目も開けていられないような大雨の日。音も匂いも雨が地に落としてしまう。夜も更けた黒の中、頼りない街灯が照らしたのは、左手に大きなアタッシュケースを持ち右手で子供の手を引く女の姿。焦った様子で駆けて行き、頻りに周りを見回す。この暗闇では、なにも見えやしないだろうに。

自宅の屋上からその様子を眺めていたウタは、二つ瞬いて首を傾げる。

不思議だ。こんな日に。こんな場所で。傘もささず。喰種でもない人間の女が誰かの手を引き走っている。手を引かれているあれは誰だろう。手を引く人間と、手を引かれる誰か。

喰種かな。でもたぶん、匂いが違う。人間かな。でもたぶん、匂いが違う。
とても弱くて微かで、甘い匂いをしている。もっと近くで嗅いでみたい。

ウタは欄干に足をかけ、そのまま飛び降りた。

「こんばんは」

「!喰種…」

「なにもしないよ。どうしたの?ここら辺は危ないよ」

「…知ってるわ。ただの通りすがりよ。この区で何かしようってつもりはない、どうか通して」

強い瞳でウタを睨み付ける女はこんな雨の日に驚く程の軽装で、その後ろにいる子供に至っては白いワンピースに頭から白衣を被っただけの出で立ちだった。顔は見えない。身体つきから少女である事は伺えるが、その皮膚には傷跡が目立ち足首には鎖が断裂した足枷がはめられたまま。どう見ても訳ありだ。

「雨宿り、させてあげる」

「結構よ。先を急ぐの。どきなさい」

CCGのアタッシュケース、白衣、拘束具。雨粒の隙間を縫った血の匂い。強気を貫いているが、どうやらこの人間は怪我をしているようだ。遠くの方で、雨で落ちた匂いを追う獣の気配がした。深く関わる義務なんてのはないけれど、どうせ声を掛けたのだから。どうせ、その足を引き止めたのだから。

もう少し遊んだって、いいような気がした。

「ちょっと!近寄らないで!」

ジャケットを脱いで、震えたままでいるワンピースの少女に掛ける。押さえててね、と一声かければ、言われた様に大人しくジャケットの前を押さえた。その手は真っ白で、ひっきりなしに雨粒が滑り落ちている。綺麗だった。

そう間を置かず、ひょいっと抱き上げる。

「行くよ。早くしないと君達、喰べられちゃうから」

「待ちなさい!その子から手を離して!離してったら!」

「うん、着いてきて」

「本当にやめて!乱暴にしないで!肉ならいくらでも渡すわ!その子を離して!」

うるさいなぁ。顔面蒼白で懇願する女に一つ呟く。乱暴にするつもりなんてもちろん無いし、現にウタが考えているのは帰ってからの手順だ。バスタオルとシャワーと暖かいコーヒーと。

そんなに心配する事なんてないのに。思いながら縋り付く女を引きずって自宅までの道を歩く。運命のレールは静かに導いた。


少女はただ、翅の様に軽い。


触れる運命の肌


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