※自傷の描写に注意







ふう。
独りきりのビビ、苦しい呼吸を逃がす。なかなか吐き出せない空気はどんよりと重く、肺にぺたりと張り付いて離れない。まるでスライムでも吸い込んだみたいだ。

眠れない夜に、くちゃくちゃと泣く痛みの音。薄暗いお部屋はとてもさむい。ふたりがいなくて、居心地がわるい。とてもさむい。

くちゃくちゃ、くちゃくちゃ、


明けない夜。

眠れぬ翅の海は深い。





ウタの帰らない日々が続くにつれ薄まっていくタオルケットの匂い。あれ以来一度としてウタの顔は見られず、すんすんと寂しがるビビから心の花瓶が奪われていく。

もうウタ以外だれにも頼る事の出来ないビビにとって、独りきりの空間ほど苦しいものはない。ここずっと優しいウタがそばに居て、穏やかな日々を送っていたのに。思い出の花と共に、ゆるりとした日々を送っていたのに。

ウタ色の安心がないのではただ寂しい、ただ苦しい、そればかりに押し潰されて心に余裕なんて少しもなく、圧迫される心のお部屋で花瓶も花弁も全て壊れてしまう。

落ち着く緩やかな空間で、ただ花のことを想い過ごしたい。ウタがくれるビビの居場所で、花の思い出に浸り少しでも心穏やかに過ごしたい。はやくウタに帰ってきてほしい。はやく安心に帰ってきてほしい。

ひとりぼっちのソファの上、ぼたぼたと落ちる涙を優しいタオルケットが受け止めてくれる。鼻を擦り付けてももう、心休まる事はないけれど。

「…、…。」

なんとなく感じる息苦しさは時を追うごとに胸を重くし、身を起こしていられない程の倦怠感。ソファの肘掛けに身を伏せてタオルケットを抱き込むが、何も変わりはない。寂しさを抱いた様により一層胸は重くなる。涙の接着剤で頬にくっ付いた髪も、掛け違えたボタンも、上手く巻けない包帯も、ウタが整えてくれないとビビではどうしようもできない。どうにかする考えがない。

すんすん、寂しがる鼻。いつか花の姿を待ち侘びた様に、何度も何度も無言の扉へと目を向けた。

こんなに痛い孤独に浸るくらいならば、この身に傷を付けられる方が余程のまし。怖い手がお腹にさえこなければ抵抗もしないし文句も言わない。今までだってそうしてきた。足のお仕事を奪う事でウタがそばに居てくれるなら、ビビはもう一生立てないままでいいとさえ思う。たとえ暗い隅っこから動けなくなってしまっても。

偶に貰える優しさの中で、安らぐ心は花の事を考える。それだけできっと、ビビは救われるから。だから、ウタにはそばに居てほしい。いつだって優しくしてほしいわけではない、痛い事も我慢できる。花の事を少しでも想う、心の余白がほしい。

「…。」

寂しくて、苦しい。

手首の背へと寄せた唇。くちゃり、くちゃりと音を立ててその肉を噛み解す。糸程の隙間もない心はただ欄外の安寧を欲して痛みを求め、じんじんと広がる赤い痺れはビビを夢中にさせて苦しい呼吸を宥めた。

「…?」

ぺろりと舐め上げた傷口。でこぼことした肉の他に、変わった感触を見つける。

ぺろぺろと拙く舐めて血を退けたそれ。肉の間から何かが覗いていて、ビビは端っこを噛んで引っ張り出した。

唇から顎に掛けてべったり張り付いたのはペラペラのシート。研究の為、ビビの体調を保つ手助けとして埋め込まれていたもの。手の甲に置いて広げても、ビビにはなんだかよくわからない。

「 、」

ソファの下へポトリと落として、寂しいビビはまた手首での呼吸を再開した。


重苦しい胸、眠そうに目を伏せたままくちゃくちゃと慰める。何も考えられない中の痛め付けは蒼い本能。

ただ苦しい。

こくりと飲み下す“Danzig”の血、その活性因子でさえも心の傷を治すことはできず、無意味にビビの喉を潤した。縋る扉には誰もいない。

「う、た…。」

やっとのことで絞り出す寂しい声も、唇の赤を希釈して滑り落ちる涙も、誰にも届かずただのゴミとなる。いつだったか施設で見せられた、形になる事も叶わず赤い塊と化した廃棄物と同じ。


開かない扉に涙が瞬き、寂しがりやの唇はもう一度慰みの肉へと寄り添った。


鬼胎と空胎


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