「なによウーさん、あのメール」

「あ、買ってきてくれた?」

「サイズわかんないからテキトーにね。はいよ」

今朝、ウタから入ったメール。
“女の子の洋服買ってきて。あったかいやつも。よろしくね。”

イトリは信じられないモノでも見たかの様に読み返した。それもそうだろう。女の子の?洋服?買ってこい?温かいやつも?なんだそりゃ。あの男に何が起きた?

遊んでは転がして遊んでは転がして輪廻の輪で女を弄ぶ様なウタがこんな事を言うとは思えない。面白そうな匂いがする。パシリにするなと携帯をほん投げたい気持ち、そして野次馬根性、後者の圧勝だった。文句を飲み込んで用意したのは、なんとなくウタが好きそうな黒いワンピースやボレロ。ついでにブランケット。温かいやつ多数。

ワクワクと乗り込んだウタの家にはふんわり漂うお肉の香り。味見済みなのだろうか。さてさてどんな子が着るのかな、イトリはひょい、とソファを覗き込む。そこには食べ掛けの腕が1本あるだけ。

「ありゃ、居ない」

「あっちだよ。ご飯喰べてる」

ウタが指差したのは寝室。イトリはもう一度ウタの指と指し示す場所を目で追う。やはり寝室だ。

「え、いれたの?ウーさん絶対寝室だけはいれないじゃん。マジでどした?」

「だって、ソファで寝かせたら可哀想だし。寒いよ」

「よく言うよいっつもソファでヤったら即ポイする癖に」

「そうだっけ?」

目を見開いて呆然としたまま喋るイトリとは反対に、ウタは上機嫌でショップ袋の中を漁る。黒いワンピース、黒いボレロ、広げて一言喪服みたいだねと笑った。

くんくんと匂いを嗅ぐイトリの鼻に、肉以外の匂いは届かない。落ち着いて耳を澄ましてみれば、くちゃりと水っぽい音は確かに聞こえる事から誰か居ることは明らかなのだが、あまりに薄過ぎる匂い。

「人間?喰種?」

「んー、雑種。ほとんど喰種らしいけど」

「…さては訳ありだね?」

ますます面白そうじゃないの、とニヤつくイトリにウタはお札の束を渡す。洋服のお駄賃として。そんな物より面白い話聞かせろよと中指を立てているイトリをはいはいと流し、ウタは寝室の扉を開いた。

いくらイトリといえど、そこには入れない。鼻の下を伸ばす様に覗いた先では派手な髪色をした女性の後姿だけが見えた。暗い部屋でぼんやりと滲む銀色。あーそういうの好きそうだわ、深く納得してソファへ座り直す。

ここ数日、家に誰も近付けないと思ったら女を匿っていたとは。カドやスミ達も首を傾げていたのだ、いきなり人を払って何があったのだろうと。この様子では、きっとカドもスミもまだ呼んでいない。あの男がマトモな恋愛出来るとは思わないし、こりゃ黙っといた方がいいかしらね。美味しい情報はそっと胸にしまった。

ずるずると何かを引き擦る音が聞こえて、イトリは背凭れ越しに振り返る。

「あらまウーさん…そんな幼気な子に手ぇ出したん…?」

「まだ出してないよ。…ビビちゃん、この子はイトリさん。ヨロシクして」

「えとれ?」

「うん。“よろしくお願いします”」

「よしくおねないます。」

「おお、いい子だねぇ。よろしくビビ」

用意されたワンピースを着たあどけない少女はまだ子供の域を出ない。音の正体は足枷の鎖か。真ん中からぶっつりと切れている。ここいらでは見かけない異国の喰種ともあり、どこかの箱入り娘を掻っ攫って来た疑惑が浮上した。

仲良くしてね、というウタの意思か、イトリの隣へ座らされたビビはもじもじと身じろいで服の裾を弄る。

「…ちゃんと匂いはすんのね」

「?」

「いい匂いでしょ。お気に入りなんだ、このコ」

「お気に入りねぇ」

近くに来てはじめてわかる甘い香り。思わず深呼吸をしたくなる様な。くんくんと鼻を利かすイトリに倣って、ウタもまたビビの隣へ腰掛けくんくんと鼻を寄せる。擽ったそうに肩を竦めたビビが二人を真似てくんくん、と鼻を利かせた。

「聞きたい事はだね。山程あるのだよ」

「だろうね」

「今は聞かないであげるけどさ」

どっから連れて来たの、だとか。こんな毛色の違う子相手にしてどうしたの、だとか。これからどーすんの、だとか。聞き出したい情報ばかり。ただ、ここは大人しく身を引く。訳ありなのは察しているし、こういうのは折を見て聞いた方が収穫も多いからだ。珍しい色の瞳がイトリを映して、ゆうたりゆうたりと瞬く。

もっと深く覗き込めば、貝殻でも転がっていそうな瞳だった。砂浜の宝物を探すあまり、思わず押し倒しそうになる。

「…ウーさん、いいものをあげよう。理性は大切にしな」

「…ゴム?」

「サイズも完璧だ」

そっと差し出された三つ子の避妊具。ぴらり、と揺れてビビの鼻先を掠ったそれは無事にウタの手へ渡った。使う予定ないよと笑うウタに尚も押し付けるイトリはきっと、来たる未来を知っていたのかもしれない。

ゴム輪廻のはじまり。


海金木犀の肺


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