けほ、
ウタの空咳が響く。ずくりと疼く胸。高揚が鎮まらなくて、息がしにくい。

なのに完成してしまった作品はどうも手が加えにくく、ビビを構っても面白みが薄く感じる。抵抗があるわけでもなくただ隅っこにすっぽりと入って震えるだけ。精々、縫い合わせた足で後退ろうとする姿が可愛らしいなと思う程度。命無き人形が動いたと錯覚をする程に不自然な瞬きは相変わらずだが、それでも満たされない。つまらない。

やはり、あの瞬間の衝撃が大きかった。今まで作ったモノの中で一番綺麗な作品。足を引きずるだの腕を欠損させるだの、その程度ではあの作品には到底追いつけない。諦めと絶望。可哀想なほどの美しさ。ずくり。

あの胸の高鳴りを知ってしまった以上、もうどんな作品を作っても満たされない様な気がした。

「いっそ殺しちゃおうかなって思うんだけど…」

「知らん」

「殺したらもう瞬きしてくれないし…」

「知らん。惜しいんならずっと飼ってりゃいーじゃん。飽きるまでさ」

イトリや4区の子達が過ごす溜まり場。お話聞いてと遊びに来たウタが、ソファで愛らしい女の子と戯れながらイトリに愚痴を零す。いつも通りに振舞ってはいるが、がちがちと唇のピアスを噛む様子はあまり見かけない仕草だ。マイペースな男が珍しく乱れている様子に、知らん知らんと言いつつ下品にテーブルへ座って足を組んだ。

「痛がらなくなってきたし…もう口もきいてもらえないし…」

ずくり。

だからといって、殺したらただの人形になってしまう。瞬きをした時の不自然さも、涙を零した時の薄気味悪さも、あの美しさも、全てなくなってしまう。普通は面白みのない個体でも死体になった途端に味が出るものだが、ビビの場合は死体として飾っておくにはあまりにも自然すぎる。不自然さがなくなって、つまらない。

「あんなにお気に入りだったのにねぇ。ウーさんは酷いオトコだよ」

「…まだ気に入ってるよ。ただスランプなだけ」

「ああそうかい。じゃあそのお気に入り見張ってなくていいの?逃げられちまうよ」

「繋いで来たから大丈夫。…足も使いモノになんないし」

けほ、
小さな咳と胸をさする手。ウタさん大丈夫?と優しく頭を撫でる女の子の手を鬱陶しそうに払って、重い呼吸に眉を寄せた。胸は疼く。ずくり、ずくりと。

今頃どうしてるかな。ベッドに転がしてきたけど、大人しくしてるかな。血は止まったかな。お腹すいたかな。

また彼の名前を、



「………爛れた恋愛ばっかしてると気付けないのよねぇ」

「なに、ハッキリ言って」

「なーんでも。全部ウーさんが悪いってコトしか言えないわ」

「えー。傷付けるってのも楽しいよ?胸がこう、…ギュッとなってさ」

楽しい。楽しい、はず。楽しかった。そうそう、楽しかったんだけど。

それなのに、いい加工方法が思いつかなくなった。圧迫のカスタムメイクもお直しをするには再生が追い付かず、瞳の交換や染髪はやりたくない。あの瞬間から胸は疼いたまま、それ以上を求めているというのに。

この疼く胸が、何を求めているのかまるでわからない。圧迫も、欠損も、裂傷も。どれも違う。

あの子には何が似合うのだろう。

ずくり

疼く胸だけが知っている。ヒントだけでもいいから教えてほしい。


「……ビビちゃんのとこ帰ろっかな」

イトリさんは冷たいし。
つん、尖った唇は可愛らしい女の子に突つかれる。

「おー帰れ帰れ。たまには静かな夜でも過ごしてみたら?スランプにはリセットよウーさん。リセット〜」

相変わらず胸の何処かへ逃げたままのアイデアは呼び掛けても返事すら寄越さず、ウタの視界から隠れた薄暗い胸の隅っこで、ただ唇を動かし言葉をなぞるだけ。音にならない以上、お返事をくださいと耳だけを傾けるウタにはどうやったって届きはしない。

手をヒラヒラとさせるイトリは羨ましい程にお気楽で、溜息ついでにワイヤーのカチューシャを外して頭を振った。気分をリセットする犬の様に。

襟に挟んでいたダッカールで適当にとめた前髪、首に引っ掛けられたカチューシャ。面倒くさい、ダルい、胸が疼く。

今日はどうしようと捻る頭も、ダルいと駄々をこねるだけで何のアイデアも吐き出してくれない。またお腹でも掻き回してみようか。不自然な心臓にでも触れてみようか。お肉を削いでお皿にでも並べてみようか。額縁の中にでも磔にしてみようか。

思う心。傷付けたいヘレナ。


けほ、
ウタの空咳が響く。


花吐く針穴


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