくなかったのだろう、大人しくしている。

「ねえパルシー、ディルさんもガーシュも仲が悪い訳じゃないのよ。そうね、ちょっと寂しかったから、お互いに気を張ってしまっただけ」

 半透明で実体のない黒髪の少女を抱き締めるように、エカが緩く腕を回した。エカが手を回したそこには、何の感触もなかったのだけれど。
 ぐずぐすと鼻を鳴らし、涙に塗れた瞳で黒髪の少女が顔を上げる。それににこりと微笑んで、エカは「お仕事以外で泣いちゃダメよ」と黒髪の少女に明るく声をかけた。

 パルシーと呼ばれたこの黒髪の少女は、バンシーという名の妖精であり、“泣き女”の名の通り、泣くことを仕事にしていた。バンシーと言えば、権力者や富裕層の人間の死の間際に家を訪れ、泣き叫ぶ──のが仕事だ。
 けれど、このバンシーの少女は泣き虫で気が弱く、何かにつけてはその大きな目からぽろぽろと涙をこぼしている。それを案じた彼女の両親は、気難しそうなデュラハンの青年、ディルに彼女の教育を頼んだ。
 デュラハンとバンシーは同じ“死を告げし者”として切っても切れない関係にあるし、場合によってはデュラハンとバンシーは行動をともにすることもある。
 デュラハンといえば、バンシーのように死を告げに行くわけではなく、死にそうな人間の家を夜中に訪ね、家主が扉を開けたところで血をぶちまける、という少々嫌がらせじみた行為で死を告げ回っている。バンシーのように泣くこともなければ富裕層、権力者を選ぶこともなく、ただ死にそうなら手当たり次第──というわけだから、臆病なバンシーの少女がデュラハンと行動をともにすれば、すこしは度胸がつくだろう──と両親は考えたらしい。
 なにせ、子供とはいえ、死ぬ者の家の扉を叩くことすら怖がるというのだから、バンシーとしては少々難があるのは否めない。
 現状としてはデュラハンが彼女を連れ回す度に、至る所で泣き出してしまうので、彼らの姿が見えない人間は「バンシーの泣き声だ、また権力者が死ぬのか」とわくわくしている様子すらある。
 権力を持たぬ者、権力者に使われる者からすれば、権力者の死とはある意味でイベントなのだろう。不謹慎よねと吐き捨てたエカに、「権力者でも惜しまれる者はいる」と静かに告げたのはデュラハンの青年だったけれど。

 その青年は現在、少女を泣きやませることも出来ずに無表情でおろおろとしているから、頼りになるのかならないのか、微妙なところだ。
 権力者の人柄によっては死を惜しまれることもあり、人もひとくくりには、できないのだとエカに語った彼は格好良かったのだが。

「だ、だって、ディルが──ディル、ミシェルさんが帰ってこなきゃいいのにって」
「そうね、確かに“あんな屑は帰ってこない方がせいせいする”って、ディルさんは言ったけれど」

 ちらり、とエカがディルをみやる。ふん、とディルは鼻を鳴らした。
 この“ハロウィンタウン”と呼ばれる洞窟の中の街には、ミシェルと呼ばれるクルースニクの青年がいる。クルースニクといえば善の象徴、種族的にも生真面目で高潔な者が多いはずなのだが、ミシェルは違った。酒は飲む、たばこは吸う、女好きな上に賭博を好む──ちゃらんぽらんな性格で、クルースニクの“使命”であるはずの【吸血鬼退治】を一度もしたことがないという、とんでもないクルースニクだ。
 そんなミシェルと、生真面目で頑固なデュラハンの青年、ディルの気が合うわけもなく──彼らは、ハロウィンタウンの中でも有名なほど仲が悪かった。
 主に、ミシェルがディルをからかうのが問題ではあるのだが。

「事実だろう、エカ」
「でもね、ディルさん? ミシェルさんがいないと、やっぱり少し寂しいわ。──ディルさんは知らないと思うけれど、あれでミシェルさんは意外とまともなヒト、なのだと思うの。クルースニクとしては最悪だけど」
「……エカ、褒めるか貶すかにしてくれ」
「そうね、クルースニクとしては最悪、でもヒトとしてはそこそこ、よ」

 エカの悪戯っぽい笑いに、ディルが押し黙る。ディルとて、ミシェルが悪いものでないということくらいは知っているのだが、彼が自堕落なミシェルを許せない、というのは変えられそうにない。それでも、ミシェルがこの少女──エカを、ここに連れてきたことは評価してはいるのだ。
 エカは、身勝手な人間に虐げられていた娘だと聞いたから。
 年齢に不相応な考え方も、話し方も、周りには悪魔的にうつったのだ、と、エカの母親代わりをつとめる魔女は語った。
 ミシェルが、そんなエカの心の傷を癒すように、気の良い青年のまま、エカに接し続けているということも知っているし、必ず手元にあった、火のついた煙草が彼の手から姿を消したのは、エカの体に悪影響だ、とミシェルが自発的にそれをやめたせいだということも知っている。
 けれど、それでもあのちゃらんぽらんな性格はディルにはあわない。これはもう、どうしようもないことだった。

 そしてそれは、エカだって理解している。

「……」
「ミシェルさんが……そうね、ミシェルさんの行動が子供なのは否めないわ。でも、だからこそディルさんには大人になって貰いたいの」

 だめ?と上目遣いで青年に同意を求めるエカは、少女らしい愛らしさがあったけれど──中身の方はそうでもない。彼女の頭の中には、どうすればこの、頭の固い青年を言いくるめられるか、の算段がされている。
 結果、子供らしく振る舞って、子供らしくお願いをすれば良い、という結論に至った。ディルは子供と女性の願いには弱いから。
 彼女の算段は見事に成功したらしく、ディルは不服そうながらに「善処する」とだけ答えてそっぽをむいた。こういうところをみると、エカとしてはどっちもどっちな子供っぽさを感じてしまうし、出来れば「善処」ではなく「対処」して貰いたいが、それを求めるにはディルは頑固すぎる。

 ふ、とため息をついて、エカはバンシーの少女へと向き直った。まずは、泣きやませるのが先決だ。


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bkm


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