マジシャンと助手 2
「さあさあ、お次は人体消失マジック! 頭だけになりたい人は? 頭を落とされたい人は? 勇気あるお客様、どうぞ壇上へ!」

 溌剌とした笑いを振りまいて、朗々と楽しげに言葉を紡ぎ出すのは、ショートカットの女手品師だ。
 舞台の袖からは、観客が盛り上がっているのがよくわかるし、手品師がノリにのっているのも見て取れる。観客と一体化したステージ。理想的でジョシュアがとらわれたもの。

「相変わらずですよね、先輩。いつもこうしていて欲しいものですが」
「まあまあ……あれは一種のトランス状態だから」

 苦笑いで彼の呟きに答えるのは、セクシーな衣装を身に纏った空中ブランコ担当の団員だ。彼女の名はブラン。本来ならその隣に必ずいる、神経質そうな男がいないことにジョシュアは少し首を傾げ、ああ、と思い出した。ブランとコンラ、二人いての空中ブランコだが、今回はそれが出来ない。コンラの方が練習中日足を痛め、急遽ジシャンに埋め合わせが回ってきたのだ。
 だからこそ、ジシャンはうだうだとしていたわけで。
 
「コンラ先輩は?」
「だいじょーぶよ、アイツ結構じょーぶだから」

 今頃は歯ァ噛み締めて悔しがってるかも、とケラケラ笑うのはブランだが、コンラはそれどころじゃないだろう。
 ブランとコンラは双子で、ブランはわりとさっくりさっぱりした性格の妹だが、コンラは神経質でプライドの高い兄だ。なおかつ、コンラはジシャンをライバル視している。花形スターとしてのプライドがあるのだろう。
 一方で、ブランの方は呑気だ。花形スター、つまりは一座の看板を奪い合うライバルだと言うのに、ブランはマイペースにジシャンとよく話している。お互いの会話が時折かみ合わなくても、ブランは気にしてもいない。
 多分、ジシャンと一番仲がよい団員はブランだろう、とジョシュアは見当をつけている。
 普段は根暗で泣き虫なジシャンだ。あまり交友関係も広くはない。
 快活でポジティブなブランが、どうしてジシャンと共にいることが多いのかは分からないが、明朗そうに見えて良く分からないのも、このブランコ乗りのブランの魅力の一つだ。

「あたしもねー、あの子のマジックに魅せられた一人なのよ。あの子の近くで、あの子の“魔法”をずっと見ていたいと思った一人なの。……これはちょっと内緒の話だけど、コンラもあの子のマジックは認めてる。あの子のマジックに魅せられた人は結構多いわね」
「へえ……」
「もう一つだけイイコト教えてあげよっか?」
「何ですか」

 ふふん、と楽しそうに笑い、ブランコ乗りの娘がジョシュアの目をじっと覗き込む。

「これは本当に秘密にして欲しい話なんだけど。ジョシュア君、君にはライバルがいるわよ」
「ライバル? 俺のほかにナイフ投げをしているような見習いって、いましたか」
「違う! ジシャンよ、ジシャン! コンラがジシャンに恋してるって言う話なんだけど」
「冗談ですか? シャレになっていませんけど」
「これが本当なのよ。好きな女の子に意地悪したくなるって奴かしらね、餓鬼臭いけど」

 私は断然ジョシュア君を応援するけど、と悪戯っぽく笑ったブランに、何でですか、とジョシュアは無愛想にたずねる。


「だってコンラと恋仲になったとするじゃない? あいつ神経質で嫉妬深いもん。私がジシャンと話してても嫉妬してるくらいだから」

 さっくり言ってメンドクサイ、とけらけらと笑い、ブランはジョシュアの袖をつんつんと引っ張った。
 舞台の上では、ジシャンが大掛かりなマジックを披露しようとしているのが見て取れる。

「ほら、君の出番だよ、“助手のジョシュア”君!」

 行っておいで、と肩を押され、ジョシュアは舞台へと進む。

「少なくとも距離的には君のほうがコンラよりジシャンに近いからね!」

 がんばれー、と悪戯っぽく笑うブランに、自分はそんなに分かりやすかっただろうかとジョシュアは首を傾げる。

 
「さあ、ジョシュア君!お仕事よ!」

 人が変わったように快活に笑うジシャンに名を呼ばれ、ジョシュアは返事をした。


 ──本当のショーの幕開けは、ここからだ。


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