人間を食べちゃう悪い幽霊は退治しなくちゃいけないらしい。

「殺さないで」、クローゼットでひっそりと暮らすブギーマンも。「ごめんなさい」、手を合わせていただくシーツのお化けも。

みんなみんな退治しなくちゃいけないらしい。じゃないと、人間は安心して生きていけないんだとか。食べられちゃうのは嫌なんだとか。こわいんだとか。

悪霊退治屋に飼われた一員としてきちんとお手伝いはするけれど、同じように笑って同じように悲しむ幽霊の感情ごと殺してしまうのはどうしてもが嫌だと駄々を捏ねて。結局役立たずのまま、半身透けた退治屋は鼻を摘んで赦しのシーツを被る。そうでもしないと退治屋だって、怖くて怖くてどうしようもないんだ。

口笛で捲る本のページには閉じ込められたお化けがたくさん。犯した罪は1つだけ、おいしく人間食べちゃった。お腹が空いていたから。食べなくては生きていけないから。

そっかじゃあ仕方ないね、なんて声は何処からも聞こえてこない。誰も言ってくれない。この世は人間が中心、仕方ない。

仕方ないから、仕方なく生きる仕方ない生を咎めるために。お肉を詰めたカンテラで以て、竦んでしまう足を導きお化け屋敷へとお邪魔した。

いつか自分もページの1枚となって、
きっと、
表紙には最後のナイフが仕方ないねと仕方なく







一応は喰種の血が入っている茶々だが、残念な事に鼻が少しも利かない。人間と喰種の匂いなんて嗅ぎ分けられず、他の喰種に比べて優れている点なんて再生能力と危うい柔軟性くらい。

そんなだから目星をつけてお仕事へ挑むことが出来ず、ただ運に任せて喰種との遭遇を待つ事になる。捜査官との差別化をはかっての事だろう、上からも適当に歩き回れと指示が入っているため命令に忠実である事にはなんら変わりないが。

効率的に、と考えるならば当然、夜間の方が悪さをする喰種達とバッタリする確率が高い。しかし、混濁した世の中。昼間がどこまでも静かなわけではない。どんなに暖かい日であろうが白昼堂々と捕食を行う喰種はいるし、門限ギリギリまで壁に落書きして遊ぶ護るべき人間のそばで喰い場争いが始まる場合だってある。変に勘を働かせてヘマをするくらいならば、与えられた指示にのみ従って時間を無駄にする方がマシ。きっと。

だから茶々のお仕事は、運の良い人間を見つけること。運の悪い喰種を見つけること。捕食なり喰い場争いなりで巻き込まれている、占い1位の人間を見つけること。白鳩がいるとも知らず悪さをしている、占い最下位の喰種を見つけること。

さて、がんばろう。今日はなるべく死なないように、ほどほどに。どこの区を回ろうか。

と、どんより向き合った新しいお仕事。出勤の晴天。

「…。」

「…」

なぜか? なぜか。
平子丈が着いてくる。

「タケさ、――…平子さん、ぼくに…何か…?」

「いえ、今の所は」

今のところ…?

マンションを出てバカみたいに明るい道をテコテコと縮こまって歩く茶々の、その後ろ。控えめに靴音を鳴らす平子はいつも通りにただ静かだが、臆病な茶々にとっては背中を虫が這うような心地悪さを感じてたまらない。隊で捨て駒という名の先頭を持っているわけではない今、誰であろうと後ろを歩かれるのは苦手。気になって仕方ない。

茶々が来るまでインターホンも押さず静かに待っていたらしい平子は今のように茶々の質問に短く答えて多くを語らず、何をしに来たのか全くの謎。決して暇な人ではないから何かあるのは確実だが、顔を合わせた瞬間に無礼ながらぶったまげて逃げてしまったため今更深くは聞きにくい。尻尾を踏まれた猫のように、お化け屋敷で驚かされた退治屋のように、ぴょんと飛び跳ねて驚く様は誰が見ても臆病だった。まさか待ち伏せされているとは思わなかったから、茶々はとてもびっくり。

「あの…お仕事はひとりで行かなくちゃならなくて、ぼく…怒られてしまいます、」

「すみません。邪魔だとは承知していますが、有馬さんからの指示なので」

逃げるようにパタパタと足を進める臆病に余裕の歩幅で着いてくる平子。申し訳なさそうな顔で見上げた茶々を見下ろすこれといって特徴のない瞳は、どうにもひんやりとした冷たさで一層肩が縮こまる。ぺし、と軽く叩かれたような素っ気ない声が、こわい。

ぎゅっと太ったバッグを抱きかかえて少しの思考を描くけれど、まあ監視が寄越されるのは何もおかしい事ではない。有馬は茶々にとっての上司に当たるから。そこはおかしくないのだが、なぜ平子なのか。茶々は血統書付きの喰種とはいえ、Sレートなんて指先すら引っかからない程度の実力しかない。Aにだって届くかどうか。

