───イトリさん、寝る場所かして

お土産の首を3つブラブラ。どこか恥ずかしそうに鼻まで襟を引っ張ったウタが4区の溜まり場に訪れた。普段は白くぬべっとしている頬はほんわりと赤く、血色がいい割には調子の悪そうな顔をしている。

お話聞いてと訪れた先日とは大分様子が変わったとはいえ、この男がペースを崩す原因に思い当たる節はひとつしかない。

4区のリーダーはついに、患った春に気が付いた。





うーうー唸りながらソファで丸くなる男は、寝に来た癖に黙る気配が全くない。静かにしていたのは最初の数分で、イトリがタオルケットを渡した途端にこうなった。

“それ、近付けないで。どっかやって”

しっしっ。犬でも追っ払う様に振られた手。悪ノリをしてタオルケットを擦り付けると瞬く間に赤くなる頬。乙女かよと笑ったイトリにウタ自身も珍しく言い返せず、ただ深い深い溜息を零す。

ビビの居る空間から離れても煩い心臓が休まる事はない。ずっとドクドクと騒いでいて眠れない。わざわざ睡眠を取りに来たのに。

何かあれば連絡してと腕に覚えがある女の子を家周辺の見張りに送り、更にその子の見張りとして信頼出来る別の子を送り込んだ。間違ってもビビにちょっかいを出されない為、少しでも探りを入れたら首を持ってきてと言ってある。

寝不足で痛む頭、熱い頬、灰色がいなくて落ち着かない。

「さてウーさん。あの子はどーなったよ」

「…知らないよ、あんなの。のん気に寝てるんじゃない?」

ぼくの気もしらないで。

近頃の緩みきった様子からしてきっと、ふにゃふにゃ寝転がってお昼寝をしているくらいしか浮かばない選択肢。鎖を繋がなかった以上は脱走の選択肢もあるけれど、そこは何か、待っていて欲しいという無意識の願いによって外された。

つん、尖った唇が子供の様に拗ね、ソファの下に並べられていた首を手に取る。瞼を押さえて差し込んだ指、手前に引いて取り出す眼球。

「あらま。殺せなかったんだ。んじゃあスランプは脱却できたのかい?」

「んー…。らいもれひらふらっひゃっら」

「なに言ってるかまるでわかんないわ。なんだって?」

もひもひ聞き取れない言葉。口内でコロコロ転がる目玉がウタの答えをはぐらかし、そしてこの男はもう答える気がなさそうに唇をむにむにさせる。

遠慮をして質問にも段階を踏んでやった、それなのにこの態度。どうせ寝ないのだから洗いざらい吐いていけばいいのに。

普段通り舌先に目玉を乗せて遊ぶウタの頬は、それでもやはり赤い。

ぷちゅ。噛み潰される眼球。ごっくんと飲み込まれた。

「寝ようかな」

「寝かせないし」

「わあ。イトリさんえっち」

「気付いたんでしょ?あの作品ちゃんが好きだって」

ほわり。こんなに簡単な切り返しでさえ面白いくらいの紅潮。お得意ポーカーフェイスは何処へやらの様子にニヤニヤが止まらないイトリは、またはぐらかされない様3つの首を遠ざけて陣取る。

「お人形さんから恋人に昇格かね」

「…なに、それ。ピグマリオンコンプレックス?……ビビちゃんは喰種だよ」

人形扱いもした、作品としてガラスケースにも飾った。自分のした事だ。ウタは全部覚えている。生きた喰種のお人形として手を加えていたけれど、今も同じ感覚でいるのは難しい。ウタはすっかり、肌にすら触れられない弱虫になってしまった。傷のひとつも作れないのではせっかく施したカスタムも治癒していき、作品からどんどん後退して真っ新な状態に戻ってしまう。残るのは心の傷だけ。

どんなに頑張ってももうお人形さん扱いが出来ず、そう呼ばれることすら嫌だ。面白くない。

というより、この気持ちはそもそも、

「勘違い、だと思う。好きとかそういうのじゃなくて…ただの勘違い」

「無理があるわね。ホッペはウソをつかんよ少年。さっさと認めちまえって、男でしょ?」

つん、また唇が拗ねる。

認められない理由は

「……だってさイトリさん、考えてもみてよ。ぼくはビビちゃんに何してきたの?」

これ。心の内を素直に吐露するならば、恋をするには遅すぎた。気付くのが遅すぎた。ずくずくと疼く胸はずっと、ずっと、心の痛みを訴えていたというのに。

もう取り返しのつかない所から始まる恋なんて、どこにもない。ビビにとってウタは最低最悪な男。心の底に広がるこの輪ジミは決して抜く事なんて出来ない、出来る筈がない。わかっているからこそ、この気持ちを認めるワケにはいかない。

だって、認めてしまったら、そこから永遠の片想いが始まってしまうから。

離れられないでこのまま一緒に暮らして、振り向いてもらえないままビビの恋を応援して、実った幸せにいつか手放さなくてはならない日を迎える。殺しておけば良かったと後悔するかもしれない、出会わなければ良かったと後悔するかもしれない。

今からでも遅くないからと、ビビの幸せを奪ってしまうかもしれない。過去を悔いて報われない恋に身を焦がすくらいならば、全てに知らないフリをして想いの消失を待った方がいいに決まっている。そうすれば有馬貴将でも誰でも、ビビの手を引いて最後の瞬間まで共に歩む後ろ姿へ“どうか幸せに”と手を振れるはずだから。

ずっと目を逸らしていた本心はとても刺々しく、蒼い茨が心にぐるりと巻き付いた。

ああ、いつからこんな想いを。思い知らせる蒼は残酷で、これ以上知りたくないと強く願っても茨は食い込む。消えない傷を付ける様に。

本当に、いつから。出会った時から。

「後悔先に立たず、ってやつだ」

「……どうだっていいよ、もう。…寝ていい?」

想ってしまう事を、どうにかしたいと頭で考えたって仕方がない。想いの上に成り立つ思考はぐるぐるとループをして纏まってなんかくれず、幼児の落書きみたいに頭を埋め尽くすだけ。小さな手がギュッと握るクレヨンで、ぐるぐる、ぐるぐると。


静かに目を閉じた黒の中。海床に沈んだ気持ちは重く、もう一生浮き上がれない様な気がした。それでも、知らない、知らない、なにも知らない。

耳を塞いで目を閉じる。


遠い未来、あの子は誰のそばにいるのだろう。どんな色の幸せで、どんな日々を過ごすのだろう。せめて友達として、同じパレットに入れたらそれでいい。せめて遠くからでも、あの笑顔を見られたらそれでいい。


想う心。守りたいヘレナ。

ウタの頬だけが、素直に赤く頷いた。


林檎頬の糸言糸心


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