ドクドクとビビを呼ぶ胸の鼓動を知らんぷりして見上げる夜空。排気ガス色の雲で覆われていて、風が強くて、万人が美しいと騒ぐ星は1つも見えない。

しかし、ぼーっと眺めるこの夜空に煌めく星々があったとしても。それはきっと美しくも何ともなく、曇った空とそう変わりのない濁ったモノなのだと思う。

数多の星の中、一際輝く星がある。でもそれもまた、ただの星。大きく輝いて見えるけれど、その実は他の星となんら代わりがなく、観る者によっては美しくもなんともないただの石ころ。

数多の恋の中、一際焦がれる恋がある。でもそれもまた、ただの恋。何よりも欲しいと思うけれど、その実は他の恋となんら代わりがなく、恋に恋しているだけの者にとっては鼓動に跳ね上げられた気の迷い。無心になって見えもしないキラキラを数えていると、寂しいよと寄り添ってくるズタボロの恋心。

とんとん、肩を叩かれても決して振り向いてはいけない。その唇が、触れ合ってしまうから。

とんとん、

とんとん、


決して、振り向いてはいけない。





未だに居座っているイトリの巣。占領したソファでぐだぁっと寛ぐが、空咳でも出そうな程に胸が想い。重い。想い。どちらが正しいのか、判断をつける事すらもう難しい。ウタがどんなに重い悩もうとどんなに想い悩もうと、この先ずっと答えなんか出てこない、そんな気さえする。

4区のバカ共を黙らせ、お友達のカラスくんと遊び、ちょこちょこと湧いて出る白鳩を冷蔵庫へ捨て、これでもかと動き回っても未だにぶら下がっている気の迷い。何かの拍子に落し恋でも出来れば楽なのに、そう上手くはいかないもの。

「喰種にとっての保健所ってさイトリさん。ドコなんだろうね。知ってる?」

ビビを手放す、そのお話。そばに置きたい、どこかへやりたい、ウタ自身も浮かぶ考えが二転三転していて結局は踏み切れないでいる白い線。何度考えても纏まらない思考は肩を叩く存在に知らぬフリをしながらも、心の底では自らの気持ちをうんうんと肯定してしまっている。

だって、今なにしてるのかなとか、お昼寝してるのかなとか、お腹すいたかなとか、寒くないかなとか、考えるのはビビのことばかり。その度ほわりと熱くなる頬はこの恋心をどんなに否定しようともビビの居場所を作ろうと必死で、でも、いい案なんてひとつも思い浮かばない。

一緒に暮らしていこう、思っては誰かの手に渡そう、思ってはやはり一緒に暮らしていこう。考えは何度も何度も蹴り転がる。いつかのビビの様に。そうしてコロコロと転げた先、たとえ薄暗い隅っこでもこの考えが落ち着く時がくるのだろうか。ウタにはわからない。

「殺処分オンリーのとこなら知ってるわ。CCG」

「間違ってはいないけどさ…どうなの、それって。後味ワルくない?」

「そりゃ悪いっしょ。あたしだってオススメしないさ。ウーさんにやっと芽生えた良心は大事にして欲しいし」

いつだったか、殺す殺さないで悩んでいたのは自分。それを押し退け、殺処分、殺処分…どうだろう、と考える。“もし”ビビをCCGに渡したとしたら、殺されてしまうのだろうか。希少価値の高い個体を、殺してしまうのだろうか。

いや、絶対にありえない。いくら携わっていた研究員が死亡しているとはいえ、またビビから新しい研究が始まるに決まっている。簡単に殺してしまう様な事はしないだろう。

と考えたが、でも。用済みになってしまえばビビは形なき灰にされ、文字通りに処分されてしまう。だって、研究に於けるビビの価値はその血。繁殖能力。ビビ自身に絶大な戦闘力があるわけではなく、子孫を残せない体になったならもう使い道はない。血の保護の為、他所へ売って資金にする事も出来ないだろう。どちらにせよ、殺処分されてしまう事には変わりないのかもしれない。

もしかしたら、
有馬貴将に引き取られて、
普通の人間と同じ様に、
生きる道も、
あるかもしれない、のだけれど。
残した子が無事に生きているのなら、ビビを返すことで家族のピースが揃ってしまう。

いつか好奇心で覗いたそれは嫌な文字を羅列しただけの研究資料、あまりいい気はしなくて痛む頭を振った。

「あそこに渡したらもう、一生会えないんだよね。ぼくたち。友達ですらいられない」

施設の繁殖小屋に閉じ込められて、あの足首には新しい枷が嵌められて、鎖に繋がれて、志高い残念な研究者によってあの身は他の誰かを受け入れる。助けての言葉すら言えず、こわい、こわい、と。受胎の檻、決して外へ出して貰える事はない。棚に上げているだけで、ウタの部屋に閉じ込められ、鎖に繋がれ、無理に体を遊ばれた今の生活と、そう変わりはないけれど。

返してしまったが最後、遠目からでさえビビの姿を探せる日は二度とこないだろう。伝えておけば良かったと後悔した言葉があっても、手紙すら出せない。声も届かない。ただ、忘れる日を忍んで待つだけ。

「…先に言っとくけどねウタ。わたし達の所じゃ面倒みれないから」

「わかってるよ。そんなつもりで言ったわけじゃなくて…ただのヒトリゴト。ごめんね」

イトリとしても、ウタの仔犬を引き取る事は出来ない。それは決して心ない意地悪などではなく、大事な理由がある。

世間に受け入れられない孤独な喰種達と身を寄せ合い過ごす輪の中へ、ビビを混ぜるわけにはいかないのだ。なぜならビビにはもう、守ってくれる男がいるから。引き取る事は即ち、ビビを安全な居場所から遠ざけた事になる。ウタからビビを、取り上げた事に繋がる。

イトリは語られる中のビビくらいしか知らないが、ウタの事はそこそこ理解しているつもりだ。そして、大事に思っているつもり。きっとウタの感情、心、その全てはビビが持っている。今まで決して表に出る事のなかったそれを、ビビが。

だからこそ、懺悔する様に傷付いた恋の言葉を落とすウタへ、変に手を差し伸べる事はしてはいけない。教会は決して孤児を引き取らず、ただ悲しい罪を聞く。一度しか顔を合わせた事がない灰色と、次にまた合う時。弔いの鐘ではなく祝福の鐘を鳴らしたいと。

荒んだ日々の中でただ一粒だけ落ちてきた灰色の雨。 動じず、情もなく、何者をも飄々と弄んでいたウタの感情にぼんやりとした輪郭を描いた。

その命運、全ては怠そうに立ち上がったウタの選択に委ねられる。

「…里親でも探してみようかな。人間でも、喰種でも。…ビビちゃんを受け入れてくれる、優しい里親さん」

もう一度転がった案は、やはりビビを遠ざけてしまった。他人任せで無責任な言葉。「そばに置いときなって」軽い調子で引き止めたイトリの声に、誰よりも頷きたいウタは何も言わず立ち上がりヒラヒラと手を振る。

出来るコトならそうしたい。けれど、それでも案を探す。里親であればビビがどんな風に暮らしているか、こっそり確認できるかもしれない。友達でいられる可能性だってある。優しくて、穏やかな性格の里親。きっと傷付ける事も怖がらせる事もしないだろう。ウタが負わせた心の傷も、緩やかな時の中で次第に癒えるはず。そうだといい。そうでなくては困る。


そして、はあ。想い溜息をつく。

ここまで考えて、また案が転がりそう。優柔不断に、臆病に。


別れ道か、一本道か。

薄暗い心の隅っこへは、まだ辿り着かない。


想葬は産む


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