元から雑種として産まれてきた茶々は、喰種の部分と人間の部分が摩擦して大暴走するなんて事もなく日々穏やか且つ従順に過ごしている。が、もし制御がきかなくなったとしても、もし反旗を翻したとしても、わざわざ平子が手を下すまでの大物ではないだろう。

なんだかよくわからないが、未だに有馬からのお使いをこなしている平子も随分律儀な人だなあと、そう思う。

通りがかった公園でちらちら後ろを気にしながら可愛らしい黄色のポールをすり抜け、その柵越しに律儀を振り返る。自分と他人の間に隔てる何かがあるというのは少しの安心を齎してくれて、掌に伝わる黄色の冷たさがまた少しの上乗せをくれた。それでも、心臓は煩く瞬きは忙しいけれど。

察している平子も同じ様に足を止め、愛想など少しもない目で茶々を見下ろす。

「…1日、一緒ですか?今日…ぼくと。」

「そうなりますね。一応、報告までは共をする様にと言われてます」

「……そうですか…。えっと…ごめんなさい。よろしくお願い、します…。」

長い。報告まで、とても。
そしてやはり突っ込んだ事が聞けない。最低限の礼儀で頭を下げてみたが顔を上げて視線を合わせる勇気がなく、抱えたショルダーバッグを一層強く抱き締めて早々に踵を返した。もう一度ぺこっと頭を下げるのも忘れずに。

そんな無礼を、やはり咎める事なく窮屈なポールを抜ける平子は茶々の小さめな足跡を覆う様に踏み潰して後を追う。上背があって大柄な部類に入る有馬とは違いまだ線の細い体は頼りなく、鍛錬など積んでいないそこら辺の学生の方がよっぽど恵まれた肉体をしている。これはもう、茶々を見る度に誰しもが口にする事。

数個の足跡で立ち止まったお砂場で、居心地悪そうな茶々がゆっくりとしゃがみ込んだ。立ったまま動向を観察する平子を一度振り返り、そして周りを見渡す。見つけて拾ったのは砂に埋もれかけた頼りない小枝で、ギザギザに尖った先でお砂場の深い砂に線と数字を描く。ザラついた音が砂をよけて整うそれは、あみだくじ。ただのあみだくじ。

「…少し、待っていただけますか…?ぼく、回る区を決めないと…いけなくて…ごめんなさい、」

「…いえ、お気になさらず」

日当たりの良い場所でまたまた振り返った茶々が、眩しさに片目を瞑りながらもごもごと喋る。平子が一歩ズレてくれたお陰で影が目を労ったが、まともに見上げたらそれはそれで恥ずかしい。限界まで希釈した青い瞳は貧相に水っぽく、とても誇れたものではないから。一瞬目が合ってしまいふらふらと彷徨う視線、恐る恐る顔を下げた茶々が縮こまって砂のお絵描き帳に向き合った。向けた背中が擽ったい。

一から順にふった数字を選んで道を辿るこの方法は、つい最近琲世に教わったもの。琲世はとても物知りで、茶々にこういった知識や遊びを少しずつ教えてくれる。全ては本を読んで得た知識だと言っていたが、茶々の読む本とはジャンルが違うのか、単に学習能力が違うのか、与えてくれるのは少しも聞いた事のない知識ばかり。

実際に使ってみましたと報告をしたら、少しでも喜んでくれるだろうか。と、考えて。むず痒さに小枝がパキッと折れた。こういった馴れ合いはよくない。琲世とはどうにも距離が近付きがちで、よくない。よくない。

こんな事を考えていないでさっさと巡回する区を決めなくてはいけないのに。人間の骨みたいにあっさり折れた小枝は可哀想だから砂に埋めて、平子の足元にある丈夫そうな小枝をそろそろと拾った。こうやって幾らでも代わりが利いてしまう。壊れたら次、壊れたら次、壊れたら次。

小枝のお墓はせめて日当たりの良い砂の下でと思ったけれど、もう今日の昼にでも元気な子供たちに墓を暴かれそうだ。人は、隠されたものを探すのが得意だから。


今日一日報告まで共にいてくれるという平子。この後局に寄ってお仕事へ向かうとして、できる限り迷惑をかけないようにしないと。どうか喰種と遭遇しませんように。

ずりずり音を立ててなぞった線の道。

棒の先が辿り着いた数字へ丸をつけて、少しよろける足をやんわりと叱って立ち上がった。まあるく囲まれる4の数字。茶々の足元。

平子の目が、依然として見下ろす。


Ghost Zapper
足元竦む、悪霊退治屋


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