友人の恋愛事情というのは結局のところ、ただ見守るしかないわけで。

自分の中に“だけ”ある価値観を説いたとしても、友人の為にたてた道標はなんの意味もなさない。

歩む道を決めるのは友人自身。苦しみも喜びも、幸せも。真に感じるのは友人自身。

同じ腹の中で育った双子でさえ心の共有は出来ない事を考えれば、繋がり一つない完全な別個体として産まれた自分達が痛み苦しみを共有する事などもっと出来ない事だろう。

でも、

───恋人とか友達とか、そんなの…興味すらないよ


“一緒にいられたらそれでいい”

カタチを捨てていつか終わりある道を選んだ強がりが、どの瞬間よりも幸せそうだったから。


なんとなく、これでいいと思った。なんとなく、これでいい。

そう思った。





4区の仲間達が忙しそうに出入りをする自宅の玄関前で、ビビの両手を引き歩かせるウタ。

ウタの大きなパーカーを着たビビはフードを深く深く被っており、前なんて少しも見えていないだろう。それでも手を引かれるまま、デコボコとした石の上を歩く。歩きにくい地面を歩く。ウタの手に導かれて。

ガラスケースを運んだり大量のヘッドマネキンを運んだりとバタバタ煩い仲間達は、もう居ないものとみなされている様だ。最初こそは知らない喰種達に怯えて縮こまっていたビビも、今ではなんら気にする事もなく楽しそうにしている。なるべく視線を寄越さない様に努める仲間達は話し掛けてくる事もなし、ならば居ないものと同じ。

ウタ、ビビ、そして野次馬にきたイトリ。この三人で楽しく歩く練習をしている。少しだけ雲に陰った、石畳の上で。

「端からみたら恋人だけどねぇ」

まるで嵐の様な恋をしていたウタに、どうやら少しの平穏が訪れたらしい。ビビから渡された枝豆のぬいぐるみを揉みながら締まりのない顔で眺めるイトリは、自分まで擽ったくなる様で先からついつい茶化してしまう。でも、そう悪い気はしない。イチャつくなら家入れよと何度も言ったけれど、それならそれで自分も着いて行くと思う。この擽ったさ、温かさ、なんとなく見ていたいと思うから。

あれだけ悩んでぐるぐると堂々巡りをしていたウタもぶっつりと吹っ切れた様で、きちんとビビに触れて笑い合っている。平穏とはいえ、恋人でもなければ友人、とも言い難く、加害者と被害者の方がまだしっくりくるかもしれないけれど。

ストックホルム症候群と、リマ症候群。生存本能に唆された勘違いと、庇護欲に耳打ちされた勘違い。

始まりとしては、

決して悪くはないだろう。イトリ自身、この男がマトモな恋愛が出来るなど少しも思っていなかったのだし、誰かと比べて始まりがどうであれ、今の二人が睦まじくしているのならそれが答え。ただ見守るだけ。意味のない口出しをして茶化しては、ただ見守るだけ。

「ねーウーさん。ホントに頭やめんの?ドッキリじゃなくて?」

「やめるよ。ドッキリじゃなくて」

ビビを一人にしたくないからと、それだけの理由でウタはリーダーを退く。4区にとってかなりの大事もウタ本人にとっては至極どうでもいいことのようで、考え直す意思は一糸として見られない。ビビの方から考え直してと提案する様子もない事から、このままウタの意思を変える事はできないだろう。誰にも。

調子に乗る者も出てくるだろうし過ごしにくくなるなぁとボヤく力無い子達、荒れに荒れて面白くなるはずと期待する血の気の多い子達、ウタが居なくなってただ寂しいと嘆く子達。その誰にもウタは、きっと、耳を貸さない。家の中を大きく弄くって、一緒にいる環境を整えて、大事にしまっておくビビまでも攫ってきたのだから。今更改める考えもないに決まっている。

「ぼくがいなくても平気でしょ?何かあったら来てくれればいいし、今までとそう変わらないよ」

「あのね、他の子からしたら簡単な話じゃないのよ。見てアレ。あんなの見せられてウーさんの家に来れる子なんていないっつの」

「そうだね」

「テキトーに返事すんな」

イトリがピッと指差している壁際には床に落としたパズルピースの様にバラバラになって転がる肉塊。ビビの顔を覗き込む無礼を働いて始末された喰種。

こんなに危険な事が待ち受けていると知っていながら訪問できる臆病な子はまずとしていないのに、無責任な事を言うウタはどこまでも気楽にビビの手を引く。


お買い物も行かなくちゃ。
ビビちゃんは何がほしい?
服と、お花と、───

聞こえる声はウタのものばかり。何かを言われる度に首を傾げるビビとの間に会話は成立しておらず、たとえウタが悪い事をしても咎める言葉を持っていないと分かる。イトリからしたらビビにウタを任せるのは不安だし、ウタにビビを任せるのも些か不安だ。

時折イトリを確認する様に振り向くビビはその度にバランスを崩し足元をフラつかせていて、つい乗り出してしまう身。ウタが支える為転んでしまう事はないのにヒヤッとする気持ちは、ウタという分厚いフィルター越しに見守り続けてきた所為かもしれない。顔をあわせるのはこれで二度目。たったの二度目。

もっと昔から、知っている気がするけれど。

「見て、ビビちゃん。ありんこさん」

「?」

「あ り ん こ。…あ、潰れちゃった?」

「ありんこ。」

「んー。…これは死骸かな」

「?」

ぷち。
ちまちま動く黒い粒はビビの指先によってぺしゃんこにされる。アリという虫をよく分かっていないビビは不思議そうに死骸を爪で突っつき、そしてふいっと顔を背けた。あまり興味がないよう。

丸い二人の背中を眺めるイトリからその手元は見えないが想像は容易につき、指先に巻き付けた髪をするりと落としてこっそりひっそりと笑った。

見て、草。
見て、雲。
見て、石ころ。

見て、見て、
色々な事を教えたがるウタはマイペースな一本調子で、これでは変な日本語を覚えそうで先が思いやられる。これならまだイトリ自身が教えてあげた方がマシだ。路頭に迷っていた子達の保護もしていたし、接し方もそれなりに心得ているつもり。

思っているそばからまた、見て、とウタが指を指した。

広い空を横切って行ったカラス。雲がはけ、遠く澄み渡る青空を飛ぶ黒い粒に、ありんこと呟くビビ。カラスとアリの違いすら分からない。距離が遠いから空を渡るカラスは小さく見えるだけ、それすらわからない。黒い粒、ありんこ。

こうしてあまり進展のなさそうなお勉強も、でも。やはり二人は幸せそうだから知識を貸す必要はないだろう。手を引いた一歩がどんなにゆっくりでも、決して悪い事ではないから。


歌色の季節を変えてしまう4区、1冊の本が終わりを迎えてしまうけれど。

見ているだけで灯る胸に、なんとなく。

なんとなく、これでいいと思える。


つんのめるビビを抱き留めては楽しそうにきゃっきゃとはしゃぐその様子を、ドラム缶の上に座って眺めていたイトリ。

───あんよ、あんよ、


ふたりの永えを、囀る声で促した。


とこしえに空、示す蓮


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